*雀は愛くるしくて可愛い、なんちゃって、わりと好きなのである。ぷいぷい。
人間と共生している身近な野鳥である。野鳥であるから、野鳥としての矜持を保っているというか、庭や軒下、ベランダ等に米を撒いたりしてこちらから友好関係を求めたりしてもなかなかなついてくれない。『舌切り雀』の故事もあることであるし(はぁ?)彼らの人間に対する警戒心には並々ならぬものが窺がえる。路地を通りかかって雀たちが遊ぶ?姿を目撃しても、彼らは我々が近づく間もなく安全地帯へ素早く身を避けてしまう。
それに比べても地鳩なんかこちらが蹴飛ばすポーズを示しても何ら臆することなく平気であの「鳩歩き」を続けているから憎たらしい。(?)
*雀たちがあちこち勝手気ままに飛び交っている姿は日常珍しくもないが、どういう場合なのか、不意にどこか或る一点を目指して一目散に直進して飛ぶことがあって、それを真後ろから見ているとまるでクマンバチかアブラゼミのように(?)丸っこい紡錘状の物体が必死で羽根をブン回していることがわかって「ああ彼らも必死で生きているんだな」と妙に感慨に打たれたりする。
彼らのその飛びには決してツバメのようなスマートさも優雅さもない。泥臭いものである。人家に近いところに住むというのでネコが捕食すると言われているが私はそれを目撃したことはない。だいたいが今時のネコさんたちは生きた(生き餌の)鼠なんかよりはるかに、袋や缶詰から取り出したキャットフードの方を好むのではないかと思う。
それに彼ら雀はどちらかと言えば鈍臭いスプリンターであってマラソンランナーではない。肥満体のネコたちにも野生のハンターとしての面影はない。
*雀というと、ウィキペディアにもあるが『文化大革命』時代の中国における一種異様な集団ヒステリーを思い出してしまう。若い人たちのために蛇足ながら解説すると、雀が稲を食い散らかす害鳥だということで偉大的舵手=毛沢東の命令一下、人民大衆総出で雀のジェノサイドを行ったのである。
で、どうしたかというと期日を決めてみんなで一斉に屋根の上とか木の上とかに登って、来た雀らをことごとく手にした箒や棒で追い立てるという究極の人海戦術で「人民の敵」をパニックに陥れたわけである。雀たちにはスタミナがなく追われて地に落ちて熱死した。
雀たちの大量死の後に害虫の大発生が続いたのは言うまでもない。
これは別に笑っていられる問題でもない。私も小学生の頃「雀は害鳥」という教育を受けた記憶がある。雀は稲を食べてしまうという意味では確かに人間の生産に支障を来たす「害鳥」だが、彼らは本来雑食性なので植物の生育に有害な毛虫・イモムシの類を実によく食べてくれる「益鳥」でもあるわけであって、今はもう「益鳥」vs「害鳥」といったような、如何にも人間のご都合主義に基づいた非科学的な分類は廃止されている筈である。
*『文化大革命』についてかつて或る中国青年は「中国人はみんな恥ずかしいと思っているから思い出したくないことだ」と述懐していたが、これはまた別の問題であって、第一問題が大き過ぎるからここでは論じていられない。
それはよしとしても、今現在のこの小泉長期政権の時代を後世の我が国民が振返って「あの時代のことは日本人はみんな恥入っているから思い出すのも不愉快だ」と本音を吐露することが果して招来されるときが来るのだろうか?
人間と共生している身近な野鳥である。野鳥であるから、野鳥としての矜持を保っているというか、庭や軒下、ベランダ等に米を撒いたりしてこちらから友好関係を求めたりしてもなかなかなついてくれない。『舌切り雀』の故事もあることであるし(はぁ?)彼らの人間に対する警戒心には並々ならぬものが窺がえる。路地を通りかかって雀たちが遊ぶ?姿を目撃しても、彼らは我々が近づく間もなく安全地帯へ素早く身を避けてしまう。
それに比べても地鳩なんかこちらが蹴飛ばすポーズを示しても何ら臆することなく平気であの「鳩歩き」を続けているから憎たらしい。(?)
*雀たちがあちこち勝手気ままに飛び交っている姿は日常珍しくもないが、どういう場合なのか、不意にどこか或る一点を目指して一目散に直進して飛ぶことがあって、それを真後ろから見ているとまるでクマンバチかアブラゼミのように(?)丸っこい紡錘状の物体が必死で羽根をブン回していることがわかって「ああ彼らも必死で生きているんだな」と妙に感慨に打たれたりする。
彼らのその飛びには決してツバメのようなスマートさも優雅さもない。泥臭いものである。人家に近いところに住むというのでネコが捕食すると言われているが私はそれを目撃したことはない。だいたいが今時のネコさんたちは生きた(生き餌の)鼠なんかよりはるかに、袋や缶詰から取り出したキャットフードの方を好むのではないかと思う。
それに彼ら雀はどちらかと言えば鈍臭いスプリンターであってマラソンランナーではない。肥満体のネコたちにも野生のハンターとしての面影はない。
*雀というと、ウィキペディアにもあるが『文化大革命』時代の中国における一種異様な集団ヒステリーを思い出してしまう。若い人たちのために蛇足ながら解説すると、雀が稲を食い散らかす害鳥だということで偉大的舵手=毛沢東の命令一下、人民大衆総出で雀のジェノサイドを行ったのである。
で、どうしたかというと期日を決めてみんなで一斉に屋根の上とか木の上とかに登って、来た雀らをことごとく手にした箒や棒で追い立てるという究極の人海戦術で「人民の敵」をパニックに陥れたわけである。雀たちにはスタミナがなく追われて地に落ちて熱死した。
雀たちの大量死の後に害虫の大発生が続いたのは言うまでもない。
これは別に笑っていられる問題でもない。私も小学生の頃「雀は害鳥」という教育を受けた記憶がある。雀は稲を食べてしまうという意味では確かに人間の生産に支障を来たす「害鳥」だが、彼らは本来雑食性なので植物の生育に有害な毛虫・イモムシの類を実によく食べてくれる「益鳥」でもあるわけであって、今はもう「益鳥」vs「害鳥」といったような、如何にも人間のご都合主義に基づいた非科学的な分類は廃止されている筈である。
*『文化大革命』についてかつて或る中国青年は「中国人はみんな恥ずかしいと思っているから思い出したくないことだ」と述懐していたが、これはまた別の問題であって、第一問題が大き過ぎるからここでは論じていられない。
それはよしとしても、今現在のこの小泉長期政権の時代を後世の我が国民が振返って「あの時代のことは日本人はみんな恥入っているから思い出すのも不愉快だ」と本音を吐露することが果して招来されるときが来るのだろうか?