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『聖一国師年譜』~誕生と幼年時代2~

2012年01月28日 | 聖一国師
藁科川上流・大川地区の栃沢に生誕した聖一国師の生涯を記した「東福寺開山聖一国師年譜」の現代文訳を記録します。

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○土御門天皇 建仁二年(一二〇二)壬戌(みずのえいぬ)

 円尓の血族は平氏で、駿州安倍郡藁科の人である。正月十三日の夜。
円尓の母(税氏)は、手を挙げて明星(明けの明星)の光を採って、これを呑み込もうとする夢を見て子(円尓)を孕んだ。身ごもったことについては何の心配もしなかった。ぼんやりとして自分を忘れている時、光に乗って青衣をまとった天女があらわれ、母に付き添った。母はある日、久能山に登り堯弁大徳*1にお目にかかった。堯弁の居室の壁に画像がかけられてあった。像の顔形はあたかも母に付き添う天女のようであった。母は堯弁に聞いた。「これは何の神様ですか」と。堯弁は「これは大弁財天女である」と答えた。「この神様は仏法を守らせ、衆生に御利益を与え、大きな願いごとを叶えてくれるのです」と言った。
 母は申し上げた。「私はいま身重の身体になっております。この神様はわたしをお守り下さっているのですね」。堯弁は「おそらくは、生まれてくる子は賢い子でありましょう。もし果してそうであったなら、その子をそのまま俗世間に置かないようにしなさい」と言った。
 円尓が生まれようとするとき、母の胎内から声が聞こえた。十月十五日の暁のころに生まれた。生まれたその時、めだたい徴の純白の雪が庭をおおい、金色に輝く朝の光が産室にみなぎった。

○建仁三年(一二〇三)癸亥(みずのとい)
 円尓二歳になる。人々が話をしている内容を聞き容れて、その是非を説明した。人の顔色を見て、人には悲しいこととうれしいことがあると知る。その冬は大雪であった。円尓は降り積もった雪を指さして母に聞いた。「これは何ですか」と。母は答えた。「これは雪というものですよ」と。円尓は「私が生まれた時にもこの雪が降ったのですね」と言った。

○元久元年(一二〇四)甲子(きのえね)
○同(一二〇五)乙丑(きのとうし)

*1 堯弁大徳(ぎょうべんだいとく)
  久能寺の学僧

引用:『聖一国師年譜』石山幸喜編著.羽衣出版.平成十四年

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