ふりかえれば、フランス。

かつて住んでいたフランス。日本とは似ても似つかぬ国ですが、この国を鏡に日本を見ると、あら不思議、いろいろと見えてきます。

産業スパイの当事者、フランス。被害者か、加害者か・・・

2011-01-11 21:33:56 | 経済・ビジネス
ルノー(Renault)の幹部3人が、日産自動車と共同で開発していた電気自動車に関する機密情報を漏えいしたとされる問題は、日本でも大きく報道されましたが、もちろんフランスでも大きく扱われました。詳細は調査中であり、またかなりの情報が日本のメディアでも報道されていますので、ここではフランスが「産業スパイ」(l’espionnage industriel)をどうとらえているのか、どのような対策を立てているのかについて書かれた『ル・モンド』(電子版:1月7日)の記事を読んでみます。

フランス企業は産業スパイによる被害に対して真剣に取り組んでいるのだろうか。ルノーの幹部3人が戦略的情報を競争相手に漏らしたと疑われているが、この件に際し、ベソン(Eric Besson)産業担当大臣は、産業スパイはフランスの産業に対する脅威である(un péril pour l’industrie française:日本の報道では「経済戦争」という表現を使っているところもあります)と公言するほど、危機感を抱いている。しかし、ルノーはこうした脅威に対してなんら自らを守る術を持たず、孤立無援でいるように思えて仕方がない。

CAC40(ユーロネクスト・パリの株式指数の対象となる時価総額上位40社)のような大企業はそれなりの安全対策を講じてはいるが、その運用面となると非常に心もとない。なにしろ企業の利益と従業員のプライバシーを両立させつつ、内部統制を行わなければならないのだから。刑事事件とするのかどうか、その決断の差は紙一重だ。

中小企業(PME:les petites et moyennes entreprises、PMI:les petites et moyennes industries)が斬新な技術を開発しているような場合は、より一層産業スパイの危険にさらされることになる。中央国内情報局(DCRI:Direction centrale du Renseignement intérieur)によれば、産業スパイの被害に遭った企業の71%が中小企業だそうだ。産業スパイに関する情報に乏しいのか、知っていても対策を講じる予算がいためか、いずれにせよ対策が不十分になっている。

産業スパイによる攻撃は、3タイプに分類できる。
・オープンな情報収集:誰でもアクセスできるネット上の情報やメディアが伝える情報
・グレーな情報収集:誠実さに欠ける方法で情報源に近づくこと、たとえばジャーナリストになりすまして重要な情報を入手するなど
・ブラックな情報収集:違法な方法によって情報を入手すること、ハッカー行為、社内のパソコンを盗み出すことなど

しかし、実際の機密漏えいは、人間の不注意によるものが多い。車内に置き忘れた携帯電話、セキュリティ対策の講じられていないUSBメモリーの紛失、ハードディスクの情報を消さずに修理に出されたパソコンなど。またよく話題に上るのは、ごみ箱のリスク。いかなる書類もシュレッダーを通さずにはごみ箱に捨ててはいけない。細かくちぎった書類を復元させるソフトすらあるのだから(こうした状況は、日本と同じようですね)。

フランスにおいて、今までで最も有名な産業スパイ事件と言えば、超音速旅客機「コンコルド」(le Concorde)をめぐる事件。時は東西冷戦下の1965年。ソ連(当時)の航空会社「アエロフロート」(Aeroflot)のパリ支店長・パブロフ(Sergei Pavlov)がコンコルドの着陸装置の設計図をかばんに忍ばせているところを発見され、国外追放になった。当時ソ連は国産の超音速輸送機の開発に取り組んでいたが、西側に先んじるべく、コンコルドの技術を盗もうとしたのだ。コンコルドのコピー機(copier-coller du Concorde)であるツポレフ144型機は、1973年6月、パリ郊外ブルジェ(Bourget)で開かれた航空ショーの際、空港北側の集落に墜落し、乗員6名、地上の住民7名という犠牲者を出すことになった。そうしたことも影響し、わずか数年しか運航しなかった。一方のコンコルドは、27年間も飛び続けたのだ。

この産業スパイ事件には、国土監視局(DST:Direction de la surveillance du territoire)の政治スパイ対策に当たる部署が動員されたが、この部署はその当時から企業活動の保護に取り組むようになっていた。企業は「ターゲット」(objectif)と呼ばれ、外国の競争相手先へ渡りうる情報の重要度やその量に応じてクラス分けされていた。リストの上位に位置する企業はいずれも監視対象になっていた。

だが、国土監視局が中央総合情報局(RG)と合体して中央国内情報局(DCRI)になって以来、私企業保護の取り組みよりも、テロリストや情報活動にウエートを置くようになってきている。このことが、フランスの産業スパイがその活動を活発化している原因なのではないか。ウィキリークスが暴露したアメリカの外交公電を紹介したノルウェーの新聞(Aftenposten)によれば、「ドイツ経済はフランスの産業スパイ活動によって、中国やロシアの産業スパイによってもたらされる以上の甚大な被害を蒙っている」とドイツ高官が嘆くほどだ。

しかし、こうしたドイツ高官の金切り声はむしろ誤っていると言えよう。フランス政府はまさに企業機密を保護する法整備を行っているところであり、企業機密の侵害は刑罰の対象となる。まさにそうしたタイミングでルノー事件が起きたのだ。

だが実情は、法律で簡単に取り締まれるほど簡単でないことも事実だ。「企業秘密」の定義やどこまでが「企業秘密」に当たるのかの判断が難しい。主観的な要素に基づく立件ということになる。企業にとっても、例えば、機密のまま保持することと特許を申請する必要性の間でどう折り合いをつけるのか。判断の難しい状況にある。

今日、民間においても、公的機関においてもスパイ行為はありふれたものになっている。中でも特に、情報の盗用が主流になっている。500社以上を対象にカナダで実施されたアンケート調査によると、情報被害は昨年、対前年比で29%も増えており、一被害あたりの平均的損失はおよそ45万ユーロ(約5,000万円)に上る。公的機関では状況はさらにひどく、損害は74%も増えているようだ。ウィルスやバグによる被害以外に、より物理的な被害が増えてきている。たとえば、ノートブックPCや携帯電話の盗難がそれぞれ75%、58%も増えている。

同様の調査がフランスでも行われたか判明しないが、状況は同じようなものだろう。専門家に言わせれば、産業スパイはテロリストに次ぐ災厄だ。被害はますます甚大になっているが、それは技術がますます簡単に利用できるようになる一方、スパイ行為を見抜くのは困難になる一方だからだ。こうしたことは個人の生活にも言えるが、企業活動においてもその存亡を左右しかねない問題であり、さらには国家の経済にとっても大きな問題だ。フランスが制定する新しい企業機密保護法、どこまで効果があるであろうか・・・

ということなのですが、『ル・モンド』のこの記事では一言も「中国」という言葉は出てきません。新技術の情報は実際に中国側に渡ってしまったのでしょうか。

ところで、フランスの多くの報道では、フランス企業・ルノーが開発した電気自動車(EV)技術が漏えいしたとなっていますが、EVの電池などは日産側が主導して開発したものだという日本側の報道もあります。どちらが正しいのでしょうか。ルノー・日産のカルロス・ゴーン会長は、日本に残すのは研究開発部門とマザー工場だけで、他の製造部門は日本の外に出すと言っています(ということは、日産では大量解雇があるのかもしれませんね)。しかもEVは日産がルノーと組む以前から開発を進めていた技術だそうで、「コスト・カッター」の異名を取るゴーン会長もEV部門のコストはカットしなかったとか。ですから、たぶん日本での報道が正しいのでしょうね。きっと、またいつものフランスの過剰な愛国心が出てしまった報道ぶりなのかもしれません。

なお、テレビのニュース番組では、中国人留学生(Li Liという名の24歳の女性)が自動車部品メーカー(Valeo)から情報を盗み出し、禁固刑になったという数年前の産業スパイ事件も報道されていました。

また、産業スパイの定義が難しいという発言の際に持ち出された例が、たとえば日本人観光客が土産にネクタイとシャツを買って帰り、それを日本の化学繊維メーカーが分析して新素材の製法を学んで真似した場合は産業スパイにあたるのかどうか、というものでした。

産業スパイの対象になるのは西欧・アメリカの新技術であり、スパイするのはロシア、日本、中国。実際そういう部分もあった(ある)のかもしれませんが、ちょっとステレオタイプ過ぎやしませんか。黄色いサルの物まね・・・一方、フランスの産業スパイを非難するドイツ高官の発言は、金切り声と一蹴してしまう訳ですから。愛国心、中華思想も度を超すと、かわいげがなくなりますね。でも、フランスに限らず、もちろん程度の差はありますが、自国に都合のいいように言いきってしまう国は多いようです。そうした中、日本は他国との利害関係を気にし過ぎて、言いたいことも言わずにいる。黙っていれば問題が過ぎ去り解決されるのではなく、先送りされるだけで、しかも将来さらに大きな問題となって帰ってくるのではないでしょうか。言うべきことは言い、そこから交渉へ。そして、その交渉力が国際大競争時代の今、ますます大切になってきているのではないかと思います。