生路森腰地区は、東浦舞役場の南約3kmのところ
東浦町役場の東側の「東浦役場前」信号を東へ進みます、県道24号線です
次の「東浦役場東」信号を右(南)へ、国道366号線です
道成に約2.5kmの横断歩道の先を右(西)へ、細い住宅街の道です

約100mの丁字路を右(北)へ、間も無く「伊久智神社」の一ノ鳥居です

鳥居を潜り坂道を登って行くと

境内入口とニノ鳥居です
境内西側に
車を止める事が出来ました

「村社 伊久智神社」社號標です

参道を進みます

説明版です
伊久智(いくち)神社
昔は八剣大明神と呼ばれた。創建年代は不明。
享徳3年(1454)長坂近江守等が社殿を修造した記録がある。
祭神は塩土老翁(しおつちのおじ)と木花開耶姫命と伝えられる。
塩土老翁が海水から塩を作る事を教えた海岸を神塩浜と称し、これが延喜式にある尾張国の名産「生道塩」の起こりであると伝えられる。
社叢の「大楠の森」は町指定天然記念物であり、又この神社の氏子が奏する神楽も町指定無形民俗文化財となっている。
昭和59年9月 東浦町教育委員会

手水舎です

こちらは神楽殿の様です

三ノ鳥居です

拝殿です

本殿の屋根が見えました

説明版です
日本唯一 潮霊を祀る
伊久智神社の建速
◇主祭神 塩椎神(塩土翁神) 木花之開耶姫命
◇相殿神 道祖神 天照大神 建速須佐之男命 大山祇神 応神天皇 菅原道真 以上8神生道大神と申す
伊久智神社の創祀は、古事記・日本書記の海幸山幸に登場する塩椎神(しおつち・塩土翁神)「潮霊(しおだま)」の御鎮座に始まります。境内全体が、古代祭祀の場であります。
古くは「生きる道の神」・「生命の満ち引きの神」生道八剣大明神(いくぢやつるぎだいみょうじん)・本盬竈(もとのしおがま)さんと称され、熱田神宮の神領で、古来より人々に篤く崇敬されてきました。
「潮霊」とは潮流を司る霊「潮つ霊(しほつち)」「潮つ路」「潮盈瓊(しおみつたま)」「潮涸瓊(しおひるたま)」であり御祭神の塩椎神(塩土翁神)がこの地に製塩法を教えて下さり、素晴らしい「生道塩(いくぢしお)が出来たので都(京都)に調(税)ではなく、東寺(京都)に御供物として奉納していたことが平安時代の「延喜式」巻24・巻33に記載されています。
又「延喜式」巻9・10両巻の「神名帳」に記載されて知多半島の式内社は3社で、羽豆神社〈師崎〉阿久比神社〈阿久比〉入見神社〈内海〉伊久智神社は式外社で町内では唯一の神社です。
例祭の日にちは、今では9月の第3日曜日となっております。明治以前は8月17日(旧暦)以後は、9月17日です。この日は伊勢神宮の新嘗祭の日(旧暦)でもあります。
古来より新嘗祭は夜のお祭りで満月の光の中で斎行されています、このことから考えますと伊久智神社の御祭神が、潮の満ち引きにつながる神様と解ります。祭礼当日に於いても以前は、祭りの終盤で境内にて両組別れの前に若衆が沢山の塩を撒きながら太鼓の打ち合いをしておりました。その塩を浴びると無病息災につながると多くの人が塩をかけてもらいに集りました。
人の生死は潮の満ち引きに深く関係があるとされ、「この世に生を受けてから亡くなるまでを護って頂ける神様」として古くより信仰があります。
安産祈願では、江戸時代には、行列を成して尾張はもとより、三河からも多くご参詣頂けたことが「安産御祈祷覚帳」に記載されております。
生命のみちひきの神・安産の守護・延命長寿・厄祓いの神、産業開発、交通安全の神様として信仰されています。
神社も以前は「生道神社」生路地区の「生路」は、御祭神から発生・誕生した地名です、また三白発祥の地、塩・白砂糖・木綿ともいわれております。
明治4年に明治政府より「伊久智神社」と改称する。
明治42年「合祀令」により秋葉神社・金毘羅社に八柱を合祀。
○ 本殿の右末社に天照大神・本殿の左末社に道祖神・建速須佐之男命・大山祇神・応神天皇・菅原道真・事代主神・大国主命他をお祀りしております。
○ 伊久智神社の社叢が大楠の森(東浦町天然記念物指定)
○ 伊久智神社神楽(東浦町指定民俗芸能)
○ 境内末社・摂社 神武天皇遥拝所・熱田社・楠之御前社・素婆倶羅社

相殿です

社殿の北西側には「大楠の森」です、境内端のクスノキです

説明版です
大楠の森 町指定文化財
伊久智神社境内北の樹林を大楠の森と呼んでいる。
奥隅にある目通り4.78m、推定樹齢450年の巨木をはじめ、樹齢数百年を数える楠の大木が鬱蒼たる森をなしている。神社境内一帯に広がる樹林には楠や榎など、およそ30本もの町指定保存樹がある。樹木の洞には野鳥が営巣するなど貴重な住宅地の森となっている。
この大楠にちなみ、昭和52年町の木を「クスノキ」とした。
平成19年3月 東浦町教育委員会

更に奥へ行くと、説明版に有ったクスノキの大木です



南西側から

保存樹標識ですが、NOなどの表示が消えてしまっています



南側から



南東側から



境内端にも二本の大木です



神社西側の道路に出て見ました、社號標が建っています



境内側から見えていた境内角のクスノキの大木です
では、そろそろ夕暮れが近付いています、今日の宿へ向かいましょう

2025・1・23・15・55
東浦町役場の東側の「東浦役場前」信号を東へ進みます、県道24号線です
次の「東浦役場東」信号を右(南)へ、国道366号線です
道成に約2.5kmの横断歩道の先を右(西)へ、細い住宅街の道です

約100mの丁字路を右(北)へ、間も無く「伊久智神社」の一ノ鳥居です


鳥居を潜り坂道を登って行くと


境内入口とニノ鳥居です

境内西側に


「村社 伊久智神社」社號標です


参道を進みます


説明版です
伊久智(いくち)神社
昔は八剣大明神と呼ばれた。創建年代は不明。
享徳3年(1454)長坂近江守等が社殿を修造した記録がある。
祭神は塩土老翁(しおつちのおじ)と木花開耶姫命と伝えられる。
塩土老翁が海水から塩を作る事を教えた海岸を神塩浜と称し、これが延喜式にある尾張国の名産「生道塩」の起こりであると伝えられる。
社叢の「大楠の森」は町指定天然記念物であり、又この神社の氏子が奏する神楽も町指定無形民俗文化財となっている。
昭和59年9月 東浦町教育委員会

手水舎です


こちらは神楽殿の様です


三ノ鳥居です


拝殿です


本殿の屋根が見えました


説明版です
日本唯一 潮霊を祀る
伊久智神社の建速
◇主祭神 塩椎神(塩土翁神) 木花之開耶姫命
◇相殿神 道祖神 天照大神 建速須佐之男命 大山祇神 応神天皇 菅原道真 以上8神生道大神と申す
伊久智神社の創祀は、古事記・日本書記の海幸山幸に登場する塩椎神(しおつち・塩土翁神)「潮霊(しおだま)」の御鎮座に始まります。境内全体が、古代祭祀の場であります。
古くは「生きる道の神」・「生命の満ち引きの神」生道八剣大明神(いくぢやつるぎだいみょうじん)・本盬竈(もとのしおがま)さんと称され、熱田神宮の神領で、古来より人々に篤く崇敬されてきました。
「潮霊」とは潮流を司る霊「潮つ霊(しほつち)」「潮つ路」「潮盈瓊(しおみつたま)」「潮涸瓊(しおひるたま)」であり御祭神の塩椎神(塩土翁神)がこの地に製塩法を教えて下さり、素晴らしい「生道塩(いくぢしお)が出来たので都(京都)に調(税)ではなく、東寺(京都)に御供物として奉納していたことが平安時代の「延喜式」巻24・巻33に記載されています。
又「延喜式」巻9・10両巻の「神名帳」に記載されて知多半島の式内社は3社で、羽豆神社〈師崎〉阿久比神社〈阿久比〉入見神社〈内海〉伊久智神社は式外社で町内では唯一の神社です。
例祭の日にちは、今では9月の第3日曜日となっております。明治以前は8月17日(旧暦)以後は、9月17日です。この日は伊勢神宮の新嘗祭の日(旧暦)でもあります。
古来より新嘗祭は夜のお祭りで満月の光の中で斎行されています、このことから考えますと伊久智神社の御祭神が、潮の満ち引きにつながる神様と解ります。祭礼当日に於いても以前は、祭りの終盤で境内にて両組別れの前に若衆が沢山の塩を撒きながら太鼓の打ち合いをしておりました。その塩を浴びると無病息災につながると多くの人が塩をかけてもらいに集りました。
人の生死は潮の満ち引きに深く関係があるとされ、「この世に生を受けてから亡くなるまでを護って頂ける神様」として古くより信仰があります。
安産祈願では、江戸時代には、行列を成して尾張はもとより、三河からも多くご参詣頂けたことが「安産御祈祷覚帳」に記載されております。
生命のみちひきの神・安産の守護・延命長寿・厄祓いの神、産業開発、交通安全の神様として信仰されています。
神社も以前は「生道神社」生路地区の「生路」は、御祭神から発生・誕生した地名です、また三白発祥の地、塩・白砂糖・木綿ともいわれております。
明治4年に明治政府より「伊久智神社」と改称する。
明治42年「合祀令」により秋葉神社・金毘羅社に八柱を合祀。
○ 本殿の右末社に天照大神・本殿の左末社に道祖神・建速須佐之男命・大山祇神・応神天皇・菅原道真・事代主神・大国主命他をお祀りしております。
○ 伊久智神社の社叢が大楠の森(東浦町天然記念物指定)
○ 伊久智神社神楽(東浦町指定民俗芸能)
○ 境内末社・摂社 神武天皇遥拝所・熱田社・楠之御前社・素婆倶羅社

相殿です


社殿の北西側には「大楠の森」です、境内端のクスノキです


説明版です
大楠の森 町指定文化財
伊久智神社境内北の樹林を大楠の森と呼んでいる。
奥隅にある目通り4.78m、推定樹齢450年の巨木をはじめ、樹齢数百年を数える楠の大木が鬱蒼たる森をなしている。神社境内一帯に広がる樹林には楠や榎など、およそ30本もの町指定保存樹がある。樹木の洞には野鳥が営巣するなど貴重な住宅地の森となっている。
この大楠にちなみ、昭和52年町の木を「クスノキ」とした。
平成19年3月 東浦町教育委員会

更に奥へ行くと、説明版に有ったクスノキの大木です




南西側から


保存樹標識ですが、NOなどの表示が消えてしまっています




南側から




南東側から




境内端にも二本の大木です




神社西側の道路に出て見ました、社號標が建っています




境内側から見えていた境内角のクスノキの大木です

では、そろそろ夕暮れが近付いています、今日の宿へ向かいましょう


2025・1・23・15・55