■フェリー船上より巨大護衛艦
近海練習航海出航にDDH-182いせ,江田内に入らず柱島へ移動してしまい若干消化不良気味の当方目の前にDDH-184かが,威容が見えました。
かが。第二世代型ヘリコプター搭載護衛艦であり全通飛行甲板型護衛艦である本艦は満載排水量27000tと戦後日本が建造しました水上戦闘艦にあって最大規模の船体規模を有しています。撮影は江田島と呉のフェリー船上より撮影、3km程先の情景ですがやはり大きい。
とわだ。海上自衛隊が一個護衛隊群8隻の護衛艦へ洋上補給及び弾薬や糧食等のドライカーゴを補給する総合補給艦として建造した3隻とわだ型のネームシップです。ただ、建造当時最大の護衛艦は、くらま、満載排水量は7200tであり、時代の移ろいを感じるものだ。
おおすみ、ぶんご。小用港からは5.5kmもの距離を隔てていた為に艦名までは確認できませんでしたが、G3Xのデジタルズーム性能では艦名が確認できるようになってきました。ぶんご、うらが型の2番艦です。1番艦うらが、は先ほど練習艦隊旗艦として出航しました。
ちはや、そして潜水艦おやしお型の並びが。森の中に浮くかくされた潜水艦基地、という印象の情景です。江田島小用港から呉港までは所用時間にして20分ほど、小用港から待ち時間の間には遠く見えましたが順調にこの5.5kmの水道を通り呉港へと向かってゆきます。
海上自衛隊の護衛艦も大型となった、旅客機からも確認できる。ひゅうが型護衛艦から始まった第二世代型ヘリコプター搭載護衛艦の流れは、ひゅうが、いせ、そして本いずも型いずも、かが、と共に4隻が整備されることとなりました。かが母港はここ呉基地です。
補給艦は今後海上自衛隊の護衛艦大型化とともに、とわだ型、そして海上自衛隊にはさらに大型の補給艦ましゅう型2隻が配備されているのですが、弾薬所要や燃料所要も増大してゆきますので、今後、その後継となる補給艦はどのように大型化してゆくのでしょうか。
呉市内。呉市内には多宝塔を伽藍と共に構えます萬年寺という寺院がある事は京都発幕間旅情で紹介しました通りですが、この写真を見ますと五重塔が見えます。呉市内の五重塔、どんな寺院なのか、意外な歴史の奥行きを湛える呉の街並み、また散策してみたいですね。
かしま。そして奥の方には掃海艇みやじま、昔訓練で乗せてもらいました。中央に見えます大きな練習艦、不思議な事に今回の近海練習航海では、佐世保基地のヘリコプター搭載護衛艦いせ、が参加したものの練習艦かしま、は参加しませんでした、後半から参加する。
あぶくま、とね。艦名もしっかり確認できるようになりましたね。小型の護衛艦という印象のあるこの護衛艦あぶくま型ですが満載排水量で2900tと、諸外国では3000tを越えれば大型水上戦闘艦に区分していますので、世界の視点では比較的大きな水上戦闘艦という。
おやしお型潜水艦、呉基地でも潜水艦の従来の16隻体制から22隻体制への拡充へ教育の拡大が行われていますが、心配なのは桟橋の規模です。横須賀では新潜水艦桟橋が船越地区に完成しましたが、ここ呉基地では増える潜水艦をどのに収容するのでしょうか、ね。
とわだ、かが。海上自衛隊護衛艦がおおきくなったのは、とわだ竣工当時は最大の護衛艦と並んだ場合でも補給艦の大きさを実感したのですが。海上自衛隊が最初に導入した補給艦は給油艦はまな、その次に補給艦さがみ、がありまして、とわだ、で大型化したのです。
かが、とわだ。不思議な情景が醸成されてゆきます、大きさの違いが明白に見て取れる構図ではあるのですが、それ以上にこの向きから見ますと、あたかも洋上補給を行っているように見えるのですね、この構図は中々貴重、観艦式でも数回に一度しかみられません。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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近海練習航海出航にDDH-182いせ,江田内に入らず柱島へ移動してしまい若干消化不良気味の当方目の前にDDH-184かが,威容が見えました。
かが。第二世代型ヘリコプター搭載護衛艦であり全通飛行甲板型護衛艦である本艦は満載排水量27000tと戦後日本が建造しました水上戦闘艦にあって最大規模の船体規模を有しています。撮影は江田島と呉のフェリー船上より撮影、3km程先の情景ですがやはり大きい。
とわだ。海上自衛隊が一個護衛隊群8隻の護衛艦へ洋上補給及び弾薬や糧食等のドライカーゴを補給する総合補給艦として建造した3隻とわだ型のネームシップです。ただ、建造当時最大の護衛艦は、くらま、満載排水量は7200tであり、時代の移ろいを感じるものだ。
おおすみ、ぶんご。小用港からは5.5kmもの距離を隔てていた為に艦名までは確認できませんでしたが、G3Xのデジタルズーム性能では艦名が確認できるようになってきました。ぶんご、うらが型の2番艦です。1番艦うらが、は先ほど練習艦隊旗艦として出航しました。
ちはや、そして潜水艦おやしお型の並びが。森の中に浮くかくされた潜水艦基地、という印象の情景です。江田島小用港から呉港までは所用時間にして20分ほど、小用港から待ち時間の間には遠く見えましたが順調にこの5.5kmの水道を通り呉港へと向かってゆきます。
海上自衛隊の護衛艦も大型となった、旅客機からも確認できる。ひゅうが型護衛艦から始まった第二世代型ヘリコプター搭載護衛艦の流れは、ひゅうが、いせ、そして本いずも型いずも、かが、と共に4隻が整備されることとなりました。かが母港はここ呉基地です。
補給艦は今後海上自衛隊の護衛艦大型化とともに、とわだ型、そして海上自衛隊にはさらに大型の補給艦ましゅう型2隻が配備されているのですが、弾薬所要や燃料所要も増大してゆきますので、今後、その後継となる補給艦はどのように大型化してゆくのでしょうか。
呉市内。呉市内には多宝塔を伽藍と共に構えます萬年寺という寺院がある事は京都発幕間旅情で紹介しました通りですが、この写真を見ますと五重塔が見えます。呉市内の五重塔、どんな寺院なのか、意外な歴史の奥行きを湛える呉の街並み、また散策してみたいですね。
かしま。そして奥の方には掃海艇みやじま、昔訓練で乗せてもらいました。中央に見えます大きな練習艦、不思議な事に今回の近海練習航海では、佐世保基地のヘリコプター搭載護衛艦いせ、が参加したものの練習艦かしま、は参加しませんでした、後半から参加する。
あぶくま、とね。艦名もしっかり確認できるようになりましたね。小型の護衛艦という印象のあるこの護衛艦あぶくま型ですが満載排水量で2900tと、諸外国では3000tを越えれば大型水上戦闘艦に区分していますので、世界の視点では比較的大きな水上戦闘艦という。
おやしお型潜水艦、呉基地でも潜水艦の従来の16隻体制から22隻体制への拡充へ教育の拡大が行われていますが、心配なのは桟橋の規模です。横須賀では新潜水艦桟橋が船越地区に完成しましたが、ここ呉基地では増える潜水艦をどのに収容するのでしょうか、ね。
とわだ、かが。海上自衛隊護衛艦がおおきくなったのは、とわだ竣工当時は最大の護衛艦と並んだ場合でも補給艦の大きさを実感したのですが。海上自衛隊が最初に導入した補給艦は給油艦はまな、その次に補給艦さがみ、がありまして、とわだ、で大型化したのです。
かが、とわだ。不思議な情景が醸成されてゆきます、大きさの違いが明白に見て取れる構図ではあるのですが、それ以上にこの向きから見ますと、あたかも洋上補給を行っているように見えるのですね、この構図は中々貴重、観艦式でも数回に一度しかみられません。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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