老い生いの詩

老いを生きて往く。老いの行く先は哀しみであり、それは生きる物の運命である。蜉蝣の如く静に死を受け容れて行く。

今日は講習

2022-11-27 20:25:48 | 老いの光影 第10章 老いの旅人たち
1920 人間は外に出たい


早朝、晩秋の阿武隈川 縞模様の水面に魅入ってしまった

今日1日自動車学校で運行管理者講習を学習した。
来春から本格的に要介護高齢者等の通院や買い物等
外出(移動)支援サービスを行う。
自分も透析患者の送迎をさせて頂く。

超高齢になると認知症や体力低下等により
自動車普通運転免許証を返納せざるを得なくなる。
田舎は交通手段がかぼそくなる。
陸の孤島になってしまう。
通院と買い物に困まる。

デマンドバスが走るようになったが、
痒いところまで手が届いていない。
行き先は限られ複数の行き先を希望することができない。
買い物時間は1時間だから、たまの外出にコーヒーや外食を
楽しむことは難しい。

認定調査を行うと外出先は
デイサービスと通院のみ。
外出が行われていることになる。
でも、なんだ寂しい感じがしてしまう。

動物は外にでることを欲する。
人間も同じ。
青空を仰ぎ 流れる雲に憧れる
路端に生きる草花や虫たちに言葉をかける
犬は鼻で外の匂いを嗅ぐことに楽しむ。
外に出ると思いがけないことに遭遇する。

予期もしなかった人に出会うと喜びもひとしお。
外に出ることで、気持ちが元気になったり
景色を見て心癒されることもある。

ドラえもんの「どこでもドア」があると最高だ~。
ドア一枚で行きたいところへ行ける。
介護タクシーを始めた。
要介護高齢者、障がい者など
「どこでもドア」のように「行きたいところ」まで移動支援サービスを行う。
通院に限らず、買い物、外食、風景を楽しめる移動支援にしいきたい。

今日の管理者講習で高齢者の運転や事故の特徴を知った。
それについてはブログ1921で掲載していく予定。

明日は自治医科大学付属病院循環器内科の外来受診日である
早朝4時に起き 元気君の散歩を行い
5時半頃 家を出る
自治医大附属病院には7時頃到着する。
30分寒い外で並び、7時半に病院の玄関が開く。






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煙草がやめられない

2022-11-24 09:26:19 | 老いの光影 第10章 老いの旅人たち
1919「自業自得だ~」



もう東北は晩秋
木々たちは数えるほどの枯葉となり
スタットレスタイヤに交換せねばならない

昨日 強いてんかん発作をくり返し
救急搬送された65歳の若い老い人がいた
脳動脈瘤クリッピング術を行い
過去にはくも膜下出血を起こし
手術によりいのちが救われたなのに

喫煙をやめられず
煙草がないと「しけもく」を吸っていた
てんかん発作を止める薬も服用せず過ごしてきた日々

90歳の婆さんから
「まだ、若いのにどうして、我慢が足りないのだろうか」

トイレまで我慢できず 多量の尿便失禁をしてしまう
食事中には噴き出すほどの嘔吐をする
介護員が汚物の処理をするのは「当たり前」、と嘯(そうぶ)

救急に駆けつけてくれた救急隊員は
「(薬も飲まない、煙草を吸っているから)自業自得だよ」と意識消失している彼女に話す

脳外科医は「悪戦苦闘しながら手術を行い助かったいのちなのに」
「自分で病気を治す、いのちを守ろうとしないなら、もう診ることはできない」

救急隊員は「何度も病院へ搬送し助かったいのちなのに、煙草を吸う、薬を飲まない、それは自業自得だ~」と嘆き悲しむ

夫に電話連絡し自分も病院に駆けつける
「頭のなかをもう少しみてみたい」、と脳神経医から話され入院となった。
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老いの時代

2022-11-23 10:49:12 | 老いの光影 第10章 老いの旅人たち


  夜明け前、夕暮れ時に「元気」は首にネオンの首飾りをし散歩をする

1918 続)老いの旅人たち

気が付いたら 自分も「老いの時代」に立っていた。
頭髪は薄くなり一部、地肌が目につく。
首、両膝、腰の痛みは時折、自分を悩ます。

最近、福島市では97歳の男性が運転する軽自動車は
歩道を走り、女性を「はね」亡くなる、という痛ましい事故があった。
免許更新では認知機能検査では問題がなかった、と報道されていた。

自分も透析患者を乗せ送迎のためにハンドルを握っている。
「いのちをはこぶ」という重圧を感じながら、安全運転を心がける。

中島みゆきが唄う『時代』は
人生そのものを感じてしまう。

旅を続けてきた老人は
いまなお死に向かって覚束ない足取りで歩き続ける旅人たち。

「まわるまわるよ 時代はまわる 喜び悲しみを繰り返し」
「別れと出会いをくり返し」
「今日は倒れた老人たちも 生まれ変わって歩きだすよ」


老いの旅人たちは、人それぞれであり
老いてはじめて気がついた人生の大切さ
何が幸せなのか
老いの旅人は 過去を振り返り思い巡らす。

子どもに抜かれ、元気な老人にも抜かれても
右手に杖を持ち左膝の痛みをかばいながらゆっくり歩き続ける。

違うことに気持ちが言ってしまうと、先ほどwifeに頼まれたことを忘れてしまう。
「惚けてきた~」、と隣室からwifeが聞えよがしに話しかける
「惚けてなんかいないよ」、と抗議の言葉で返す。
wifeは続けて「惚けているひとに限って惚けていない、と話す」

惚けたかどうかは別にしても 忘れることが目立ってきた。
老いた旅人の忘れ物が増え、「忘れ物預かり所」が忙しくなる。






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倒れた旅人たちも 生まれ変わって歩き出すよ

2022-11-22 11:49:14 | 老いの光影 第10章 老いの旅人たち


  犬には犬の悩みや不安はあるのだろう、いまは安心しきって眠りについている

1917 老いの旅人たち



書き終えぬまま「投稿」になってしまいました
うっかりでそのままになっていました。
言い訳ではないが、激しい腰痛で義父が寝たきり状態になり
昨日急遽、130㎞余り車を運転しwifeの実家へ「飛んだ」
救急車を呼び、隣市の整形外科がある病院に入院となった。

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老いの旅人は何処で死を迎える

2022-11-21 08:06:41 | 老いの光影 第10章 老いの旅人たち


1916 老人ホームに対する意識は変わった

介護保険により
特別養護老人ホームに対し
地域に住むひとたちの意識は変化した。

姥捨て山ではなくなり
寝たきり老人になると
寝たきりで生きている本人も
老いたつれあいも家族も疲れ果て
老人ホームに入所させることに
「抵抗感」は薄れ、おたがいのためだ、と思い
老人ホームの玄関をくぐる。

いまは、老人ホームで最期のときを迎える。

ふと、思うことがある。

特別養護老人ホームであれ
サービス付き高齢者住宅であれ
老人病院であれ
住み慣れた我が家であれ
本人は最後(最期)におき どのような死に方を臨んでいるか
だれか聴いてくれる人がいるか
そのことが気にかかる。

臨終場面、家族が傍で手を握りながら見守ることは
無理なことであろうか

最後の一夜 自分が住み慣れた家に帰ることはできないのか

最期どこで死ぬか
どのように死ぬのか

最期どのような風景をみるのか
死するとき 自分は何を想うであろうか

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他人の集まりだ

2022-11-20 21:00:23 | 老いの光影 第10章 老いの旅人たち


1915 老人ホームだけは嫌だ~

90歳を超えた婆さんは
ぼろぼろとご飯を洋服や床いっぱいにこぼす

洋式便器に座る前に
おしっこを床いっぱいにこぼす
この床は誰が濡らしたの、と尋ねられても
「わたしじゃない」、と真顔で答える

朝、起きおしっこでびっしょり濡らした紙ぱんつを脱ぎ棄て
ぱんつを穿かずにデイサービスに通う

住み慣れた家で暮らすことが厳しくなってきた
「老人ホーム(特別養護老人ホーム)に行くか」、直球で尋ねた
「老人ホームだけは嫌だ」「味噌を舐めたって行かない」
「どうして」、と意地悪く聞き返してみた
「他人の集まりだ」

90歳を超えた老人たちは
老人ホームは姥捨て山に映るのか
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紅葉・苔石そして秋桜

2022-11-06 09:19:08 | 老いの光影 第9章 捨石拾遺残日録
1914 紅葉・苔石そして秋桜







自然の美しさをそのままキャンバスに描く技術もなく、スマホカメラで撮るしかない自分。
観音沼森林公園は自然がそのまま残されている。

観音沼の入口付近でリンゴ農園の爺さんが、赤い林檎「新世界」を売っていた。
「新世界」は蜜がいっぱい入っており美味しかった。

晩秋となれば、舞い散る枯葉は積り、苔石の上に枯葉が散っている。
苔石になるまでどのくらいの歳月が経過したのであろうか。
枯葉の下には小さな虫たちが生息している。

冷たい北風にも負けず、霜にも負けず、寒さにも負けず、青い空と白い雲をめがけ秋桜は健気に咲いていた。
昨日、保育園の敷地に咲いていた秋桜に遭遇した。

晩秋の老いにはまだ至ってはいないけれど
暦のように早く過ぎ去ってしまう。
冬の前の晩秋の美しさに浸りながら、もうすぐ冬がやって来る。

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朝の散歩路

2022-11-05 09:32:16 | 老いの光影 第9章 捨石拾遺残日録
1913 朝の散歩路









雨が降らない限り(beagle元気は雨が嫌い、雨の朝夕は散歩は「休み」となる)
朝夕の散歩路は阿武隈川に沿って歩く
朝陽に向かい合掌

どこにもあるような景色
でも、同じ風景はない
ここだけの風景

どこにもいるような人間だが
自分という人間はひとりしかない
宇宙から見たら塵にもならない存在
でも、この地球(ほし)に生まれ生きている

季節は変わる
雪が降る処は 巡りくる春夏秋冬の景色は美しい
変わらぬのは自分と思いながらも
退化の陰りという変化は訪れる

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AI - Story

2022-11-03 14:38:09 | 歌は世につれ・・・・

   「俺、beagle元気も老いてきた 耳が白くなってきた」

1912 AI Story
AI - Story

限られた時の中で
どれだけのことが出来るのだろう
言葉にならないほどの想いを
どれだけあなたに伝えられるのだろう
ずっと閉じ込めてた
胸の痛みを消してくれた
今 私が笑えるのは
一緒に泣いてくれたキミがいたから

1人じゃないから
キミが私を守るから
強くなれるもう何も恐くないよ
時がなだめてく
痛みと共に流れてく
日の光がやさしく照らしてくれる

説明する言葉も
無理して笑うこともしなくていいから
何かあるならいつでも頼ってほしい
疲れた時は肩をかすから
どんなに強がっても
ため息くらいする時もある
孤独じゃ重い扉も
共に立ち上がればまた動き始める

1人じゃないから
私がキミを守るから
あなたの笑う顔が見たいと想うから
時がなだめてく
痛みと共に流れてく
日の光がやさしく照らしてくれる

時に人は傷付き 傷付けながら
染まる色はそれぞれ違うけど
自分だけのSTORY
作りながら生きてくの
だからずっと(ずっと)ずっと(ずっと)
あきらめないで

1人じゃないから
私がキミを守るから
あなたの笑う顔が見たいと想うから
時がなだめてく
痛みと共に流れてく
日の光がやさしく照らしてくれる



AI - Story はwifeがカラオケで唄ったときに始めて知った。
励まされる歌だな、と感じた。

限られた時の中で
どれだけのことが出来るのだろう


挫けそうなとき落ち込んでしまう
老いてきたからこそ
にんげん 1人では生きていけない

説明する言葉も
無理して笑うこともしなくていいから
何かあるならいつでも頼ってほしい
疲れた時は肩をかすから


介護や仕事など挫けたとき
「1人じゃないから」、という言葉に
そこから立ち上がることで
明日が見えて来る


時に人は傷付き 傷付けながら
染まる色はそれぞれ違うけど
自分だけのSTORY
作りながら生きてくの
だからずっと(ずっと)ずっと(ずっと)
あきらめないで


「あきらめない」
その言葉に尽きる
老いの最後にきて
「本当に生きた」という実感を
作りながら生きてゆく

落ち込んだとき
詩(歌)は勇気づけてくれる
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