【命のたすき〜いじめられっ子の僕と
シベリア帰りのお爺ちゃん 続編】
〜❤令和の時代に奇跡の遭遇 徳島編❤〜
生きているとホント不思議なことが起こりますね。
徳島で落語会があったので、JR徳島駅前のホテルを予約しました。
ところが、先方の手違いがあり、泣く泣く徳島駅から2つほど離れた【大蔵】という駅前にあるホテルに泊まることになりました。
表を散歩しておりますと、ホテルの目の前に、徳島大学病院があり、「とっても大きい病院やなあ」と感心致しました。
また、駅前に【蔵清水(くらしみず)】という給水所がありました。
横に説明文がありまして、
「太平洋戦争中に、出征する兵士が整列をするために、駅前にある、民家を強制退去さした。各民家には、【くらし水】という井戸があり、大事にしていた。それを復活さしたものである。」と書かれていました。
「民家を強制退去さすなんて、ホント酷いなあ。また、ここから沢山の若者が出征して
戦地に行ったんやなあ」と感慨深いものがありました。
一夜明けて、今日、落語会の世話人の方と色んなお話をしました。
染太「昨日、手違いで【大蔵駅】前のホテルに泊まったんですよ」
世話人「そうでしたか。それは大変でしたね。ところで、ホテルの前に徳島大学病院があったでしょ?」
染太「はい!ありました。」
世話人「あの徳島大学病院の所はね、実は太平洋戦争中、陸軍の訓練所がありましてね、あそこで沢山の若人が厳しい訓練を積んで、【大蔵駅】から戦地に出征していったんですよ」
染太「えーー‼️それやったら、僕のお爺ちゃんも、学徒出陣でそこにおりました」
僕の祖父は、太平洋戦争中、明治薬科大学の学生でしたが、赤紙が来て、不本意ながら
学徒出陣し、徳島の陸軍訓練所で厳しい訓練を受け、満洲に出兵し、シベリアへ抑留されてしまいました。
先日の独演会で、その事を落語にしました、【命のたすき〜いじめられっ子の僕とシベリア帰りのお爺ちゃん】を演じました。
その1週間後、手違いで泊まったホテルの目の前が、なんと祖父がいてた陸軍訓練所だったのです。
そして、【大蔵駅】から満洲へ出征したのです。
こんな偶然、奇跡ってあるんですね。
2日前、祖父の故郷である大洲に行きまして、お墓参りをしました。
墓前で、独演会の成功と感謝の気持ちを伝えました。
多分、お爺ちゃんが、「徳島へ行くんやったら、ここも見ときや」と教えてくれたのだと思います。
僕が小さい頃、祖父は「生きてたらな、面白いこと、楽しいこと、ビックリすること、いっばいあるで」と言っていました。
お爺ちゃんの言っていたことは、ホントだったんですね。☺