![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2a/29/6c37c50ccb38931a4201070126bb6448.jpg)
同居の義母の耳の遠い話は、以前ここに書いたことがある。
おととい、その義母が補聴器を買った。
去年あたりから「○○ちゃん(私)には、いつも迷惑をかけて
いるから、補聴器を買わなくては・・・」
と言っていた。
補聴器というのは、とても高価なものだ。
値段を聞いて、ビックリ。
でも、とてもよく聞こえるようになったらしい。
会話をしていても、聞き直されることがなくなった。
心の距離がうんと短くなったように感じる。
義母を取り巻く空気さえ、若々しくなったように思える。
とても嬉しい。すごくラクである。
話していても楽しい。食事が美味しい。
お返しに何かしてあげたいと、すごくすごく思う。
少しだけ
心が痛む。
どこか
哀しい。
耳の遠かった人をそのまんま、まるごと愛せなかった。
こうやって聴力が戻って初めて、スムーズに情が流れている。
例えば、無条件の愛なんて、私には遠いお話。
そんなことを思い知る。
それでも、今回許されたのはなぜだろう。
少しだけ泣きそうになる。
私の父も耳が遠かったので思い出しちゃいました。
berryさんは、まだまだこれからいっぱい
お姑さまにしてあげられることがあるじゃない。
だって、ご健在なのですから
今気づけたことに感謝し、大事にして差し上げてくださいね。
小さな貝殻のおかげで、気持ちが通じ合えた。
一番喜んでるのはお義母さまだと思いますよ。
だから話をふくらませて 言葉のキャッチボールを って思っても 億劫に
気丈な(?)アナタを泣かせてしまいましたか。
私も書きながら、「老い」とか「(義理の)親子」とか
いうものに対して、いろんな思いが交差して
ちょっと切なくなったとですよ~。
ばってん、こんな気持ちを通過できるコト自体が
感謝でもあるのかなぁ・・・と思いましたデス。
そうゆうお年頃になってきたのね、若かった私たちも(笑)
ちーちゃんままさん、
そうですねー。一番喜んでいるのは、義母ですわ。
小さな貝殻を最初に発明した人は、偉大です。
その人も自分や回りの経験から、発明したのかも・・・なんて想像しました。
文明の利器は、なんだかんだ言ってもやはり恩恵ですね。
今回、この一言に尽きます。
ま~さん、
ま~さんもそんな環境に囲まれているのですね~。
生活を共にしていないとはいえ、私以上に
ま~さんの登場人物には数が多いのね・・・大変だ。
また、グチりに来て下さい。
お待ちしてるよ~~(お土産も~♪)