老い生いの詩

老いを生きて往く。老いの行く先は哀しみであり、それは生きる物の運命である。蜉蝣の如く静に死を受け容れて行く。

71年目の晩夏

2023-08-17 22:25:48 | 沁みる砂時計
1989 71年目の晩夏



1ヵ月ぶりのブログ
中断を繰り返し、息が続かない『老い楽の詩』

どこまでも続くか自信がありませんが、またよろしくお願いいたします。

1か月後にブログを開いたら
右端の上に広告が居座り、ブログの雰囲気がすっかり変わり
広告が気になってしまう
そんなことを気にせず 書きたいことを書くしかない、と
気を取り直すしかない



さて、今日は自分にとり71年目の夏を迎えた。
 
自分も蝉のように「いま、ここに生きている」と鳴いている蝉。
夢を追い求めた少年時代の夏はもう昔のこと。



今日から366日後の8月17日
どんな青い空と白い雲に巡る遇うことができるか

脚だけでなく腕の筋力も落ち
老けた躰に負けず 「今日」という一日は二度と繰り返すのことのできない時間だけに
「いまに生きている」認知症老人の後ろ姿を見ながら
自分も明日に向かって生きねばならない

これから72の晩夏まで 自分は何を為すのか
躰を 手足を 頭を 動かし 生きる

15年前の8月27日に腎臓移植の大手術をした
拒絶反応もなくこうして生きていられることに
「感謝」の二文字を忘れてはならない

生かされた「いのち」
ただ老いの齢を重ね、ただ息をしていることに終わっている自分
15年前の晩夏を思いだし、そのときの気持ちに返り
今日を大切にしていきたい



早朝 夕暮れどきの吹く風に
秋の気配を感じる

時間は知らぬ間に自分を追い越していく
ぼやぼやしていると死神に追い着かれてしまう
時間を忘れるほど、何かに熱中していくことだ。








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蹴らないでくれ

2023-07-10 03:25:36 | 沁みる砂時計

我が家の3坪ほどの家庭菜園 二本の胡瓜苗が成長し 幸せの黄色い花を咲かせ 20本の胡瓜を頂いた
beagle元気 「胡瓜」の言葉に反応するほど胡瓜大好き メトロノームのように先が白い尻尾を左右に
大きく振り胡瓜を待つ beagle元気も私たち夫婦も胡瓜の命を頂き元気になる

1983 小石にも生命がある

食道癌の手術前後 病床で書いた高見順の詩「小石」から引用 
蹴らないでくれ
眠らせてほしい 
もうここで 
眠らせてくれ


86歳の老男は食道癌(ステージ5)を今春 発見され
転院し放射線治療を受ける。
放射線治療を受けても「効果があるかどうかは別問題」、と医師から告げられる
8mmの管を鼻から胃まで通し何とか栄養を維持できたがそれももう限界

食道の腫瘍が大きくなりその細い管を圧迫してきた
管を抜去すると再び管を挿入することはできない
胃ろうを造設する手術を行う
「口から食べたい」、という老男の願いは消えていった

躰は痩せ、胸の奥や背中の痛み、咳、 嗄声 させい (声のかすれ)の症状があり
苦しい
小石まで成長した食道の癌よ
蹴らないでくれ
眠らせてほしい 
もうここで 
眠らせてくれ

癌と必死に闘ってきた高見順
86歳の老男も闘っている


私たちは道端にある小石を
何気なく足蹴りをすることがある
そんな小石にも
生命があることさえ忘れていた

石と言えば 
「景石」という言葉を思い浮かぶ
景石は庭園美を構成する重要な材料であり
景石は 「捨て石」とも言われ 
主役的な庭石を引き立てるためには置かれる
捨て石は 無造作に何気なく置いてあるように見せて
そこに捨石があるだけで庭の風景がさらに引き立つ

捨石は影の存在なのかもしれない
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水野源三 瞬き詩人

2023-07-01 17:00:23 | 沁みる砂時計
1976 しゃべれない書けない


       いのちのことば社

36歳のとき、水野源三さんの詩に出会たときは、躰が振るえたことを思い出す。
小学校4年生のとき真性赤痢に罹り、下痢と高熱で体は衰弱し、脳膜炎を併発、脳性麻痺となった。
9歳のとき床に臥す躰となり、話すことができなくなった。
彼は、見えること聞くことができ、そこに生きる力を得た。

診療所の医師が源三を診察したおり、「はい」という言葉に眼をつぶれ、と言ったことがヒントになった。
五十音図を使って、一字一字拾うことを思いつき、そこから「瞬き詩人」の誕生となった。

しゃべれない書けない

私の
まばたきを見て
一字一字拾って
詩を書いてもらう

一つの詩を書くのに
十分 二十分 三十分
義妹の愛と忍耐によって
一つ二つ三つの詩が生まれる

神さまに
愛されて
生かされている
喜びと感謝を
詩に歌い続ける


「キリストの愛が 私の心を潤す」
自分の不遇に嘆くどころか 感謝し
言葉を紡ぎ 一つの詩を織り上げた水野源三の生き方に
本当に頭が下がり 生きることの意味とその深さに感銘した。

あれから34年の時間が過ぎ
自分は何をしていたんだろう、と反省させられた。

あの当時の心境に戻り、詩に触れていきたい。

生かされている

自分では
何もできない私が
家族のやさしさによって
オレンジ・ジュースを飲み
アイスクリームを食べ
詩を作り
み言葉を学ぶ

自分では
生きられない私が
神さまに
愛され
生かされている

(第4詩集 1981年)
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老い方死に方

2023-06-29 21:21:31 | 沁みる砂時計

まだ子どもなのかもしれない 
ときどきメロンソーダを食べたくなり
(飲みたくなり)、オーダーすることがある

1974 老い方死に方

にんげん、誰しもこの世に生まれ、生き、そして死ぬ
いつその生が途絶えるかは、誰もわからない。
できれば長生きし幸せに穏かに最期を迎えたい、と思う。

自分は齢70を重ね、今夏で71になる。
wifeと齢22の差があり
wifeが年金受給できる齢までと考えると87歳になる。
多病疾患(慢性腎臓病、心不全等10の既往歴を持つ)なため
87歳まで生きれるかどうか不安だけれど、そこまでは頑張りたいと思う・・・
(年金受給できる年齢が70歳に延ばされてしまうと92歳は厳しい・・・・)。

そう思っても人生の幕は突然降りることもある。
いつ死んでもいい、と言えるほど,まだ、やりきっていないことがある。

ひとそれぞれの老い方、生き方がある。
自分はどこで死を迎えるか、まだ決まっていない。
残された時間、どんな老い方をするのか、それによって死に方が左右される。
老い方と死に方はcoinの裏表のような関係にあるのかもしれない。


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その人の持っているやさしさや感情は失われずにある

2023-06-22 06:00:14 | 沁みる砂時計
1967 /老母親の想い、子の想い


         にんげんは外に出たがる「生き物」。「徘徊」という言葉は不適切。
         にんげん、何か目的があるから「歩く」のだ。


齢(よわい)を重ねるにつれ、物忘れや家事の一つひとつを最後まで成し遂げることが怪しくなってきた土田光代さん(仮名86歳)。
息子との二人暮らし。

不二雄(長男)さんは、新幹線が停車するK市駅の近くにあるデパートに勤めているため、
日中は一人 家で過ごす。数年前から認知症が進み、
息子宛てに電話がかかり、息子が家に居ても、「家には居ない」と受話器を手にしながら話している。
紳士服売場での仕事は時間通りに終えることができないため、家路に着くのは21時を過ぎてしまうことも多い。

家のなかは静寂であり、老いた母親はもう寝床で眠りについていた。
キッチンに行き電気釜の蓋(ふた)を開けてみると、
手つかずのご飯が残されており、夕食を食べていないことがわかる。

「長男がお腹を空かし、そろそろ帰って来るだろう」からと、
光代さんは台所に立ち肉や人参、ジャガ芋を鍋に入れガスコンロにかけ火をつける。
思いとは裏腹に、鍋は真っ黒に焦げ、その鍋はキッチン下の収納庫に置かれてあった。
その後も、味噌汁を温めようとして、鍋を焦がすことがときどきあり、
家が燃えてはいないかと心配しながら仕事している・・・・。

また浴槽の湯はりをしようと、湯を入れ始めるが、「お湯をだしていること」を忘れてしまい、
浴槽から溢れ、流れ出していることが週に1、2回ほどあった。

昨年の暮れまでは便所で用足しをされていたが、
今年に入り便所に行っても「用足の仕方」を忘れ戸惑うようになってきた。
紙パンツとパットを着けるようにしたけれども、
濡れたパットを枕下や敷布団の下に、紙おむつは箪笥のなかに隠したりしている。
それを注意すると「私ではない」と哀しい声を上げて泣くこともあった。

同居している息子、娘や息子夫婦、娘夫婦たちは、認知症を患っている親に対し、
「何もせずに“じっと”座って居て欲しい」と懇願する。
何もしないで居てくれることの方が子ども夫婦にしてみれば「助かる」のだが・・・・。
それは困難な話で、老いた親は「何かをせずにはいられない」、つまりジッとしていることができない。

子どもから世話を受けるような身になっても、老いた母親は「わが子を心配」し、
煮物や味噌汁を作ったり温めたり、浴槽の湯をはったりするのである。

物忘れなど惚けていても「家族の役に立ちたい(誰かの役に立ちたい)」という気持ちを持っている
しかし、ガスコンロに鍋をかけたことや浴槽にお湯を出していることを忘れてしまい、
反対に息子や息子嫁に対し余計に手を煩わせてしまう結果に陥ってしまう。

認知症の特徴の一つは、鍋をかけたことや浴槽にお湯を張っていたことを忘れただけでなく、
「忘れてしまった」、そのことさえも忘れてしまうのである。
「出来ていた」ことが「出来なくなった」り、ひどい物忘れにより生活に支障がでることで、
親子関係や家族関係のなかに葛藤や軋轢が生じてくる。

認知症になってしまった母に対し上手く対応できるのは難しく、問い詰めたり怒ったりしてしまいがちである。
これが「他人の親」ならば、上手くかかわることができる。
しかし、いくら「他人の関係」にあっても、認知症を抱えた人に対し、
介護職員が「命令」や「指示」、「怒ったり」するようなかかわり方をすると、
その職員には寄りつかなくなり、「家に帰る」と言い始め落ち着かなくなる。

かかわり方によって、認知症を抱えた老人は穏やかになったり、反対に不穏になり
「徘徊」「異食(いしょく)」「弄便(ろうべん)」「失禁」「攻撃的」などの行為(生活障害)が表出してくる。

老母親の想い、子の想い、人それぞれ「想い」があり、誰かの役に立ちたい、という気持ちをもっている。
認知症の症状が進んでいっても、その人の持っているやさしさや感情は失われずにある。
そのことを理解していくことはとても大切なこと。

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もう一度人生をやり直せるなら・・・・

2023-06-21 04:46:08 | 沁みる砂時計

                    いつもと違う処から撮った阿武隈川の風景
1966 『95歳の老人の詩』

どこのだれで、どこに住んでいたのかも わからない「出典不明」の『95歳の老人の詩』

もう一度人生をやり直せるなら・・・・
今度はもっと間違いをおかそう。
もっと寛ぎ、もっと肩の力を抜こう。

絶対にこんなに完璧な人間ではなく、
もっと、もっと、愚かな人間になろう。

この世には、実際、それほど真剣に思い煩うことなど 殆ど無いのだ。

もっと馬鹿になろう、もっと騒ごう、もっと不衛生に生きよう。

もっとたくさんのチャンスをつかみ、
行ったことのない場所にももっともっとたくさん行こう。

もっとたくさんアイスクリームを食べ、
お酒を飲み、豆はそんなに食べないでおこう。

もっと本当の厄介ごとを抱え込み、
頭の中だけで想像する厄介ごとは出来る限り減らそう。
もう一度最初から人生をやり直せるなら、
春はもっと早くから裸足になり、
秋はもっと遅くまで裸足でいよう。

もっとたくさん冒険をし、
もっとたくさんのメリーゴーランドに乗り、
もっとたくさんの夕日を見て、
もっとたくさんの子供たちと真剣に遊ぼう。

もう一度人生をやり直せるなら・・・・

だが、見ての通り、私はもうやり直しがきかない。
私たちは人生をあまりに厳格に考えすぎていないか?

自分に規制をひき、他人の目を気にして、
起こりもしない未来を思い煩ってはクヨクヨ悩んだり、
構えたり、
落ち込んだり ・・・・

もっとリラックスしよう、
もっとシンプルに生きよう、
たまには馬鹿になったり、無鉄砲な事をして、
人生に潤いや活気、情熱や楽しさを取り戻そう。

人生は完璧にはいかない、だからこそ、生きがいがある。


老いの齢を重ね 人生の終わりが見え始めてきたとき
ふと、「もう一度人生をやり直せるなら・・・・ 」、と思い、後悔の念を抱くこともある。
いまさら過去を振り返っても、時間は戻らない。

95歳の老人は、いま老いを生き迷える自分に
人生は完璧にはいかない、だからこそ、生きがいがある
その言葉は自分を勇気づけてくれた。
初心の情熱に帰り
他人の目を気にせず
いま、やりたい、と思ったことをやる。
時間は残り少ないけれど
まだまだ時間はある。

人材を育て、後継者にバトンタッチできる同志を見つける
それが最後の仕事になる
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躰(み)の置き場がない

2023-06-20 09:36:15 | 沁みる砂時計



BSNHK 『ラストドライブ』を鑑賞した。
ドイツでは元ソーシャルワーカー、元消防士、看護師などの人たちがボランティアで、ホスピスで生活して
いる末期癌などの人に対し、最後(最期)に行きたいところへは何処かを聴きだし、その願いを叶えていく。
海やレストランや自宅など本人が希望しているところへ外出することができる。
車は救急車をモデルにし酸素機器やストレッチャーなども装備されている。
砂浜を容易に移動できるタイヤが太い車いすはオランドの海岸にあるレストランで無料で貸し出しをしてく
れる。日本ならば「それは無理」、と言われるような状態でも、行きたいところへの願いを叶える。


1965 躰(み)の置き場がない


深夜0時23分に眼が覚めた。
(からだ)がだるくて眠れない。
自分の躰ではない、と思うほど
(み)の置き場がなかった。

躰は疲れ切り
ただ、ただ眠りたいはずなのに、眠れない。
起き出して、居間のソファーに背もたれながらいたが眠れない。

躰はだるく眠れない。
頭は朦朧(もうろう)とし
唇や口のなかは渇き、水を欲していた。

昨日の11時頃 文乃さん(96歳)の訪問診療があり医師が訪れていた。
自分もその場に同席させてもらった。
躰は「く」の字に曲がり、仰向けにできないだけに、輸液の針を刺すのも難儀されていた。

ここ5日間は固形物を口にせず、100ccにも満たない水を飲んでいるだけ。
500mlの輸液で命がなんとか保てる。
医師は「あと1ヶ月持てるかな・・・・(輸液を止めたら1,2週間・・・・)」

一昨日は肩呼吸をしていたが、酸素を0.5から0.75に増やしてからは落ち着いた。
血圧も安定し110~120/70~80にある(100を下回れば、要観察と言われた)。

毎日2回(ときには3回)身体介護が入り、床ずれはできていない。

息子は吸い飲みで冷たい水を飲ませたり
冷たい水が滲みこんだ脱脂綿で唇を湿らせる

だるくて躰(み)の置き場がない文乃さん
唇、喉に水が滲みとり、笑みをみせる。

深夜の躰のだるさを感じた自分
文乃さんのことが思い浮かんだ。

「躰がだるい」「しんどい」、と訴えることもなく
ジッと横向きに寝ている。
眠っている時間が増えてきた。

ときどき目薬を点眼すると、眼は潤う。


躰は休息を欲しているのだが
躰はだるすぎて眠れない。

自分以上に
文乃さんは躰はだるくても無言のまま。

特に脚のだるさはひどく両脚を切りたいくらい。
でも、文乃さんを見倣い「へこたれてはならない」、と
そう思い、床に就いた。





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石のぬくもり

2023-06-19 09:17:16 | 沁みる砂時計
1964 石のぬくもり



路傍の石は動くことはできず
ジッと地面と空を見つめている
小石を手のひらにのせ
小石を握ってみた
小石にもぬくもりを感じた

左手は握り拳(こぶし)の如く曲がったまま拘縮
両膝は「く」の字に曲がり脚を伸ばせない
ひとりで寝返りることもできない躰
染みついた天井を一日中眺めている

老いた妻は野良に出かけ
ねたきりの夫はベッド上で留守番
黒電話は鳴ることもなく
ヘルパーが来るのを待っている

ジッと寝ている
老人の躰と心は寂しく
石のように冷たくなった躰

還暦を過ぎたヘルパーは
拘縮した左手の指をゆっくり解(ほど)き解(ほぐ)
手のひらを握り 言葉のかわりに握り返す
老人のぬくもりが微かに伝わってくる

温かいタオルで躰を拭くと
老人の肌は薄ピンク色に染まってきた

路傍に咲いていた名も知らぬ花を
小さな花瓶に飾り
「また来るね」、と手のひらを握る

{加筆修正)

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時間がざざらざらと私からこぼれる

2023-06-18 12:29:52 | 沁みる砂時計

銚子岬から臨む朝の海

1963 時間がざざらざらと私からこぼれる(再掲)blog no.1273 / 2019-11-07

高見順『死の淵より』講談社文芸文庫 の94頁に
「過去の空間」がある。


『死の淵より』に邂逅したのは (自分は)32歳のときだった


「過去の空間」の最初の連に

手ですくった砂が
痩せ細った指のすきまから洩れるように
時間がざらざらと私からこぼれる
残り少ない大事な時間が


咽頭癌を患い死を宣告された
作家 高見順

夏 海辺で子どもと砂遊びに戯れたとき
砂山や砂の器など作ったことを思い出す
そのとき指のすきまから砂が洩れ落ちる
何度も何度も手で砂をすくい砂の山をつくり
次に砂山の下を掘りトンネルづくりに挑む


高見順の場合
手ですくった砂が
癌で痩せ細った指のすきまから
ざらざらとこぼれ落ちる

指のすきまから落ちゆく砂も
砂時計の砂が流れ落ちてゆくのも
残り少ない砂は時間を意味する

残り少ない大事な時間の移ろいは 
無常さを感じてしまう。

{一部書き直しました}
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時間がない

2023-06-17 18:45:21 | 沁みる砂時計
1962 呼鈴


呼鈴を鳴らすと息子が飛んで来る

96歳の文乃婆さん
昨日ヘルパーに「(私は)時間がない」、と話しかけた。
文乃さん自身 そう長くは生きられない、と感じているようだ。

つねに傍に誰かが居ないと寂しくて、呼鈴を何度も打ち続ける。
口から食べなくなってきた。

毎日のようにヘルパーがサービスに訪れる時間に
自分も「おじゃま虫」をしている。
何もできないのだが、文乃さんの躰の向きを変えるとき
反対側に居て頭や躰を支える。

「水が飲みたい」、と訴えた。
長男嫁は気をきかして「ぬるめの水」を吸い飲みに入れてきた。
一口、二口飲んだあと「冷たい水」、と催促した。
長男嫁は笑いながら「冷たい水」に入れ直し、
口元に吸い飲みの先を入れ、冷たい水は喉元を通った。

文乃さんにとり 冷たい水が飲めたこと
それは生きようとする彼女の姿を感じてしまう。

文乃さんは「これが年寄りの冷や水」、だと笑いながら話す。
言葉の意味が違うことは勿論知っている。

今日は肩呼吸をされていた。
食べていなくても、卵の黄身を混ぜたような粘着質のウンチが多量に出た。
にんげん、最期が近づくと出すものは出して躰の中をきれいにする。
水も飲まなくなり、オシッコもでなくると・・・・・。

それだけに文乃さんにとり1時間10分1分1秒の時間
母屋で息子ら家族と過ごしたい、とそう思い
呼鈴を鳴らし続ける。


                 今日 早朝に出会ったハルジョン
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幸せ

2023-06-17 12:45:35 | 沁みる砂時計


1961 幸せ

幸せって
誰かを
大切にすること
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『インビクタス/負けざる者たち』(2009)

2023-06-15 15:53:39 | 沁みる砂時計
1960 ワールド・イン・ユニオン World In Union
ラグビーワールドカップ公式テーマ曲はホルスト『木星』




There's a dream, I feel So rare, so real
私には大きな夢がある とても大切なすばらしい夢

All the world in union The world as one
すべて国々が結びついて ひとつの世界になること

Gathering together One mind, one heart
あらゆる人々が手をたずさえ ひとつの思い ひとつの心に

Every creed, every color Once joined, never apart
すべての信条 すべての肌の色が 垣根を越えてひとつに集まる

Searching for the best in me I will find what I can be
自らの可能性を探りながら それぞれの力を発揮していく

If I win, lose or draw there's a winner in us all
勝っても負けても引き分けても みんなの心に勝者が宿る

It's the world in union The world as one
世界の国々が互いに結びついて ひとつのゆるぎない世界に

As we climb to reach our destiny A new age has begun
運命をつかもうと努力するなら 新しい時代がひらけていく

We face high mountains Must cross rough seas
険しい山を越えようとも 荒々しい海を渡ろうとも

We must take our place in history and live with dignity
いつか来る輝かしい日のために 誇りを持って進んでいこう

Just to be the best I can sets the goal for every man
持てる力をすべて出しきり ともにゴールを目指すなら

If I win lose or draw It's a victory for all
勝っても負けても引き分けても みんなが勝利を手にする

It's the world in union The world as one
世界の国々が互いに結びついて ひとつのゆるぎない世界に

As we climb to reach our destiny A new age has begun
運命をつかもうと努力するなら 新しい時代がひらけていく

It's the world in union The world as one
世界の国々が互いに結びついて ひとつのゆるぎない世界に

As we climb to reach our destiny A new age has begun
運命をつかもうと努力するなら 新しい時代がひらけていく

映画『インビクタス/負けざる者たち』(2009)

アパルトヘイトによる27年間もの投獄の後、
黒人初の南アフリカ共和国大統領となったネルソン・マンデラは、
依然として人種差別や経済格差が残っていることを痛感する。

誰もが親しめるスポーツを通して、
人々を団結させられると信じたマンデラは、
南アフリカのラグビーチームの立て直し図る。

マンデラの”不屈の精神”はチームを鼓舞し、団結させ、奇跡の快進撃を呼び起こす。
それは、暴力と混沌の時代に初めて黒人と白人が一体となった瞬間だった



心が揺さぶられる映画、音楽、詩に出会うと、希望、勇気が湧き出てくる

絶望のなかにあっても、諦めたら、そこで終わってしまう。
マンデラ大統領は、ラグビーチームを鼓舞させ最後まで勝利を信じた。

何ができるか
ひとりではできない
自分はひとりじゃない

命のぬくもりそれは人のぬくもりを感じ
自分を信じる
意味のない人生はない

ひとりじゃない

映画『インビクタス/負けざる者たち』
ワールド・イン・ユニオン
平原綾香「Jupiter」

元気づけられる

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家に帰りたい~

2023-06-08 23:34:45 | 沁みる砂時計
1953 家に帰りたい~


第2の故郷 筑波山(画像は本文とは関係ありません)


主治医から「食べない。点滴だけでは6分の1程度の栄養しかとれない。廃用性症候群もみられ老衰の状態にある」
長男は「明日にでも退院させて欲しい」、と訴えるも聞き入れてもらえず駄目だった。
今日にでも連れて家に連れて帰りたいくらいだ、という思いは強かった。

結局は来週の月曜日に退院となった。
個室で痩せた老母(96歳)と面談、缶詰のミカンを食べさせようと老母に寄り添う。
自宅の畳で逝かせたい、と願う息子。
本人も最期は自宅で死にたい、と願っている。
息子の呼びかけに応えようと、老母は一粒のミカンを口にした。

「12日に退院できるからね」
「あと三日だね」、とはっきりした言葉で話す。

それでも最後は病棟中に響きわたる声で「家に帰りたい~」と叫んでいた。

訪問診療、訪問看護、訪問介護(毎日、1日2回)、介護用ベッド。
訪問介護も家族のサービスに応じて対応する。
往診の医師を軸にしながら看取りの体制をとった。
24時間体制をとり、急変時は訪問看護を通し往診の医師が訪れることになった。

救急車を呼ばない、ことで確認した。

自宅での看取りは末期癌の人も含め、両手両足の指を超える。

どこで死にたいか
老母は「家で死にたい」、と主治医にもはっきりと主張されていた。


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老いに生かされてきた

2023-06-06 05:29:15 | 沁みる砂時計
1950 老いに生かされてきた


.
白髪混じりの60才過ぎの女性が相談に訪れた。
自分の年齢も60才を越え体力的に限界です。

義母はリウマチを患い、歩くこともままならない。
“ボケ”もではじめ、夜間大きい声で独りしゃべりをしたり、
おむつを外し布団の上にオシッコをしたりなど、
隣の部屋にいても落ち着いて寝ることができないのです。

年老いた義母にとって“家”が一番いいとわかっていても・・・・、
これ以上女手一つで義母の面倒を看ていくのは困難です。
長い間義母の面倒を看てきて、いろいろと苦労もありましたが、
“義母に生かされてきた”という思いです。 

13年前に主人が亡くなり、ずっと義母との二人暮らしでした。
血の繋がりがない義母であっても、義母の存在は一つの心のはりになっていました。

自分の親は、(他人である)長男の嫁に世話になり、
自分は(他人である)夫の親の世話をしている。

自分の疲れがとれたら(老人保健施設から)義母を引き取り、
また面倒を看たいと思いますので、それまでお願いしたい」、
としみじみ話されました。

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人生の砂時計

2023-06-04 05:44:31 | 沁みる砂時計
1948 沁みる砂時計


Google「砂時計」無料画像から引用しました


老いた現在(いま)、何故か砂時計を見ていると「人生の砂時計」に映ってしまう。

砂地に水がこぼれ落ちると瞬く間に染み込むように、
老いを意識するようになってから人と「ひと」とのかかわり、
路端に生きる小さな生物や自然の風景から心のなかにしみじみと感じてしまう。

もうその出来事に再会することはないかもしれないだけに、
そのことに感謝し、そこで遭遇した一瞬の時間(とき)にときめいてしまう。

齢七十を越え、躰は衰え、左膝はサポートを巻き
snoopyのイラストが入った杖をつきながら
阿武隈川沿いの小路をbeagle元気と歩けるのはいつまで続くか、その先はわからない。
それだけにいま自分の足で「歩ける」ことに感謝せずにはいられない。
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