芸濃町椋本地区は、津市役所の北西約13km、津市芸濃総合支所の北勢約1kmの所です
津市芸濃(げいのう)総合支所西側の道路を南西へ、直ぐ約150mの交差点を右(北西)へ
約800mの一時停止を右(北)へ、約100mで「⇐国の文化財 霊樹大椋」の案内板(文字が薄くなっています)を鋭角に左(西南西)へ

間も無く右手の斜面に目的のムクノキです、支柱の下を潜ります
すぐ先に見学者用の
駐車場が有ります



南東側から



近付いて見上げました



南側から見上げました

「天然記念物椋本大椋」の標柱です

説明版です
椋本の大椋
高さ18m余、周囲8mのムクの巨木。樹齢は、1500年以上と言われています。
「嵯峨天皇(809(即位)~842(崩御))の頃、征夷大将軍坂上田村麻呂の家来、野添大膳父子が伊勢路を流浪し、この地に逃れた時、巨大なムクの木を見つけ、その下に草庵をつくって住んだ。」これが、椋本の発祥だと言い伝えられています。
明治3年9月18日の夜、暴風雨によって巨枝が折れてしまった。その時の神官、駒田巽氏がその枝をそのままにしておくのはしのびないと考え、獅子頭を彫刻し、明治7年、椋本神社に奉納しました。
昭和9年1月22日には、国の天然記念物に指定されています。
ムクノキ
二レ科の落葉高木。本州の関東以西、四国、九州の山地に生える。
高さ、20mに達する。葉は、だ円形または卵型で4~8cm。
春、小さな黄緑色の花が咲く。果実は卵型で大豆大。黒く熟し甘味があり生食される。
葉は、表面がザラザラしているので、物を磨くのに使われている。

「新日本名木百選 国指定天然記念物 椋本の大椋」認定証の石碑が有ります
平成2年6月2日 読売新聞社 国際花と緑の博覧会協会



南側へ離れて見ました



南西側から


西側から
では、次へ「光月寺のクロガネモチ」ですが・・・
2025・1・25・12・20
津市芸濃(げいのう)総合支所西側の道路を南西へ、直ぐ約150mの交差点を右(北西)へ
約800mの一時停止を右(北)へ、約100mで「⇐国の文化財 霊樹大椋」の案内板(文字が薄くなっています)を鋭角に左(西南西)へ

間も無く右手の斜面に目的のムクノキです、支柱の下を潜ります

すぐ先に見学者用の




南東側から




近付いて見上げました




南側から見上げました


「天然記念物椋本大椋」の標柱です


説明版です
椋本の大椋
高さ18m余、周囲8mのムクの巨木。樹齢は、1500年以上と言われています。
「嵯峨天皇(809(即位)~842(崩御))の頃、征夷大将軍坂上田村麻呂の家来、野添大膳父子が伊勢路を流浪し、この地に逃れた時、巨大なムクの木を見つけ、その下に草庵をつくって住んだ。」これが、椋本の発祥だと言い伝えられています。
明治3年9月18日の夜、暴風雨によって巨枝が折れてしまった。その時の神官、駒田巽氏がその枝をそのままにしておくのはしのびないと考え、獅子頭を彫刻し、明治7年、椋本神社に奉納しました。
昭和9年1月22日には、国の天然記念物に指定されています。
ムクノキ
二レ科の落葉高木。本州の関東以西、四国、九州の山地に生える。
高さ、20mに達する。葉は、だ円形または卵型で4~8cm。
春、小さな黄緑色の花が咲く。果実は卵型で大豆大。黒く熟し甘味があり生食される。
葉は、表面がザラザラしているので、物を磨くのに使われている。

「新日本名木百選 国指定天然記念物 椋本の大椋」認定証の石碑が有ります
平成2年6月2日 読売新聞社 国際花と緑の博覧会協会



南側へ離れて見ました




南西側から



西側から

では、次へ「光月寺のクロガネモチ」ですが・・・

2025・1・25・12・20