1810 俺、生きているか❕
狸森に棲んでいる美登里ばあ様は、今年の誕生日を過ぎると90歳になる。
毎日のように自分ことがわからなくなる。
農家の家は大きな屋敷が多く
美登里ばあ様の隠居部屋の壁には
祖父母と夫、息子嫁の遺影が飾られている。
遺影を眺めながら彼女は「あそこに俺の写真がある」、と話しかけてきた。
(美登里ばあ様は、自分のことを「俺」と話す)
「惚け」てきたとはいえ、予想もしなかった言葉に吃驚(ビックリ)。
故人を偲ぶため、通夜や葬儀の場に遺影は飾られ
葬儀が終わると、その家の仏間などに飾られている。
仏間に幾つかの遺影が飾られていることの意味がわからなくなったのか・・・・
「亡くなった人が遺影として飾っているものなんだよ」
「俺は、生きているのか?」、と尋ねてくる。
「生きているよ。いま89歳だよ」
「そうか、生きているのか」
「息子(60歳を過ぎ、同じ屋根の下で暮らす)は、まだ結婚していない」
「おかしいな、大きな男の孫が住んでいるでしょ」
「孫は、息子が外で産まれた子どもだよ」
「娘もいたでしょう。ときどき肉や野菜を買ってきてくれるでしょ」
「あれは、拾ってきた子どもだ」
などと、つじつまの合わない話が続く。
うつと認知症が重なり、それぞれの病気の境界がわからない。
感情の起伏が激しく、泣いたり、不機嫌だったり、同じ話を繰り返したりする。
農家に嫁ぎ 春になると雑草が延び始めると
鎌を手に根こそぎ草をむしり取る
隣の屋敷まで草をむしるのでよく「もめ事」になっていた。
腰は90度曲がり
空を見ることなく地べたをみながら歩く
モンペは腰まで上がらず
ときどき腰肌を出しながら歩く。
一度彼女に「仰向けに寝るときは、脚は天井を向くのかい」、と尋ねたら
笑いながら「寝るときは脚(足)はまっすぐに伸びるよ」。