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HASSY局長のハサカル日誌

伊勢志摩バリアフリーツアーセンター事務局長HASSYが
日々のハサカル(気になる)出来事など記録していきます。

虎丸でウチナーンチュと再会

2011-02-18 00:40:19 | プライベート
寒い冬(というほどでもないけど…)の伊勢に沖縄の友人たちがやってきた!
うれしいっ!
10月の沖縄に行ったときにも会ったけど、伊勢に来てくれるのはさらに嬉しいことです。

とは言うものの、しんしん、たかちゃん、ちゃこちゃん3人組は、何度も伊勢に来てくれています。
そのたびに大概同じようなコースですが、今回も…

虎丸→珠家コースで…。

  



昨年一緒に沖縄へ言った板井先生もご一緒に。
そして私の友人と伊勢在住のウチナーンチュ(偶然にもしんしんの学生時代のクラブの後輩だったことは数年前に発覚)も途中合流しました。

 
めったに飲めない白酒。とってもオイシイ


虎丸行ったら、これは必須です


この時期はやっぱ牡蠣でしょ



美味しいものを食べながら、伊勢のこと沖縄のことなどなどをたーくさんお話しました。

 
沖縄のお土産”豆腐よう”チーズみたいですよ。ということで、西洋チーズと食べ比べ?


友人が二軒茶屋餅を持ってきてくれました。ちょうど神都ビールが…



翌朝は…

つづく

志摩ロードパーティ バリアフリーパーティラン ボランティア募集引き続き募集してるよ

8年間の公共事業評価委員

2011-02-07 12:00:11 | プライベート
センターが出来たときと同じぐらいに委嘱を受けた、公共事業評価審査委員会の委員。
やっと、任務完了。
本日の委員会をもっての卒業でした。

今年の委員会は、ちょっと本来の仕事が忙しくて何度か欠席をしましたが、そんな状況でありながら、委員の皆さんが私に代わって「バリアフリー」についての突っ込みを容赦なくしてくださっていることがわかり、とてもとても、感動しました。
本当涙出そうでした。ありがとうございます。
これで、安心して、委員を離れることができます。

今まで説明してくださった県職員の皆様、事務局の皆様、委員の皆様いろいろとお世話になり、ありがとうございました。
トンチンカンな質問をしたり、イタイところを突いたり、正直単調な説明にウトッとしたこともありました。

でも、でも、とてもとても、勉強になりました。

私みたいな一般県民の小娘の意見も必要だと言うことがわかりました。
と言うか、そんな疑問を持つ県民の方がきっと多いのです。

実は、8年前から前半は本当にチンプンカンプン(そもそも事業の金額の桁が見たことない数字だ

った)でこんなので務まるのかと思いましたが、なんとかかんとか…。
8年経った今だから、いろいろ分かってきて、楽しみも見出せ、しっかりした聞き方、質問の仕方が出来そうですが、もうおしまい。(かといって、カムバックはしませんよ)

いまだに疑問だらけの公共事業もあります。
あれを通してよかったの?って思うことだって。
逆に、意見を拾い上げてくれ、委員会が終わった後も、「あのときの意見を聞いて…」と後日、その時の課題解決の案をセンターに持ってきてくれた事業もありました。

委員をはじめた当初は、朝の9時から夜の8時まで缶詰状態の委員会もありました。
ヘトヘトでした。
某会場の床は絨毯こそひいてあるけれど、もともとコンクリだったので、冬場は足が冷えて、ひざ掛けは必須。でも足先が冷えて冷えて…。
資料はいつも、どっしりと、持ちきれない程。
年末と年度末にある飲み会も楽しかったです。
説明してくださる県の職員の方々が「委員攻略本」なるものが引き継がれているのではないかと疑っています。
たくさんの委員さんの出会いと別れもありましたが、みなさん個性豊かでとても楽しかったです。

今後もみなさんと、どこかでお会いできるの楽しみにしています。


送別会では花束をいただきました。ありがとうございました。



これからは、委員会の議事録をくまなく読むことを楽しみにします。ウッシシ。


志摩ロードパーティバリアフリーパーティラン部門参加&ボランティア募集が開始しました

新しい年なので、カミングアウト

2011-01-11 23:06:23 | プライベート
昨日の抱負発表早々、挫折しそうになっています。
ちょっと抱負のハードルが高かったかな?(笑)

さて、新しい年になったこともあり、ちょこっとカミングアウト。
あ、期待しないでください。

実は、この仕事を始めてから、さらに観光、そして地元にとても興味を持っているにもかかわらず、それらを調べたりするだけで、自分の身に付くことって何もしていないな…と前々から思っていました。

で、実は、2年半前?ぐらいから三味線を習っています。(←これカミングアウト)



といっても、ここしばらく先生の都合と私の仕事の忙しさで休んでいましたが、年が明けて復活!
基本は長唄ですが、今は伊勢音頭を猛練習中。
まだまだです。
人に聞かせるまでには、あと何年かかるんだろう?(遠い目)



しかし、なぜに三味線か?と疑問に思われるでしょう。
それは実に簡単。

1 姉が習っていたから(同じ先生に習っています)
2 実家に余っている三味線があったから

両親とも三味線を趣味?としていたので、家には三味線が当たり前にある風景。
盆踊りが近づくと三味線のバチを打つ音が響き渡っていました。

ということで、さほど力まず入れたのですが、これが正直思ったより難しい。
教えてもらっている先生は、とにかく身体で覚えるのを基本に、先生の手元をみて、耳で聞いての覚え方。
譜本は見ない。
記憶力、聴力、そして身体に叩き込むのが命です。

おばあちゃんになったら、縁側で三味線弾いては昼寝して、ネコと遊んで…なんて生活に憧れています。



あ、今日もばりふりとは関係ない話でした。
ごめんなさい。
次回こそは、ばりふりネタと過去日記に励みます。

あけまして… カブトガニが我が家にやってきた!

2011-01-10 22:58:26 | プライベート
いまさらながらの、「あけましておめでとうございます」です。(やや小さい声)
今年に入ってから、初日記です。
申し訳ありません。
そりゃもう、年末年始から大忙しで…、ってこともないんですけどね。
サボっていました。
今さらながら、マメじゃないんですよ。実は。

さて、嬉野での出来事も含めて年末年始と徐々に書きます。

今年の抱負は

「今、目の前の仕事を片付ける!」

私の悪いクセで、ついついしたくない仕事、めんどい仕事を後回しにしてしまうこと多いのですが、そんなことは今年からヤメます!(おお、言い切った)

だって、いつかはしなくちゃいけないのにさ、ついついズルズルとギリギリまで持ってきて、慌てて手を付ける。
はぁ~、これありがち。
周りにも迷惑かけるし、自分も困るし…。

さて、がんばるぞ。

ということで、そんな私の抱負達成を手助けしてくれるべく、我が家にやってきたカブトガニ。
念願の「ルンバ!」を購入しました。



ボーナスで(←パートナーの)

これはずっと、ずーっと前から欲しかったものですが、購入の決め手となったのは、年末某番組で
「ルンバを買って、床にモノをおかなくなりました」

と、言っている人を見て決めました。

我が家、ものすごい床にモノ置き率が高くて…。
床に座るのならまだしも、そんな生活じゃないのに…。
パートナーが、「モノを落とすと、拾うの面倒」と言うのも問題かと…。

さて、カブトガニ(ルンバ)がきて、家の中は変わるのだろうか?
乞うご期待!



部屋の写真は見せないけどね。

半分の月がのぼる空のDVD

2010-12-03 23:55:30 | プライベート
伊勢が舞台の映画、「半分の月がのぼる空」のDVDが発売となったので、パートナーが購入。



今日、家で見ました。
メイキングや、未公開映像もあって、さらにさらに伊勢がいろいろ写っていましたよ。
付録?にあった、アルバム?の写真には、姉の店(モナリザ)で撮影した写真も。
そういえば、当時、ロケ協力していた友人から、姉の店を使いたいけど、話してくれる?って連絡もらって、繋げたっけかな?
なーるほど、ここで使われていたのか。

以前の半分の月がのぼる空を紹介した日記 クリック

結婚記念日でした

2010-11-30 20:58:02 | プライベート
本日11月30日は私たちの結婚記念日でした。
まるっと、8年目です。
電気器具婚式だそうです。
電気器具を新しくするのにいい時期なんだって。
本当か?

で、仕事の帰りに鳥羽国際ホテルに寄って、ケーキを購入。
ホテルスタッフに声をかけられました。すっかり顔割れています。

鳥羽国際、この間リニューアルしたので、ケーキ購入場所が入って左手にありました。
20:30まで販売しているそうなので、またチーズケーキ食べたくなったら、帰りに寄ろっと。

そんな鳥羽国際のケーキを買って帰ったら、友人が夜、鳥羽国際のお酒やカレーやいろいろなものを出産内祝いで持ってきてくれました。
ありがとう。
なんだか、鳥羽国際づいた夜でした。

異色の芸術家兄弟 橋本平八と北園克衛展

2010-09-18 20:48:27 | プライベート
本日、パートナーと県立美術館へ行ってきました。
目的はこれ





橋本平八と北園克衛展
期間:8月7日(土)~10月11日(月)







です。

橋本平八(1897~1935)は彫刻作家。
北園克衛:本名は橋本健吉(1902~1978)は詩人であり、本のデザイン装丁やモダンアートも手がけていた。(伊勢市民病院の前に北園克衛の詩碑があります)


二人は兄弟芸術家であり、私の地元伊勢市朝熊町出身の兄弟。
でも、地元ではあまり知られていなかったりして…。

実は、うちの親戚にあたるんです。
祖父の伯父さん。
ようするに、橋本平八と北園克衛の甥っ子がうちの祖父ってなわけ。
写真を見てビックリしましたが、そっくり。橋本の顔をしています。

実は、そんなことを知ったのは、私が大人になってから。
当時私が地元タウン誌の編集部だったころ、社長から「橋本平八さんの話をじいちゃんからインタビューしてきてくれ」って。

父から、このお墓は彫刻家のおじさんの。と言われて毎回墓参りのときはお参りをしていたのは覚えていましたが、そんなにスゴイ人だということは知りませんでした。

うちの祖父もそこそこ不思議な人で、剥製師であり、動植物の研究をしていてその世界では結構有名?
そんな祖父に橋本平八のことを聞いたけれど、結局平八は短命だったので、それほど多くも思い出は残っていなかったようです。
でも、自分がこうして、剥製の世界や動植物への興味が湧いたのは、平八おじさんの影響はかなりあったと言っていました。

そのときは、どうも想像が出来ませんでしたが、今日、展覧会に行って分かった気がしました。
平八の彫刻を作る際のデッサン図の展示を見て、
「うわっ、おじいちゃんが剥製作る前に描いていたデッサンみたい…」
と思いました。




また、北園克衛の作品を見ていると、うちの姉たちの芸術好きさ(姉二人とも芸術家と結婚)が、なんとなく分かったり…。

なんせ、見ていると、100年前の地元朝熊のことが見えてきたり(今も残る行事のことが日記に書かれていたり)、橋本家のいろいろ背景が分かってきて…

橋本平八と北園克衛の兄弟愛?にもなんとなく、納得したり…。


この展覧会にあわせて「伊勢人」も臨時号発刊。この本には、親戚ということもあり、うちの父と姉の写真が…。ところがよく見ると、橋本平八や北園克衛とはまったく関係ないところに私の写真も…。さあ、探してみよう!


橋本平八は彫刻だけでなく絵もたくさんあり(個人蔵がたくさんあったので、あれだけよく集めたと感心)、北園克衛の作品は読み物もたくさんあっので、観覧に2時間みっちりかかりました。

2時間でも足りないくらいでしたが、お腹が空いてきたので…。(笑)


2時間んでは見きれなかったので、本を買ってきました。



もちろん、県立美術館はバリアフリーですよ。


10月11日までですので、ご興味ある方は是非行ってみてください。


9月22日(水)はちょんまげワールドで観月祭ですよ~ クリック

ご近所のみなさん、ご迷惑おかけました

2010-04-09 00:24:36 | プライベート
ずっと、ずっと、気になっていた我が家の西の庭の垣根の剪定、本日、道側やっと出来ました。
(家側はまたこんど)



どんどんのびてきます。


この時期になると、新芽が燃えるように育つ我が家のこの木。
すごいんですよね。
忙しさにかまけて、見て見ぬフリでしたが、道に大きくはみ出てきているし、見通しも悪くなってきています。
絶対ご近所さんは気になっていたに違いない。


剪定ばさみでチョキチョキ。


今日は、木曜日でセンターが休みでしたが、ご存知のように引越し目前なので、休日出勤。
その出勤前に、気持ちよく剪定できました。


ほうら、スッキリ。近いうちに家側もしまーす。


庭の草も育ってきています。
これから夏に向けて雑草との戦いも…。



駅ボラ参加者募集していま~す。クリック



伊勢志摩バリアフリーツアーセンターが引っ越します!!

津波警報 避難指示が発令!!

2010-03-01 01:02:00 | プライベート
2月も最終日の日曜日。
この日、私は趣味の活動でもある「イセシマン」で、県ユニバーサルデザイン表彰式の賑やかしに行くことになっていて、センターをお休みしておりました。

朝から、前日のチリ地震による津波の予報が出ていて、警報出ていました。
なんだか怪しげな雲行きです。

センターにスタッフの野原さんがいるので、電話して確認。
そしたら、千枝さんもいたので、なんだかちょっとホッ。
いやいや、でももしものことがあったら、大変です。
怪しくなったら、帰ってもいいということで、様子を見ることに。


イセシマン出動も、何も連絡がなかったので、お昼頃パートナーと準備をし、車で会場である松阪へ…。

と、進みかけたそのとき、隊長より「本日の県行事全て中止のため、イセシマン出動も中止!」との連絡が…。

あらら。

自宅に帰ってくると、さらにさらに、なんだかテレビでは緊迫した津波情報が…。
さらに、二見に避難勧告が出たと…。

50年前のチリ地震による津波で日本も140名ほどの被害あったと聞いているし、もしかすると、もしかするかも…。
それに、我が家は一階。
チェアウォーカーであるパートナーの息ができる鼻と口は背の低い私より下。
ヨットで使う、ライフジャケットも準備するか?

などと考えていたら、いつの間にか避難勧告から「避難指示」に変わっていました。
そのときは、それって二見の沿岸部だけでしょうと思っていました。

しかし、二見がそれでは、鳥羽も避難指示になっているだろうと、センターに電話すると、「一番街も14時に閉める」と言う。
その状態でビルをあけて、観光客を入れていて被害でもあれば…えらいことです。

近鉄も五十鈴川駅~賢島駅、JRも参宮線がストップ。
観光客はバスでしか伊勢に向かえなくなくなっていました。

こんな、日曜日に災害…。そりゃないことはないですよね。
自然災害は曜日など関係ありません。


さて、さらにパートナーと自宅にいると、有線放送から「光の街(山の上の住宅地)以外の二見町全域に避難指示が発令されました。直ちに高台に避難してください」という、放送が。
有線放送どころか、町中町内放送であっちこっちで流れています。

あとから思いましたが、このときって音だけの情報でした。
私が登録している携帯にお知らせされる防災みえのメールだって、津波の情報は入ったけど、この「避難指示」のこと流れてなかった…。
ってことは、聴覚障害者は文字放送されているテレビを見なければ、津波が来るかもしれないことは分かっていても「避難指示」まで知られていなかったかも…。

さて、避難指示が出てしまったからには、のうのうと、自宅にいる訳にはいかない。
パートナーも県職員だから、無視するわけにはいけません。
でも、二見町内の開設された避難場所が…

町内の公民館 → 我が家とさほど変わらない海抜に、2階があるけど、エレベーターはない。車椅子対応トイレもない。
二見小学校・中学校 → 我が家より、より海に近いうえに、エレベーターがない。車椅子対応トイレもない。
老人福祉センター → 車椅子対応トイレやエレベータはあるけれど、海に近い茶屋地区でもあるし…

などの、問題があり。(そもそも津波の避難場所として適切なんだろうか?)

避難場所として開設されているわけじゃないけど…と、「勝手に避難場所」として、ご近所の山向こうの「県営サンアリーナ」へ逃げることに。
サンアリーナにはカフェあるので、時間つぶしもできるしね。
そうそう、車椅子対応トイレだってある。

もちろん、海に近いところに住む義母を迎えに行って、3人で避難。
しかし、避難とは、実に退屈なもので、1時間も経てば、飽きてくる。
子どもだったら、もっと早くに飽きるだろうね。
外が豪雨とか、なんだか怖いような環境ならそんな気にもならないが、天気もいいしね。
避難場所と指定されているところでもないから、津波の最新情報も手に入らず…。(避難指定場所ならあったのかも…)

夕方になり、津波到達時刻もとうに越えて、もう、いくらなんでも避難指示解除されているだろう。と判断して、義母を実家へ。
そしたら、家の目の前で役場の方に止められた。
まだ「避難指示」は解除されていなかったよう。

でも、でもね、もう家に帰りたかったの。
避難もしたから、帰らせてと。
義母を送り(義母には2階にいてねと念押し)、私たちも帰宅。

結局避難指示が解除されたのは22時ごろ。
そんな時間までおられません…。

今回は大事には至らなかったけど、ものすごく、いろいろ、考えさせられたり、勉強になりました。
それは、ちょっと前まで防災ボランティアコーディネーター養成講座をうけていたこともあったのかもしれません。
それにさ、とても時間がある中でいろいろ判断できましたが、これが、20分以内で判断しろ!というものだったら

適切な避難場所を選べるか?
持って逃げるものをスグに準備できるか?
義母を迎えにいけるか?

ましてや、発令時どのような状況であるのかも問題。

熟睡していたときかもしれない
お風呂に入っているときかもしれない
家にいなくて、仕事場だったかもしれない

などなど、時と場所を選べない自然災害。
改めて、パートナーと災害について色々語ったり、やっぱり家族での決め事作っておかなくてはいけないな~って話をしました。

被害がなかっただけに、防災訓練として考えると、とてもいい経験になりました。
なんだかんだと、自分が生きている間に、地震が起こる可能性はかなりあります。
だからこそ、災害時の危機管理、防災についてしっかり考えたいと、改めて思いました。



3月5日(金)伊勢志摩バリアフリーツアーセンター理事長の講演のお知らせ

4月18日(日)志摩ロードパーティ バリアフリーパーティランのボランティア募集中

あけましておめでとうございます

2010-01-02 17:20:20 | プライベート
みなさん、あけましておめでとうございます。

慌ただしい年末をものすごいスピードで駆け抜けて(また追々、書き綴りますね)、ハッと目が覚めたら年が明けていました…。

と言うほどでもありませんが、30日ギリギリまで出勤して、仕事をして年末の休みは31日のみ。
だから必然的に31日だけで大掃除と正月飾りです。
あ、あと、ね、年賀状も…(小さい声)

なんってできるわけ無いですね。
つくづく思いますが、年末の数日だけで大掃除をするのではなく、一年通してコツコツと掃除をすればいいのですね。分かっちゃいるけど…。
2010年の目標はこれにしよう。
毎日コツコツと、作業をこなして溜め込まない。プライベートでも仕事でもね。


一年間雨風に耐えた注連縄さんお疲れ様でした。


ドーマンセーマン付きのお札は松下社さん製

2006年の正月飾り
2007年の正月飾り
2008年の正月飾り
2009年の正月飾り

さて、お正月飾りだけはちゃんとしないと…となんとか行いました。
だって、注連縄は一年中飾りますからね。
年賀状もなんとかクリア。

夜は、パートナーの実家へ行き、お蕎麦(うどん←私が蕎麦だめなもんで…)を食べながら紅白を家族で見て、ネコと戯れていたら年が明けました。

さて、ここからが私たちの毎年恒例のお正月の過ごし方。
朝の4時から行われる神宮の外宮さんで行われる歳旦祭を見るところから年が始まるのです。
ので、それを見に行くのですが、その前に今年はいつもと違うところへも寄りました。

オールナイトで電車を走らせているという……

いや、近鉄も大晦日から正月にかけてオールナイトで電車は走らせていますが、そこではない、です。

知人が伊勢の外宮前に鉄カフェをオープンさせ、31日~1日にかけてオールナイトでNゲージを走らせているというので、それに食いついたパートナーが自分のNゲージを持って立ち寄り。


鉄カフェというか…、でもなんだか楽しそうだったよ。
パートナーが持って言ったのはみんなから「スゲー年代もの」といわれていたKATOとかいうの。よくわかりません。



私はそれについていっただけなんだけど…。

しばし、別世界見学したあと、外宮へ行き、友人たちと合流。


外宮。時間は朝3時ごろ。どんどん火は夜通し燃えてます。


外宮さんも年々この時間帯でも人が多くなってきました。ちょっと前はそんなに…。
三ツ石では、みんながなんだ?と言っているので、説明。



いつものごとく、歳旦祭を見て、今年のお正月を迎えました。


歳旦祭はじまりました。静かに…見学。中に入ってからも見れますが、写真厳禁ですよ。

2006年の歳旦祭
2007年の歳旦祭
2008年の歳旦祭


そして、今年は満月の部分月食という、とてもすばらしい天体ショーの中、歳旦祭は執り行われました。


コンパクトのデジカメしか持っていかなかったので、月食はよく分かりません。肉眼ではバッチリでしたよ。


丁度、歳旦祭が行われるちょっと前に月食が始まり、歳旦祭が終わる頃に月食が終わりました。
なんだかただでさえ、厳かに執り行われる神秘的な祭事の中、さらにすばらしい演出つきで心洗われました。

今年はなんだか、いい年になりそうな、そんな気がしますよ。
みなさんにとっても、すばらしい一年になりますように。

本日夕方(16:00ごろ)の伊勢市内の混み具合です。