春あさきまま川浪と笛の音と 中田剛
写真と句は関連していませんが、春浅きときに聞く笛の根はどこか震えているように聞こえたのでしょうか?川浪のように。
先日の秋月の一枚です。小石原川ですね、左が上流ですぐ先で秋月城下を流れる野鳥川と分かれます。川土手の北側斜面には雪が残っていました・・・山際のお家の屋根にも雪が見えます。春浅き景色ですね。
川面にも季節を感じますね、まだまだ冷たそうです。
春あさきまま川浪と笛の音と 中田剛
写真と句は関連していませんが、春浅きときに聞く笛の根はどこか震えているように聞こえたのでしょうか?川浪のように。
先日の秋月の一枚です。小石原川ですね、左が上流ですぐ先で秋月城下を流れる野鳥川と分かれます。川土手の北側斜面には雪が残っていました・・・山際のお家の屋根にも雪が見えます。春浅き景色ですね。
川面にも季節を感じますね、まだまだ冷たそうです。
昨日の一枚から・・・秋月の町です。日陰にはしっかりと雪が残っておりました。月の峠のパン屋さんで、チーズと胡麻パンを求めて何処で食べようか。坂口酒屋さんの自販機でコーヒーを買って車の中で食べました。狭い通りなものですから邪魔にならないように停車して・・・ミラーに遠く映っているのが酒屋さん、見えませんね(笑)
立春から1週間過ぎますが、まだまだ寒くてそれこそ早春の気配です。
例句をみますと・・・
私の好きな一句
早春の湖眩しくて人に逢ふ 横山房子
解説は数年前にしておりますが、眩しくと逢う人。ここがポイントですね・・・逢う人も眩しい人なんだと。
彼女の一句が下関市吉田の東行庵にもあります。梅と花菖蒲が有名です。
階(きざはし)に(漢字だったかな?)尼僧と寄りぬ花菖蒲 だったと思います。
ご主人の横山白虹の句は
梅寂し(寂しは平仮名だったかな?)人を笑わせをるときも
東行庵の菖蒲池のほとりにお二人の句碑があります。
波郷だったか東行庵にも句碑がありました・・・火桶引きよす庵かな、だったかな?上五が思い出せなくて。早春と言えど板戸が鳴るような風の夜は、思わず火桶を引き寄せるのかなと・・・いずれ再訪して確かめながら歩いてみたいと思っております。
例句に戻りますと
美しき奈良の菓子より春兆す 殿村莬絲子
さて奈良のお菓子ですが何でしょう?読む人ごとに浮ぶ菓子はありましょうが、私は干菓子ですね、吉野くず粉と和三盆で作られるあれですね、菓子舗の名を失念しておりますので・・・桜の花びらと蕾の形です。口に入れるとふっと溶けていくあの甘さがなんとも言えません。薄茶を点てていただくと最高ですね。もう何年も頂いておりませんが(笑)
奈良のお菓子は他に知らないのです・・・(^-^;
明日はまた忙しい日となります。鍋の材料を買い込んでますので夕食は心配ないのです。
月曜は母の傍へと
おやすみなさーい!
朝は冷えてました。
私物を処分しました、年代物のマクレガーのブルゾンもあるのですが、これは捨てきれないな。
三冊のノートも出て来ました、日記ですね・・・えっと1995年頃ですね(笑)45才若い!
ちょうど俳句や山歩きを始めたころで元気のある内容です。読み返すこともないしと思いましたが、どうしよう?
昔々、結婚前にも書いていた日記があったのだが、結婚後に妻がこれ何?その後見当たらない。
次回は本棚を軽くしてみよう。俳句誌や何やかやですが場所を取り過ぎている。単行本は町の図書館へ、貰ってくれるならですが・・・ほとんど新品同様( ´艸`)です。ここ数年の文庫本はそのまま本屋さんに並べてもOK。つた屋さんには持って行く気が起こらないのは、ただ単にせこいのが嫌い。
明日もオフ、すること一杯あります。休まない性格か貧乏性。それとも片付け下手、これが合ってますね。ちょっと、せこいかも(笑)
気温も上がり一息です。昔なら近場の山に行ってるでしょうね・・・
45、何をしていました?何に夢中でした?子供の学費に大変でした?
そんな時代を抜けて来たのですね。
とにかく寒い夜です。気温はここ二三日変わらないのだが、今夜は一段と寒いと感じている。だれかこの寒さにとどめを刺してもらいたい!
明日はオフで私の物を処分しようと思っている。着なくなった服などといっても数は少ない。済めば母の所にと思っている。そして買い物で一日がいつものように過ぎるだろう。
ところでジャガイモさん、本日は千切りにして炒めて全体に油が回ったところで酢を回しかけ中火でしっかり火を通す。レシピどおりにしたのだが、どうもジャガイモの量が多すぎて火が通るのに時間がかかった・・・味付けは塩と砂糖を適当に・・・NHK今日の料理より。
明日はジャガイモさんはお休みにしたい。
うらやまし思ひきるとき猫の恋 越 人
歳時記の例句から、この句はまだ鑑賞していなかったのではと・・・否、たぶんしていたな。
音が「イ」で韻を踏んでますね。そう!思い切らないと何事も始まらない。
昨年4月に200年ほどお付き合いつづけたお寺さんを離檀した。このことで差し迫っていることにどう対応するかは離壇するときに腹の中では決めている。が、すこし心揺れることもある。毎朝、仏壇に手を合わせて母のことを報告して、併せてこんな自分でいいのかとも思いながら。
母は東京の浄土宗の某女学校のOGで、同窓会からの会報が届くと当時の話をしてくれた。
今夜はこの辺で おやすみなさい