アールグレイ日和

春畑 茜(短歌人+里俳句会)のつれづれ。
降っても晴れても、そこにサッカーはある。

『5メートルほどの果てしなさ』(松木秀歌集)を読む。

2005年04月19日 18時33分57秒 | 歌集・句集を読む
松木秀さんは「短歌人」所属。2001年に短歌人新人賞を受賞。
今年3月に第一歌集『5メートルほどの果てしなさ』(ブックパーク・定価1500円)を上梓。
7年半の作品の中から312首を収録。解題は荻原裕幸氏。

発行してまだ1か月と少ししか経っていないのだが、すでにこの歌集はネット上のあちこちで話題になっている。

*
・夕暮れと最後に置けばとりあえず短歌みたいに見えて夕暮れ
・カップ焼きそばにてお湯を切るときにへこむ流しのかなしきしらべ
・試みにわたしと書いてみる夕べわたしはひとりわたしはふたり
・二十五時、コンビニ時間 ローソンはいつも要点だけでいっぱい
・かんかんと夜の蛍光灯ゆれてここは蛍光灯世界です


特にいいと思った歌を挙げる。
一首目、短歌の生理的なところを上手く突いていると思う。そして何よりこの歌も結句が「夕暮れ」で押さえられている。初句の「夕暮れ」には色や匂いがないのだが、結句の「夕暮れ」には色も匂いもある。その違いが面白いと思う。
二首目、カップ焼きそばのお湯を切る時に生まれる流し台の音。それを「かなしきしらべ」と捉えたところで歌になった。こんな生活臭漂いやまぬ一場面にも、詩は生まれてしまうものなのだ。
三首目、「わたし」と書くことで、たやすく生まれてしまう「わたし」。2回書けば「わたし」が2人になる(たとえばノートの上などに)。しかし現実の世界には私自身は一人しかいないはずなのだ。2人目の「わたし」とは何なのか。私自身が見ている「わたし」像と、世界や社会から見られている「わたし」像との相違、そんなものを感じさせられた。
四首目、「二十五時、コンビニ時間」という言い方が、一日の枠をはみ出してしまったような異空間を感じさせる。コンビニの品揃えを「いつも要点だけでいっぱい」と捉えたところが上手い。
五首目、四首目のローソンの歌のすぐ後に置かれている歌なので、この蛍光灯はコンビニの店内を白々と照らす光だろうか。「かんかんと」のひびきの明るさや口語体の軽さが、「蛍光灯世界」の人工的な明るく酷い感じをうまく出していると思う。

上記のほかにも、良いと思った歌はたくさんあった。できれば多くの方々にこの歌集をじかに手にとって松木ワールドを味わっていただきたいと思う。


さて一方で、これは言いすぎかな?と思った歌についても少し触れておく。

・あ、青い 漁師も数多飲み込んで委細かまわず海はなめらか
・史上最高なるヒトリザルとして群れを捨てたる若き日の釈迦

一首目は「なめらか」と言う必要があったのかな、と思う。二首目の「史上最高のヒトリザル」という言い方はこれで果たして成功しているのだろうかと、私には疑問が残った。



・夢よりは鮮やかでしょうこの虹は百円ショップで売っていたのよ

この歌のように、現代社会の流行や風俗を切り取って歌うのが、現在もっとも松木さんの得意とするところだろうし、優れたところでもあると思う。チープなモノが集められた百円ショップで売られていたという「虹」は、また今の時代の流行の儚さでもあるのだろう。

第一歌集を出して、これから松木さんが何をどのように歌ってゆくのだろうか。たのしみにしたいと思う。


*
松木秀さんのホームページはこちら↓
短詩型貯蔵庫

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
批評ありがとうございます (松木 秀)
2005-04-19 22:02:08
批評していただけて、どうもありがとうござ

います。特に他の方が触れることの少なかっ

た「はるのまゆ」の中の歌について触れられて

いるのを見て、うれしくなってしまいました。



それでは、春畑さまもどうぞご健吟ください

ませませ。
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とてもよい歌集ですね (はるはたあかね)
2005-04-20 10:43:24
松木さん、こんにちは(^^)

なるべく解題のおぎはらさんと重ならないように選んでみました。ほんとうによい作品が多くて、厳選するのに苦労しましたよ。

多くの方に読んでいただけるといいですね。

これからも、ますますのご活躍を~!



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