生涯いちエンジニアを目指して、ついに半老人になってしまいました。

その場考学研究所:ボーイング777のエンジンの国際開発のチーフエンジニアの眼をとおして技術のあり方の疑問を解きます

その場考学のすすめ(07)講義と教育

2017年02月22日 08時59分55秒 | その場考学のすすめ
その場考学のすすめ(07)

・大学での講義

 1990年から2016年までに、いくつかの大学と大学院でほぼ毎年講義をした。中味はジェットエンジンの工学的・技術的な話と国際共同開発での実体験からのノウハウ的なものが主であったが、その中で必ず、その場考学的な話を加えることにした。つまり、知識の詰め込みや伝授ではなく、素早く考えて結論を得ることの中味とその術の説明だ。

 考えることの中味は、個人の年代や技術レベルによって異なる。Whatを考えるか、Howか、Whyであるかでも異なる。部分適合か全体最適かで、ときには正反対の答えになる。最適化についても、ロバスト性をどこまで考慮するかによって,解は大きく異なる。それらを考える時間を、どのようにして十分に確保するかの術もある。そのような内容の授業にした覚えがある。




・社内での教育

 社内教育も随分行った。内容は、大学での講義と大差がないものもあるが、焦点は絞られる。設計、管理(TQM)、品質、コスト、原価企画、VA&VE、信頼性、研究課題、プロジェクト・マネージメント、リーダーシップ、人材育成、ノウハウの伝承など様々だった。(註1)しかし常に考えることは、経験をいかに形式知化して後輩たちに伝えるかということだ。このことが無いと、進歩は望めない。特に標準化については、その場考学が大いに役立ったのだが、中味は別途第5考の中で述べることにする。要は、その時・その場で標準化も同時に行う術である。

 社内での標準化、形式知化に関して、必ず話したことは、「今は忙しいから、少し暇になってからやろう」ということは、二つの点で間違えだということだった。

 一つは、技術者、特に設計技術者である限り、今よりも忙しくなることはあっても、暇になることは絶対にあり得ないということ。二つ目は、暇な時に作った資料は、忙しいときには役に立たないということ。忙しいときには、暇な時に作った資料を読む暇があるわけがない。つまり、その時・その場でつくってしまうということだ。
 
 つまり、そこでの具体策は、設計書なりノウハウを纏めたレポート作成時に、同時に標準化の資料も作ることだった。ただし、分厚い報告書をA4一枚に纏めること。フォーマットを予め作っておけば、必要事項を埋めるだけでよい。早い人ならば5分でできる。このことは、「その場考学」の基本的な考え方でもあるのだ。

 ちなみに、このA4一枚の設計標準は、番号体系をあらかじめ決めて、作成枚数は1千枚までとした。多すぎれば後始末に困るし、少なすぎれば自然消滅する。全体量はそこから決めた。

 
・先ずは時間を作る方法を開発すること


 時間を作る方法は、無限にある。人それぞれに異なる条件があるのだが、もっとも単純な考え方は、他人のまねをせずに、自分自身の独特なやり方を開発することだと思う。多くの人がやっていることは、一見合理的に見えるものだが、明らかに無駄が多い。少し理屈っぽくなるが、多くの人がやっているやり方は、結局そのやり方が楽だということなのだろう。楽と言うことは、即ち無駄があるということなのだ。

 技術者にとって、大きく時間を稼ぐことは難しいのだが、小さく稼ぐことは比較的容易である。それは、技術者は仕事のやり方を自分自身で決められる裁量の範囲が、他の業種よりも多いためだと思う。そのことを利用しない手はない。小さなことでも、一週間の間に二度以上繰り返されることについては、独自の方法を考えるべきであろう。そうすれば、小さな時間が自分のものになり、その時間を使って、さらなる手法を開発することができるのだ。


GEやRolls Royceとの長期共同開発の経験を通して得られた教訓 (その9)

【Lesson9】商品としての差はMaintainabilityでつく[1979]
 
 大型の機体の場合には,複種類のエンジンを搭載できるようにすることが,当時の一つの常識であった。V2500のライバルは,先行するGEチームのCFM56エンジンであった。当初の戦略は,「燃料消費率と騒音レベルで絶対に優位に立つ」であり,その条件を満たす設計は可能であった。しかし,毎月行われる世界中のエアラインとの商談は,数回のエンジン試験で性能が実証されるまでは連敗が続いた。開発試験も後半になると,少しずつ受注が取れるようになったが,そうなると競合エンジンは性能の改善を発表した。

 ジェットエンジンの世界では,このような言葉がある。「この業界のcompetitivenessというのは,結局はシーソーゲームで何時の時点で見るかにより変わる。明らかに差が出れば売れなくなるので必然的に同じレベルに近づいてゆく傾向にある。」

 実際の売価や支払い条件でも接戦が続くと,最後には整備性の比較が精密に行われる。エンジンの整備費は膨大で,ライフタイムを通して支払われる総費用は,価格の数倍になるので,エアラインがエンジンを選択する際の大きな要因と考えられている。

 整備性は,初期の設計思想で固められるのだが,後からの変更は他の特性と異なり,容易に改善をすることができない。機上で部品交換が可能な範囲,主要モジュールの取り出し方法と部品交換サイクルの同期,高温部品の寿命,分解組み立てに必要な特殊治工具など,後からの変更は難しい。FJRの場合には,一切問題とならなかった観点であり,このための主要なノウハウは長期間の自身の経験と,世界中のエアラインからの様々な意見からのみ得られるものである。

【この教訓の背景】


 多くの製品において、なぜメインテイナビリティーがこうも軽視されるようになってしまったのであろうか。高度成長時代以前は、修理や修繕が盛んにおこなわれた。しかし、その時代以後は、大量生産、大量消費にばかり眼が行ってしまった。おまけに、「省エネ」と「技術立国」の掛け声で、多くの会社や研究機関が次々と新製品を生み出さざるを得ない体質になってしまった。部品を海外調達にしたので、長期間の同一品の入手ができなくなったからだ、との説もあるが、本質論ではないと思う。
 
 新しく作ることと、直して使い続けることの「省エネ」比較は、比べ物にならない。しかし、「省エネ」の掛け声のもとに、次から次へと省エネ新製品をつくり出し、それを無理やり消費者に押し付けるのだから、宣伝も過剰すぎるほどに行わなければならない。全体的に見れば、「省エネ」とはまったくの逆の話なのだが、部分適合の社会では、常識としてまかり通ることになる。

 これだけならば、経済の活性化と裏腹の話になるので、まだ許せる。資本主義経済の下では、やむを得ないということなのだ。しかし、こと安全、しかも生命や財産の危険が絡むことになると、話は違ってくる。この問題の多くは、エネルギー機器とインフラに起こりやすい。エネルギー機器は正しくメインテナンスをしなければ、エネルギーが制御不能になる。例えば、湯沸かし器の一酸化炭素発生、漏電による火災、自動車のブレーキ故障やフェールセイフ機能などがそれに相当する。インフラは、寿命を超えた橋やトンネル。水道管にガス管などなど。
 
 これらは、製造と同時にメインテナンスの方法と、その限界である寿命の判断基準が明示されなければならないのだが、それはごく一部の法令で定められた場合に限っているように思える。一般的には、作って、売ればおしまい。製品の保証期間はどんどん短くなって、今は1年間が常識になってしまった。技術や文明が進化したのならば、保証期間は長くならなければおかしい。しかし、正常なメインテナンスが行わなければ、保証期間は短くなって当然なのだろう。
 
 省エネとか、廃棄物の削減とか、地球負荷の軽減などの標語が叫ばれるのだが、すべて部分適合の範疇であり、全体をカバーする原則のようなものがない。つまり、戦略がない。

註1;
社内教育の資料は、KTA(Technical Advice)として発番、その後はKTR(Technical Review)として発番した。総数は1350件を超えていた。


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