芥川龍之介の書簡が掲載されている全集第十巻を読み終えた。正直言ってあまり面白くはない。唯一興味深かったのは、将来結婚することになった文への書簡である。これは芥川龍之介という人物がどういう人間であるかを伺うことができる内容であった。
芥川の小説も私小説ではないので、そこに芥川を取り巻く時代状況が描かれているわけでもなく、また書簡も時代状況を認識できる記述はほとんどない。
芥川は自らを「貧しい」といっているが、決してそうではない。一昨年石川啄木全集を読んだが、そこには壮絶なる貧困と病苦が記されていた。芥川は一中、一高、東大と順調に進学でき、また学生時代も千葉県や静岡県に避暑に行くことができた。
生活の糧を稼ぐために海軍機関学校の英語教員となったが、その傍ら小説を書き原稿料を稼ぐことができた。恵まれた経済生活であった。
書簡も、文や恒藤恭を除き、文学関係者や新聞社や雑誌社の文学担当などへの手紙が主であり、当然芥川が書いた書簡だけが掲載されているので、どういう経緯をもった書簡であるかは不明であり、また菊池寛と仲がよかったというが、菊池宛の書簡はない。相手方が保存しない限り残らないから仕方がないが、この点でも書簡には限界がある。
やはり芥川を理解するには、作品しかないというのが、現時点での感想である。