どこまでも玉ねぎ勝手さかなでてこみあげさせてしまうずるいね こはく ひたひたとやるせなくなる玉ねぎの芽ぐむ匂いは若さのにおい 五十嵐きよみ 玉ねぎは球根 つつむ手のなかのかたいひかりがわずかに外へ おとくにすぎな 玉ねぎのスライスみづに放たれてもののかたちのひかりとなれり 村本希理子 玉ねぎのように嫉妬よ煮崩れよ今日はポトフの味が決まらぬ 瑞紀 玉ねぎをとうろりとろりと炒めたら透きとおってくる思ひ出がある 橋都まこと 玉ねぎを切る→泣くという図式。題詠のハマりどころだな。と思いました。 気になった作品もあったのですが・・・。 こはくさん。「玉ねぎ勝手」にひっかかってしまいました。 「どこまでも玉ねぎ」「勝手(に)さかなでて~」という切れかたなんでしょうか? 個人的には「玉ねぎ勝手」でひとつの単語として呼びたくなる。 さかなでてこみあげさせて、ずるいねとこれば、「玉ねぎ勝手」でゴメン。と言いたくもなる。 五十嵐きよみさんの作品は、テーマにされているオペラと合わせても意味の深い作品で、とても立体的に構成されているなぁ。と思います。 おとくにすぎなさんと村本希理子さんは玉ねぎをひかりだという。 |