これは『あさひが丘~』屈指の名作じゃないかと思います。さすが鎌田敏夫脚本!
それをしっかり映像化すべく、演出や撮影、そして俳優陣の演技にも普段より気合いが入ってるように見えます。
また、芳しくなかったであろう世間の評判を受けてなのか、ハンソク先生(宮内 淳)のキャラを徐々に修正しようとする意図も感じられ、この回だけ観るとハンソクをうっかり好きになっちゃいそうですw
それは『太陽にほえろ!』の脚本家の1人としてボンボン刑事=宮内さんの成長を見守って来られた、鎌田さんならではの愛情が反映されてるのかも知れません。
☆第10話『オレと一緒に駈落ちしよう!』
(1979.12.19.OA/脚本=鎌田敏夫/監督=佐藤重直)
ラグビー部の山下(長谷川 諭)の両親が、息子の様子を見にあさひが丘学園を訪ねて来ることになり、高岩校長(宍戸 錠)が慌てます。
かつてグレていた山下を問題なく卒業させることを条件に、両親から多額の寄付金を受け取った手前、学園としては彼を大人しくさせておく必要があり、校長は教務主任の野口先生(秋野太作)に監視役を命じるのでした。
ところが、その日を境に山下の様子がおかしくなります。部活をサボり、授業にも出なくなって煙草を吸ったり等、明らかに非行の兆候が出て来ちゃう。
それで監視役の野口先生は気が気じゃないんだけど、山下の担任であるハンソク先生は涼しい顔で言います。
「グレたい奴はグレさせとけばいいじゃないか」
「そうはいくか、俺たちは教師だぞ」
「教師が何を言ったって、グレたい奴はどうすることも出来やしないんだよ」
自分も高校時代にグレてたハンソクは、教師に何を言われても聞く耳なんか持たなかったと自慢げに語るのでした。
「グレたきゃグレる、帰って来たけりゃ帰って来る。自分の人生なんだから好きなようにしろってんだ」
そうしたハンソクの考え方には、荒くれ者だったらしい亡き父親の影響があるようです。なにか悪いことをした時に「友達に誘われたから」なんて言い訳しようもんなら親父にブン殴られ、「お前には足は無いのか? 自分の人生ぐらい自分の足で歩け!」と説教されたもんだと、ハンソクは懐かしそうに語ります。
超マザコンの甘ったれで、単なる「大人になりそびれたガキ大将」にしか見えなかった番組初期のハンソクに、そんな厳しい父親の面影は微塵も感じられませんでしたw
今回久々に登場したハンソクのお母さん(藤間 紫)も、息子を溺愛してひたすら甘やかすだけの人だった筈が、いつの間にやら荒くれ男を手のひらで転がす気っ風のいい女に豹変してましたw
そうして視聴者の反応によって登場人物の性格が微妙に変わったり、場合によっては唐突に死んじゃったりする臨機応変さも、テレビの連続物ならではの面白さと言えましょう。
さて、様子がおかしい山下のことを心配する人がもう1人いました。女子テニス部の森下マリ(上田美恵)、第2話で山下に裸を見られちゃった女の子です。
夜の海岸でひとり物思いに耽る山下を見つけたマリは、思いの丈をぶちまけます。
「私、山下くんがグレて学校辞めなきゃいけなくなったりしたらイヤなんだ。好きなんだもん、山下くんのこと」
おっぱいは見せてくれるわ自分から告白してくれるわ、なんていい子なんでしょうw 羨ましいぞ山下!
そんなマリに、山下はこれまで誰にも言わなかった本音を打ち明けます。彼はやはり、両親が自分の様子を見に来ることがイヤなのでした。
「いいじゃない、山下くん真面目にやってるんだから」
「オレは親父やお袋のために真面目にやってるんじゃないよ。オレが大人しくしてんの見て、あいつらが喜ぶなんてオレはやだよ!」
あさひが丘へ厄介払いみたいに送り出された山下は、どうやら両親が自分を見捨てたと思ってる。今回様子を見に来るのも、あまりに放ったらかしにして後ろめたくなったからだと山下は断言します。
「あいつらが本気で心配してんのは、出来のいい兄貴たちの事なんだよ。オレの事なんかどうでもいいんだ」
「そうなのかな……」
「グレてやる、もう一度……親父やお袋を喜ばせてたまるか!」
そして山下は、マリの眼をまっすぐに見つめて言うのでした。
「オレも好きだったんだよ、ずっと前からマリのこと」
「えっ……」
第2話じゃマリのおっぱいを見てしまった罪悪感でノイローゼになるほど純情だったクセに、山下も随分とキャラが変わりました。彼に関しては視聴者の反応を受けてというより、たぶん鎌田さんがそこまで整合性を気にされてなかったんでしょう。
「なあ、一緒に来てくれ」
「どこへ?」
「どこでもいい、駆け落ちしよう! 来てくれよ一緒に!」
そして二人がキスしたところでこの場面は終わりますが、そのあと朝までチョメチョメしまくったに違いありません。許さんぞ山下!
マリはいったん寮に戻って旅の準備をしますが、好きな異性と結ばれて駈け落ちするにしては表情が暗い。罪悪感とは違う、なにかモヤモヤしたものが胸の内にありそうです。
かくして駈け落ちは決行され、それを知ったハンソク先生は「さすがにオレもそこまではやらなかったなあ」と感心しつつ、涼子先生(片平なぎさ)や野口先生と一緒に二人の行方を追います。
しかし好きな相手と駈け落ち真っ最中だと言うのに、山下とマリの表情はなぜか暗いまま。
「後悔してない?」
「するもんか。親父とお袋が来たらどんな顔するか、早く見たいよ」
「……山下くん、私のこと好き?」
「え?」
「本当に好き?」
「好きだよ」
「…………」
マリの胸の内にあるモヤモヤが何なのか、もうお分かりですよね。彼女のおっぱいを見てノイローゼになるくらい好きだったクセに、山下よお前はいったい何様なんだ?
こんな野郎はサッサとハンソク先生にシメてもらわないといけません。もちろん、元ボンボン刑事が2時間サスペンスの女王と一緒に捜索すれば、2人が発見されるのは時間の問題でした。
「どうしてこんな事したの、山下くん! ねえ、なぜ?」
涼子先生に問い詰められて、山下はほざきます。
「なぜって、マリが好きだからですよ!」
「お前たちはまだ高校生なんだぞ!」
野口先生にそう言われても、山下は空しい反論を続けます。
「高校生だって、人を好きになる権利はある! ほっといて下さいよ!」
「嘘だわ!」
そんな山下の本心を的確に見抜いたのは誰あろう、駈け落ち相手のマリでした。
「嘘よ、山下くん! 山下くんが私のこと好きだなんて嘘よ!」
「マリ……なに言ってんだ?」
「山下くん、お父さんとお母さんを困らせたいから、だから私とこんな事したのよ!」
そこでハンソクがぴくりと反応し、いよいよフルボッコの準備に入ります。
「私じゃなくたって、誰でも良かったのよ! 私のこと好きなんて言ったけど、嘘……嘘よ!」
「本当なのか、山下? お前、親父やお袋を困らそうとしてこんな事したのか? 親父やお袋を困らせるためにグレていたのか?」
「そうだったらどうしたって言うんだよ? グレたくてグレたんじゃないよ、オレだって」
「…………」
「親父やお袋が、もうちょっと本気でオレのこと心配してくれてたら、オレはグレたりしなかった!」
「バカヤローッ!!」
ハンソクの必殺もみあげパンチがついに炸裂、華奢な山下は約25メートルほど吹っ飛びます。ざまぁ見ろ! おっぱい見やがって! チョメチョメしやがって!
「お前! そんな事でグレていたのか!? そんな理由でしかグレられんのか!? グレるんなら、もっと真面目にグレろっ!!」
↑ハンソク先生にしか言えない名言ですw
「グレたくもないのにグレたりするな! オレはそういう人間が一番嫌いなんだよ! 人の面当てでグレたりする奴が一番嫌いなんだ!」
なおもハンソクは自分の生徒を殴り続け、半殺しにしかねない勢いなんだけど、誰も止めようとしませんw
「それでも一人前の男か!? 自分の足が無いのかお前には!? 親父やお袋に支えてもらわなきゃ、自分の人生も歩けんのかっ!?」
無意識なんでしょうけど、ハンソクは自分が父親に言われたことをそのまま山下に言ってます。それは確実に山下の心にも響いた様子です。
ところが! 普通ならこれで一件落着なんだけど、それで終わらないのが鎌田脚本の凄いところ。駈け落ち騒動が落ち着いて日常に戻ったかと思いきや、今度はマリが行方不明になっちゃう。周りから興味本意で色々聞かれ、いたたまれなくなったみたいです。
「またかよ! 出ていくのが好きな連中だなあ」
呆れながら行方を探すハンソクに、涼子先生が言います。
「高校生の頃っていうのは、一番気持ちが不安定な時期なんです。自分で自分の心と体を持て余す時期なんです。自分の体を自分でもどうしていいか分からない時期なんです! 大西先生だってそうだった筈でしょ?」
確かに、私もあの頃はそうだったと思います。今でも大して変わらないかも知れませんw
で、マリは、山下とチョメチョメしたあの海岸でウロウロしてたらチンピラたちに襲われ、またチョメチョメされそうになるんだけど、そこに山下がさっそうと登場! マリがいなくなったと聞いて野口先生の監視を振り切り、夢中で駆けつけたのでした。
それでチンピラたちは諦めて退散しかけるんだけど、なおも山下が怒りに任せて突進しようとするもんだから、野口先生は慌てて制止します。
「やらせてくれよ、先生! 人の為じゃない! オレの為にやりたいんだ! オレの為に喧嘩したいんだ、やらせてくれよ!」
「…………」
次期教頭の座を狙う野口先生としては、ここで山下に問題を起こされたら大いに困るワケだけど、なぜか手を放しちゃうんですよね。
「止めて! 野口先生、止めて!」
マリが泣きながら叫んでも、野口先生は動きません。山下が殻を破って大人に一歩近づく為の、これはチャンスなんだと直感したんでしょう。野口先生も今回はやけにカッコいいです。
で、山下はまたもやフルボッコにされちゃうんだけど、その姿はむしろ晴れやかに見えます。
「大丈夫だよ。自分の足があるんだ。自分で歩けるよ!」
チンピラたちが去ったあと、介助しようとするマリを振り切って、1人で歩き出した山下は、駆けつけたハンソク先生に言うのでした。
「ハンソク、歩いて来たよ……自分の足で歩いて来たよ!」
「山下……」
「これでいいんだろ? これでいいんだろ、ハンソク! これでいいんだろ、先生!」
ハンソクの眼にも涙。番組スタート以来、ハンソク先生が泣いたのは今回が初めてだったと思います。
「泣いたりすんなよ……ただの先公みたいな事すんじゃねえよ」
「ただの先公だよ、オレは。ただの先公になりたいんだよ。だけど、なかなかなれないんだよ!」
この台詞にもグッと来ました。なんだか、人気者になる筈だったのに全然なれない、当時のハンソクのリアルな境遇が反映されてるみたいで……w
いや~、良かったです。その良さが、この稚拙なレビューでどれほど伝わってるか心配だけど、こんな長文をここまで読んで頂けた事実こそが、ストーリーの良さを裏付けてるんじゃないかと思います。
何が良かったって、一番良かったのはハンソク先生がちゃんとした大人に見えたことですよねw 教師が生徒たちと同じレベルでドタバタやってるのは、やっぱり見てて気持ち良くない。そんな学校に通いたいと私は思わない。
教師は教師であって、生徒は生徒。友達じゃないんです。そんな当たり前の分別をあえて撤廃した、そこがこの番組の新しさだったワケだけど、視聴者の共感は得られなかった。
これは『太陽にほえろ!』の後番組『ジャングル』が、主役の刑事たちをヒーローとして描かないことを新機軸にして失敗したのと、今にして思えばよく似てるかも知れません。
古い価値観を否定すれば新しいものが生まれるかと言えば、多分そんな事はないんですよね。そこが作品創りの難しさで、狙いすぎるとだいたい失敗しちゃう。
でも、だからと言って何も冒険しないのはつまんない。今回のストーリーは良かったんだけど、新しさや『あさひが丘~』らしさには欠けてるかも知れません。ハンソクの台詞にしても「グレるならもっと真面目にグレろ!」だけ除けばw、同じことを『ゆうひが丘~』のソーリや『3年B組~』の金八先生が言っても違和感なかったかも?
この辺りからハンソク先生が徐々にマトモな教師像に近づいていき、当初感じたストレスが軽減されて観易くはなるんだけど、そのぶん彼の影が薄くなってしまい、タイトルにある『大統領』って文字が空しく感じるようになるのも事実。それじゃ意味が無いような気もします。
『あさひが丘~』にせよ『ジャングル』にせよ、あまりウケなかったのは前作の二番煎じだからじゃなくて、むしろ新しいことにチャレンジしたからなんですよね。失敗作かも知れないけど、断じて駄作じゃないし凡作でもない。これだけは声を大にして言いたいです。
森下マリを演じた上田美恵さんは当時若冠15歳。この『あさひが丘の大統領』がデビュー作で、翌'80年には1,900人近い応募者の中から連ドラ版『生徒諸君!』のヒロイン役に抜擢され、堂々の主演を張っておられます。
刑事ドラマは『特捜最前線』の#460と#461にゲスト出演、'80年代半ばまで女優一筋で活躍されましたが、結婚を機に引退されてます。余談ですが『あさひが丘~』女子テニス部4人娘の中だと、タヌキ顔の上田さんが一番好みのタイプです。
ハンソク先生、実験的なドラマと言うか…当時はいろいろおおらかだったのでしょうね。でもスタッフの言いたいことはわかる気がします。
脚本によってキャラが変わるのは洋画の続編物の監督交代のようですw。次の回の脚本家はさぞ困ったのではないでしょうか。
「ジャングル」、主題歌だけ(サビ以降)思い出しました。やはりバアちゃんが観ていたと思います。
今、つまんないドラマはいっぱいあるけど「失敗作」はほとんど無い。実験も冒険も一切しないから失敗しようが無いワケです。創り手たちにとって本当に窮屈な時代になってしまいました。
昔の名車はそれをプロダクトしたデザイナーや技術者の名前がセットだったりしましたが、昨今はそう言うのはないでしょう。奇人変人(?)に思い通りにやらせて「責任は俺が持つ」みたいな器量のある人はいない。周りの顔色うかがって文句が出ないようにやっているから、つまらない物しか出来ません。
そうかと言えばエヴァンゲ○オンみたいな変なオートバイや、銀歯をムキ出しにした顔つきのミニバンのデザイナーは…名前なんて残したくないでしょう(笑)「あれはオレがデザインしたクルマだ」なんて後輩に胸を張って言えないと思いますw。
テレビは何でもアリなところが面白かったのですが、自分たちで首を締めてメディア首位の座を明け渡した感があります。ユーチューブなどの方が人気があるのではないでしょうか。
人の顔すら個性が無くなってる気がするし、そのうち心まで1つに統一されちゃうのかも? 恐ろしい話です。
文章をいつも読んでて、さすがの分析だなと感心していました。そして分析通り、この#10はまさしくターニングポイントとなる回でしたね。
今までは無鉄砲で軽率なハンソクが目立ち、結果論として良い方向になる、という感じでした。視聴者にとっては、ゆうひが丘のソーリ(中村雅俊)の憎めないお茶目さと比較して、ハンソクは何も考えていないような幼稚さばかりが目立っていましたね。
それに対して、相手を少し思いやるような優しさが、#10以降次第に表現されてくる感じでしょうか。
この回で言えば、ゆうひが丘では優等生役だった長谷川諭が主役となり、親を失望させるためとは言えども、まさかの駆け落ちとは恐れ入りました。 ハンソクに殴られた山のロケ地が、高尾山奥の中沢山だったのを、DVDを見て確認しました。(DVDでロケ地の手掛かりを探しながらも見ています)
長文失礼しました。
分析ってほどのもんじゃないけれど、創り手がどう考えてこういう展開にしたのか?とか想像するのが好きなんですよね。
その点、あさひが丘は紆余曲折があって想像し甲斐があります。大成功した番組より、うまくいかなかった番組の方が今観ると面白いです。あさひが丘は決して失敗作じゃないけど、ジャングルと同じで時代を読み違えた感じがしますよね。