フォト&クラフト工房Gorou's (写真、カメラ、万年筆、腕時計、etc.)

写真、特に沖縄の・・・ カメラ、万年筆、腕時計など蒐集、修理復活などなど・・・写真と物の世界に嵌っています。

手賀沼の地域猫と地元の棚猫

2016-01-29 00:01:49 | 日記

手賀沼畔の遊歩道の地域猫

 手賀沼公園近くの遊歩道に、地域猫の集まる場所があります。地元の人がご飯をあげているようで、みなツヤツヤした毛並みをしていて、まるまると太ってます。
 私は写真家の岩合光昭さんを大変尊敬しています。それに倣って猫の写真も撮っています。


 アメショーミックスのブチです。
 落ち着いていて、近寄っても逃げません、というか人を無視いている感じで堂々としています。古い猫の系統を継ぐアメショーの血ですかねえ。
 太っていて毛並みもきれいで、薄汚れたりしていません。飼い猫ではないようなのですが、地元の人が世話をしているんだと思います。

 

 

 

 サバクロのブチです。
 地元の人があげた、ご飯を食べていました。食べ終わると寄ってきて、甘えてきます。私は猫に好かれるタイプのようです。
 餌を与えるわけでなし、た
だ寄って来たらなぜてあげるくらいしかできないのですが。

 

  サバクロの3連発。この仕草は、猫好きにたまりません。とてもリラックスしています。
 猫がこのような仕草をしているのを見ていると、とても癒されます。それが猫の魅力ですね。


 

 沼の堰堤で、香箱座りのねの字にたたずんでいました。私を見て一声「ニャー」と鳴きました。
 猫が人を見て鳴くときは、基本的に甘えているのだそうです。この猫は「何か用ですか?おじさん。」という感じです。

 

 

 

 地元の棚猫

  地元の道沿いに、猫が集まる棚があります。と言うか、猫のための棚があります。ここに集まる猫達も地域猫のようです。棚には、5~6匹並んでいることがあります。この家の人が餌をあげているようです。

 

 ちょっと目つきの良くないサバクロのブチです。ご飯が良いせいか、とても太ってます。



 ユニークな顔つきのクロブチです。これも太ってます。
 


 寒がりの猫は、棚に置かれているこのビニールをかぶせた箱の中に入っています。この三毛は寒がりのようです。
 箱は一つしかないので、夜は中で何匹も折り重なって、寝るのかもしれません。




 

 岩合さんは私の尊敬する素晴らしい写真家で、特に動物写真は凄いの一語に尽きます。
 動物はじっとしていてくれませんし、どのように行動するのか読めません。岩合さんは、一瞬のベストのシャッターチャンスを捉えて、しかも以前は確かライカのマニュアルフォーカス一眼レフで、手ぶれ補正機構も備えていないカメラを使っていました。それでジャストピントで、ブレも全くない。本当に凄い、凄過ぎます。
 カメラ雑誌の「アサヒカメラ」に連載があります。猫や犬の写真集は、有名です。皆さんも機会があったら、ぜひご覧になってください。

 写真も工房の仕事?の一つですので・・・今回はライフワークでもある猫の写真、手賀沼と地元の地域猫をご紹介しました。

 

おまけ・・・です。

---------------------------    ------------------------


 

コメント

自転車で旧水戸街道巡り

2016-01-27 00:19:55 | 日記

トレックY3で、旧水戸街道巡り

MTBトレックY3での、地元周辺(取手ー牛久)の旧水戸街道をご紹介いたします。

 旧水戸街道は江戸時代に定められた五街道の脇街道で、千住を起点に水戸までの二十九里、江戸日本橋から千住までは、五街道の一つ日光街道を辿ります。

 まずは、取手旧市街から藤代へ抜ける道です。左の写真は、旧水戸街道の取手宿、江戸方向を写しています。左下流方向ですぐに利根川に注ぐ相野谷川に架かっている橋、そのたもとにある道標です。水戸十八里と書かれています。裏側には江戸へ確か十三里と書かれていました。
 右は「旧陸前浜街道」と書かれた杭です。この道は江戸時代は水戸街道、明治になってからは陸前浜街道と呼ばれていました。現水戸街道の国道6号は、この道のかなり西側を通っています。

 

 藤代方向へ進むと、JR常磐線と交差します。踏切の名前は、「旧陸前浜街道踏切」となっています。特急”ときわ”が通過します。
 常磐線はこの先、取手、藤代間で直流と交流が切り替わります。昔は切り替わりの時、車内灯が暗くなってモーターも止まり、惰性で通過しました。今は蓄電池を積んでいるためか、そのようなことはありません。
 ちなみに何故直流から交流に切り替わるのか。それは茨城県 石岡市柿岡に地磁気観測所があって、1900年以前から、地球磁場の観測を続けています。鉄道の直流電流は、その観測値に影響を与えるため、石岡周辺の電気鉄道はすべて交流となっています。東京の秋葉原からつくばの学園まで運行されている”つくばエクスプレス”も秋葉原から守谷までは直流ですが、守谷からつくばまでは交流で運用されています。

 常磐線の踏切を超えて、その後国道6号と交差し旧藤代宿に至ります。

  旧藤代宿の角にある、木造の旧家です。今は呉服屋さんを営んでいます。
 立派な家なので、当時は名主や村役などの家柄だったのかもしれません。

 


 

 


 藤代宿に入って道はL字に曲がり、その辻の角に相馬神社があります。鎌倉時代以前からこの地を支配していた、相馬氏の神社です。
 相馬氏は桓武平氏千葉氏の庶流で、千葉県我孫子市、茨城県取手市、守谷市一帯を支配していました。
 ちなみに福島県の相馬市は、ここから移って行った相馬氏が住み着いた地域で、その名が地名になりました。

 

 藤代旧市街の通りです。わずかに木造の古い家や、商店などが残っています。左の写真は、前の写真の旧家の表です。呉服屋さんです。よく、おばあさんが着ている昔からあるデザインの衣服が売られています。でも、お客さんの姿は、まったく見えません。


 

 古い郵便ポストや防火水槽なども残っていて、昭和レトロの雰囲気です。しかし人通りはなく、閑散としています。
 このポストに手紙を出しても、本当に配達してくれるのだろうか・・・

 

 

  先へ進むとJR藤代駅前を通って、小貝川に突き当たります。右が小貝川の土手、左が国道6号に出ます。
 Y字路を右へ進むと突き当りが小貝川で、そこで道は途切れてしまいます。江戸時代には、ここに文巻橋という名の木橋が架かっていました。
 今は、この場所から少し上流側に、国道6号の現「文巻橋」が架かっています。

 

 小貝川に架かる、国道6号の文巻橋です。江戸時代の橋の名前がつけられています。
 車道と歩道が分かれています。上流側に細い歩道橋が架けられています。

 雰囲気のある名前の橋です。

 

 



 小貝川対岸に渡って先に続く旧水戸街道です。川の土手の上から撮りました。道は川で唐突に途切れていますが、対岸に渡ると水戸方向に続いています。
 旧水戸街道を知らなければ、なぜこの道が川の土手に真っすぐ突き当たっているのか不思議に思われるでしょう。


 

 

  先へ進むと、再び常磐線の踏切に出ます。車が写っていますが、ほとんど交通量はありません。
 古くからある道、街道だったので、この区間の常磐線敷設時には既に国道は整備済みだったのですが、踏切を作って道の分断を避けたのでしょう。

 

 

 
  ここは、関東鉄道竜ケ崎線の踏切です。竜ケ崎線は、常磐線の佐貫駅から入地駅を通って竜ケ崎駅まで3駅しかありません。
 超ローカル線ですが、朝夕は通勤通学の利用客で混み合うようです。

  東側の起点駅、竜ケ崎は古い街で水戸街道から潮来、鹿嶋方面に向かう潮来街道の最初の街で、屋号がついている商店が並んでいます。しかし人通りは少なく、賑わいはありません。


 

 

 先へ進むとT字路に出ます。右は竜ケ崎市立馴柴小学校で、その角に道標があります。
 T字路でぶつかったこの道は江戸初期の水戸街道で、右方向は利根川左岸の利根町布川、右岸の我孫子市布佐を経て江戸、東京に至ります。左が水戸方向です。
 説明書きに「昔ここで道に迷う旅人が多くいたので、村の年寄が集まって道標を立てた。」とありました。
 江戸初期、三代家光の頃までは、水戸街道は取手宿を通らず我孫子から利根川沿いを東に曲がって布佐に出て、そこから対岸の布川に渡り、そしてこのT字路に出てきます。当時、取手から藤代に至る道は、特に藤代付近は土地が低く、雨が降るとすぐに冠水しで安定した運用ができなかったためです。

 


 
 先に進んで、若柴の大きな旧家です。若柴は佐貫と牛久の間にある集落ですが、昔は宿場だったそうです。今は、商店などは全くなくて人気のない農家などが並んでいるだけです。国道6号からは常磐線を挟んで東に離れていて、車の通行もほとんどありません。
 旧街道は、現状では地域道路として利用されていることが多く、自動車が少なくて自転車で走るには、安全で快適です。沿道には古くからある家屋や石碑など、いろいろなものが発見できて楽しいです。自動車ではなく、自転車で通ると見えてくるものがあります。

 先へ水戸方向に進むと、L字の曲がり角に金竜寺があります。何か寂れた、でも敷地の大きなお寺だなあ・・・と思って、失礼ながら中に入ってみたら、なんと鎌倉に攻め上った有名な新田義貞の墓がありました。
 義貞は鎌倉幕府を攻め滅ぼした後、足利尊氏と対立し福井で討ち死にしています。その墓が巡り巡って、ここ茨城県の竜ケ崎金龍寺にあります。
 こんな処にあるなんて、全く知りませんでした。たまたま寄ってみて発見、驚きです。ほんと、いろいろなものに出会います。

 
 若柴町の星宮神社です。北斗七星(北極星)由来の神社で、「延長2年(924)、肥後の国八代郡八代の神社から分霊勧請して祀った」とあります。
 旧街道沿いには、特に神社が多いです。このように、人通りや車の通りが全くないみち沿いに人気のない神社があるところは、昔からある街道筋です。

 

 

 さらに民家のほとんどない林の中の道を進むと、国道6号と並行して走る常磐線の踏切に出ます。踏切を超えたところが、国道6号です。

 


 

 

 踏切を渡って左斜め方向の道が旧水戸街道です。少し先が、旧市街牛久宿です。

 

 

 

 

 旧牛久宿の街道沿いにある、明治天皇が東北地方行幸の時に宿泊された、お屋敷です。中の見学はできません。たぶん個人所有の家屋だと思います。
 幕末、維新の時に東北諸藩は徳川幕府について薩摩、長州と戦い多くの悲劇が生まれました。東北諸藩は佐幕派(幕府を助ける)ではありますが、尊王(天皇を敬う)ですので、明治天皇はそのことを憂えて、戦って倒れた人たちの鎮魂のため東北に行幸されました。

 

 街道沿いの牛久宿です。
 今の牛久市街は、常磐線牛久駅を中心に国道6号沿いが賑わっています。
 牛久には、水戸街道とは少し東に離れますが、電気ブラン、牛久ワインで有名な”牛久シャトー”があります。建物は国の重要文化財に指定されています。

 

 

 右の道が旧水戸街道で、ここで左の国道6号と一緒になります。手前の方向が牛久市街で、牛久駅を経て荒川沖、土浦、さらに水戸へ向かいます。
 今回は、ここまでとします。 

 

 

 

 以前にマウンテンバイクのトレックY3の紹介をしたので、今回はそのY3で地元周辺の旧水戸街道巡りを紹介しました。自転車での旧街道巡りが大好きで、他にもいろいろ調べてポタリングしています。また、紹介させていただきます。

 いよいよ工房の話ではなくなってきましたが、修理しかけで放り出している時計やカメラがたくさんありますので、それも機会を見てまた修理報告させていただきます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~     ~~~~~~~~~~~~~~~~

コメント

ブロニカS2ニッコール50mm、135mmで撮影したリバーサル

2016-01-25 00:28:12 | 写真

ブロニカS2にニッコール50mmと135mmを付けて写真を撮りました

 昨年末、カメラ修理の会の集まりでブロニカのニッコール135㎜F3.5を手に入れたので、持っている50mmF3.5と併せて、試し撮りをしてみました。

 



 お正月の田中酒造の角松です。露出は適正なのですが、明暗のコントラストが大きいスナップで、暗いところが潰れてしまいました。写真を撮るのに難しいショットです。
 プリンターの性能の低いスキャナーでスキャンしているので、そのことも影響しています。中盤のフィルムスキャナーがあるのですが、クローゼットの奥に埋没していて取り出せません。

 

 

 お正月の手賀沼です。左が50mm、右が135mmの写真です。露出は同じなので、レンズの個性が出ています。50mmはコントラストが強く、青空の色もよく出ています。135mmは、ソフトな写りで、色も柔らかです。一般に望遠系のレンズは、ソフトフォーカスでコントラストの低い写りをします。人物、ポートレート向きの所以で、この135mmもその系統のレンズです。

 

 

 初詣で鹿嶋神宮に行って写しました。奥宮のさらに先の鹿嶋の杜です。
 135mmの写真です。これも
スキャナーの性能が良くないせいで暗部が潰れてしまっています。
 フィルムでは、暗部もしっかり写り込んでいます。当日は曇りがちの日だったのですが、雲の切れ間から日が差し込んだわずかな時間を狙って撮りました。

 

 

  このショットも、135mmで撮りました。
 常陸利根川の船溜まりから、息栖神社の鳥居を写しました。鳥居の中を通して息栖神社が見えているのですが、アップした写真では、確認できません。
 前回もお話ししましたが、関東東国の武道の神様は、鹿嶋神宮、香取神宮、それとここ息栖神社です。一般には鹿嶋、香取神宮が有名で、どちらか一方だけのお参りは、片参りと言ってお参りしない方の神様がやきもちを焼くといわれています。しかし、ここ息栖神社も武道を志す人には崇拝されている神社です。
 私は毎年初詣で、この三社を回ります。

 

 今、若い女性には、武将、侍、刀がブームで盛り上がっているようですが、この三社、特に鹿嶋、香取の両神宮は、昔から剣道や居合道を志す人たちには聖地でもあります。

 リバーサルフィルムをプリンターについているスキャナーで撮ったので、あまり良い写真ではなくてすみません。フィルムを直接ライトビューアーで見ると、まあそれなりに写ってはいるのですが。フィルムサイズが大きいと迫力があって、ルーペで覗いていると写っているその世界に引き込まれてしまいます。やはり、フィルムは良いです。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~    ~~~~~~~~~~~~~~~~~

コメント

鹿島神宮、香取神宮、息栖神社の初詣

2016-01-23 00:00:27 | 日記

平成28年1月11日、鹿嶋神宮、香取神宮、息栖神社へ初詣に行ってきました

 少し遅くなりましたが、毎年行っている鹿嶋神宮、香取神宮、息栖神社の初詣のご報告です。

 まずは、鹿嶋神宮からお参りです。毎年のことながら1月は、初詣の客で大変混み合います。

 鹿嶋神宮の大鳥居です。門前には屋台がたくさん並んでいます。参拝客はこの鳥居をくぐってまず本殿へ、それから鬱蒼たる杉並木の参道を先へ進んで奥宮、要石、御手洗池をめぐって戻るコースが一般的です。御手洗池には茶店があって、そこで休憩して甘酒など頂いて戻ります。
 私は毎年初詣で
本殿にお参りし、古いお札を返してから新しいお札を戴いて奥宮、御手洗池と周ります。

 

 左の写真は、本殿から奥宮に向かう杉の巨木に囲まれた参道です。室町時代、鹿島新当流を開いた剣豪塚原卜伝が歩いた道だと思うと、心が引き締まります。神聖な場所であると感じさせられる、鬱蒼とした巨木の杉並木です。
 右は、奥宮の先の三叉路です。深い森が続いています。NHKのBS時代劇「塚原卜伝」のロケで使われた場所です。鹿嶋神宮の森は深くて人工物がないので、よく時代劇のロケ地として利用されます。


  鹿嶋神宮の門前の和菓子屋さん「丸三老舗」に”鹿嶋立ち”と言う銘菓があります。甘さ控えめの大変おいしい最中です。
 実は毎年この「丸三老舗」さんで鏡開きの日に、ふるまい汁粉を出してくれます。これが「おいしい!」こと、絶品です。これを頂きたいがため鏡開きの日に合わせて初詣に、お汁粉をいただくことが目的で、鹿嶋神宮に来ます。鹿嶋の"武甕槌大神(たけいかづちのかみ)"様、ごめんなさい。
 小豆の皮を取り除いた、白っぽい薄い小豆色をしたお汁粉です。小豆の何とも言えない爽やかな甘い香りがしています。これがお汁粉なのです! 小豆の皮ごと煮込んだものは、ぜんざいで、少し渋みがあり濃厚で砂糖の甘さが強調されます。それに比べると、皮が入っていないお汁粉は、さっぱりとした甘さで小豆の香りも爽やかで、大変上品な味です。
 店先で若いお嬢さんが、お接待してくれました。丸三老舗さん、ごちそうさまでした。来年も、よろしくお願いします。

 

 次に、神栖町の息栖(いきす)神社にお参りします。

  息栖神社の前にある常陸利根川の船溜まりから神社の鳥居を撮りました。この鳥居の奥に、息栖神社があります。
 鹿嶋、香取、そしてここ息栖も昔は利根川の水位が高く、互いに船で行き来していました。三社とも、川に接して一の鳥居があります。お参りは、船で一の鳥居に乗り着けて、そこから歩いて本殿に詣でたのでしょう。

 

 

 神社の門に置かれている碇です。むかし船の航行の安全を祈願して、奉納されたものです。古いものなので、錆びて朽ちてボロボロです。
 古い鉄なので、たたら製鉄で作られたものでしょう。もう20年以上来ていますが、だんだん朽ちて痩せ細ってきています。おそらく玉鋼だと思うので神社に「この碇を使って刀剣を作ってみたらいかがですか。」とお話したのですが・・・
 私は、ここ25年以上
居合を稽古しています。鹿嶋、香取、息栖は、三社とも武道を志す人たちの信仰を集めている神社です。それでと言いますか、実はこの碇の朽ちて崩れ落ちた欠けらを頂いて来て、神棚に祀ってあります。息栖神社のお札と一緒に。あくまで、落ちていた欠けらですので。
 息栖神社でも、古いお札を返して、新しいお札を戴いてきました。

 

 左の写真は、神社の前の船溜まりにある旧家です。非常に立派なお屋敷で、船溜まり、つまり港な訳ですが、その管理やこの地域の船の運航を管理していた家柄かもしれません。
 右の写真、船溜まりの目の前は常陸利根川です。常陸利根川は霞ケ浦から流れ出る川で、大きく雄大な景色です。

 

 香取神宮です。香取神宮は、国家鎮護の神として皇室から崇敬されています。
 また香取神宮は、剣聖飯篠長威斎がここで神託を得て、天真正伝香取神道流を創始しました。裏参道に墓があります。ここもいつもお参りします。
 その墓石は斜め半分に割れています。武道を志す人が、墓石の欠けらを持ち返っているとの噂があります。それで墓石がだんだん痩せてきていると。
 勿論、私はそんな不届きなことは致しません。念のため。

 

 香取神宮も毎年初詣の時期は大変賑わっていて、門前ではお餅やお団子などが売られています。
 こんなシャレたカフェもあります。和菓子屋さんの併設です。

 

 

 

 

 日本の剣術は、代々神社の神官に伝えられていて、その発祥の地が鹿嶋、香取だと言われています。銘菓の名前になっている”鹿嶋立ち”とは、鹿嶋で剣術の訓練をした防人が、遠く九州に旅立つことです。
 ちなみに神社の格は、一番上位が「神宮」で、続いて「大社」、「神社」、「産土社」の順になります。したがって鹿嶋、香取は一番格の高い社となり息栖は神社なので少し下がります。
 鹿嶋、香取はどちらか一方だけお参りすると片参りと言って、お参りしなかった方の神様がやきもちをやくと言われているので嫌われます。武道を志す人には、息栖神社を含めたこの東国三社が信仰されていて、お参りするときは三社を一緒に周ります。
 
神様は、初詣を2月の節分まで受け付けてくれますので、皆さんどうぞお参りしてきてください。

~~~~~~~~~~~~~~~    ~~~~~~~~~~~~~~~

コメント

自転車トレック、ブロンプトン&ポタリングで出会った白鳥

2016-01-21 00:24:34 | 日記

マウンテンバイクのトレックY3と折りたたみ自転車のブロンプトン

 現在、自転車は3台あります。マウンテンバイク、折りたたみ、それとママチャリです。

トレックY3 フルサスペンションのマウンテンバイクで、もう15年程乗っています。

 オリジナルのY3を、上野御徒町の自転車屋さん”クラシック”でカスタマイズしたものを買いました。
 ハンドルバーやサスペンションを替えて、サイクルメーターもつけてあります。サドルは自分で、気に入った物に付け替えました。タイヤは細いスリックを付けていて、街乗りで走りやすいようにしています。
 以前、輪行袋に入れて京都まで持って行ったことがあります。その頃は、フルサスペンションのマウンテンバイクがまだ珍しく、京都の人に「これは、どういう自転車なのか。」とか、ウォーターボトルをつけていたら「それは、電池か。これはモーター付きなのか。」とか、聞かれたものです。
 最近は地元周辺で、旧街道巡りなどをしています。


 ポタリングの途中で出会った白鳥、小貝川の三日月湖でヒナを育てていました。醜いアヒルの子が3羽いましたが、けっして醜くはありません。とてもかわいいです。近づいても、逃げません。無視・・・されました。
 近頃、ここ牛久沼周辺や手賀沼で本来渡り鳥の白鳥が春になっても北へ帰らず、居ついて繁殖しています。ハクチョウは寒い時期に、シベリアの寒さを避けて南の日本に渡ってくるので、暖かくなれば北へ帰って行くはずなのですが。なので地球温暖化が原因で、日本に居ついているわけではないようです。この場所が住みやすいのでしょう、きっと。
 
この写真は、2010年6月に撮ったものです。自転車でウロウロしていると、いろいろなものに出くわして面白いです。

ブロンプトン イギリスの元祖折りたたみ自転車

 近場のポタリングで乗り回してます。赤くて見栄えが良いので、カフェなどにお茶しにいくと「イイわぁ・・・お店の飾りに、置いといて欲しい。」などと言われて、ちょっと自慢です。

 
 これも”クラシック”で買いました。内装3段のギアが付いてます。非常にコンパクトにたためて専用の収納袋も付いていますので、電車などにも手軽に持ち込めます。たまに都内のポタリングに、持ち出しています。

 この他、地元のホームセンターで買ったママチャリがあります。籠と荷台がついているので、ちょっとした買い物のときに使っています。荷物入れの籠がないと、ショルダーバッグやリュックを背負っていかなければならないので、ママチャリはそれなりに必要です。

 旧街道筋をポタリングしていますので、そのレポートもアップしていきます。修理工房の話しとは異なりますが。


~~~~~~~~~~~~~~~~      ~~~~~~~~~~~~~~~~

コメント