ふりかえれば、フランス。

かつて住んでいたフランス。日本とは似ても似つかぬ国ですが、この国を鏡に日本を見ると、あら不思議、いろいろと見えてきます。

電子書籍の普及は、印刷本にとっても追い風だ!

2011-01-23 20:00:25 | 文化
電子書籍専用端末の登場などにより、電子書籍の普及が進んでいますが、では、その普及に反比例して、印刷された書籍は衰退の一途をたどるのでしょうか。いや、そんなことはない、少なくともそれなりの期間、電子書籍が読まれれば読まれるほど、印刷された書籍も多く読まれるようになる・・・化石の世界に片足を踏み込んだような印刷書籍愛好家に、こう嬉しい言説を述べてくれているのが、ハーヴァード大学図書館長のロバート・ダーントン(Robert Darnton)氏。

16日の『ル・モンド』(電子版)の記事に若干の情報を付け加えてみると・・・

ダーントン氏は、本の歴史という分野におけるパイオニア。1939年生まれですから、71歳。ハーヴァードに学んだ後、オックスフォードに留学し、歴史学で博士号を取得。専門は革命と啓蒙主義を中心としたフランス18世紀。帰国後、プリンストンで長らく教鞭をとり、2007年から母校の図書館(1638年に400冊の書籍で産声を上げ、今日では1,700万冊の書籍と4億点の手稿、その他資料を保管する世界随一の図書館)の館長になっています。

18世紀フランスの実態を描いた著作も多く、日本でも『猫の大虐殺』、『禁じられたベストセラー~革命前のフランス人は何を読んでいたのか』、『革命前夜の地下出版』、『パリのメスマー~大革命と動物磁気睡眠術』などの作品が出版されています。

こうした経歴だけを見てしまうと、本の虫で、電子書籍を目の敵にしている人物のように思えてしまいますが、いたって開明な知識人で、1999年には早くも電子書籍の普及、特にアカデミズムの世界での普及拡大をめざす“Gutenberg-e program”(グーテンベルグ e プログラム)をメロン財団(Andrew W. Mellon Foundation)の支援の下で始めています。

そしてインターネットの普及は、さらに大きな希望をダーントン氏にもたらしました。専門分野である18世紀の知識人たちが夢見ていた「文芸共和国」(République des Lettres)の実現。「文芸共和国」とは、古くからヨーロッパの知識人たちが夢想してきた、彼らの共通言語であるラテン語によって書かれた書簡を中心に、国境や宗教の違いを超えて知的に交流し合う場のことです。そうした「場」をネット上に構築できるのではないか・・・フランス革命ならぬ、「デジタル革命」です。誰でもが無料で活用できる図書館をネット上に構築できれば、知識をより広く普及することにもつながる。ダーントン氏は夢中になりました。

しかし、ダーントン氏は書籍のデジタル革命に大きな影を投げかける問題点も、きちんと指摘しています。それは、株主に大きな利益を還元するよう宿命づけられた私企業であるグーグル(Google)が、世界中の書籍のデジタル化を主導し、電子書籍へのアクセスを独占することへの危惧です。

そこで、ダーントン氏は、私企業ではなく国によるネット上の施設、「アメリカ国立電子書籍図書館」の設立をめざすプロジェクトを立ち上げました。このプロジェクトは、昨年10月、国会図書館、国立アーカイブ図書館、大学関係者、司法当局、IT技術者、財団法人らが集まった会議で認められたそうで、実施にあたっては、いくつかの財団が財政面での支援をメセナとして行うことも決まったそうです。国立電子書籍図書館がネット上に開館するにはまだ20年近くかかるだろうが、それでもやってみるだけの価値はある、何しろこの歴史的転換点を茫然と見逃すべきではないのだから、と氏は述べています。

ダーントン氏はまた、ネット時代における図書館の役割について、次のように指摘しています。情報や知識を保存すること(ただし、ブログやメール、研究成果のPDF版資料などをどうするかという問題は残っています)、学生をデジタル空間の知識の花園に誘うこと、世界中にあるできるだけ多くの情報へのアクセスを無料で提供すること。今日の図書館は、文明の記憶を確かな形で残し、すべての人々に知識への扉をあけるという、かつてないほど重要な役割を担っている。

デジタル革命の時代に、世界随一の図書館館長を務めるダーントン氏。デジタル化への取り組みを急いでいますが、しかし、印刷本への愛着はやはり強いようです。氏曰く、書籍におけるデジタル革命はすでに間違いなく始まっている。2010年、アメリカにおける書籍売り上げの10%を電子書籍が占めており、この勢いで15%や20%までは進捗するだろう。しかし、電子書籍の登場は、必ずしも印刷書籍を市場から追い出すわけではなく、逆に売れ上げを増加させている。電子書籍が読まれれば読まれるほど、印刷書籍が多く売れていることを出版業界も確認している。読書欲はいや増すばかりだ。今年、世界中で発売される新刊本が100万冊を超えないと誰が言えよう。印刷書籍は死んだという声を聞くたびに次のように答えることにしている。印刷書籍の死、それは何と美しい死なのだろう・・・

ということで、印刷書籍もまだまだ生き残れるようです。しかし、それも、ここしばらくは、ということですので、やがては電子書籍の世界になり、印刷書籍はそれこそ「図書館」の書庫の中に生き残ることになるのでしょう。ただ、そうなるのには、もう少し時間がかかるようですから、私たちは印刷書籍と電子書籍の2足の草鞋を履いて行くことになるのでしょうね。