ひろみの「PM9」

YAZAWAなライブとYAZAWAな言葉
永ちゃん最高~!!
マジな永ちゃんに、どこまでも付いて行きます♪

「長い旅」矢沢さんだから絵になるんです。

2017年08月29日 20時38分46秒 | 矢沢なYouTube

今朝、6時頃「Jアラート」の警報音が鳴り響き 

びっくりして飛び起きました

北朝鮮からミサイル発射、頑丈な建物か地下に入るように!との事

「え?!何処かに隠れるといってもね。。」と、夫と顔を見合わせ

「これが本当だったら、多分すぐに来るはずだし

もう、しょうが無いよね。。」

って事で、そのままニュースを見守る事にしました

ここは住宅地だし、安全な場所といっても・・

地下鉄駅だと10分位はかかるし

襟裳岬を通過したのが5分後だった事を考えると

むやみに外に出ない方が良いのかな??とか・・

一応何事もなく通過してくれましたが

改めて・・

平和でなければ何も出来ない!って事と

平和な日常が本当に大切で、ありがたい事なんだな!と思いました。

 

永ちゃんのライブを楽しむ事が出来るのも、平和があってこそですね

 

 

先日亡くなられた山川啓介さん

沢山の傑作の中でも

この「長い旅」は、永ちゃんが歌えばこそって曲ですよね

特に、若い頃の永ちゃんの雰囲気と、この歌い方・・

たまらないですー

 

 2012年、別冊カドカワ「Premium」にて

山川啓介さんが、このように語られていました

 

「長い旅」は、最初に渡した歌詞の出だしの2ラインは

まるで違うものでした。

この時は矢沢さんから

”ここ、もう少し強くならないかな?”という要望があって

書き直しました。

それで

”二度と言わない 俺に お前をくれないか”

というフレーズが生まれていったんです。

 

これは最良の男女関係を決定づけた名フレーズ?

いやいや、そこまで考える余裕はないです(笑)、

いつも要求に応えようと、もがきながら書いているだけ。

矢沢さんだから絵になるんです。

 

自分で言うのも変ですが、

この歌の世界は、間違いなく演歌だと思います(笑)

ただし伝統的な演歌の情念ではない。

これは一般論ですけど、

僕は自己責任を取れるかどうかにかかってると思います。

演歌が一番酔わせてくれる部分は、

こんな女に誰がした、みたいな。

或いは、あなた何故何故、私を捨てた、みたいな。

しょうがないだろう、お前に魅力がないからだ、

なんてことは歌の中では言いません(笑)

 

一方、ポップスやロックだったら、

俺が悪いんだよなあ、とか

俺とお前の自己主張のやりとりが

うまくいかなかったんだよなあ、

という表現になってもいいはずでね。

だからあの曲は、

割と自己責任を取れる生き方と言いますか、

そこを書かなきゃいけないという意識は

どこかにありましたね。

 

ついでに言いますと

この二人はその後、絶対別れる気がしてならない(笑)

互いの自己責任において別れると思います。

 

矢沢永吉-長い旅【歌詞付】

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「この世界の片隅に」

2017年08月26日 21時02分10秒 | 映画

8月も終わりに近づいて・・

今年はの日が多く、その割に猛暑は少なく

今思えば札幌らしい過ごしやすい夏でした~

そんな夏の終わりに観た映画は・・

 

「この世界の片隅に」

時代は戦時中の広島・・

空襲や原爆の悲惨さは、もちろん描かれているのですが

全体の印象は・・

絵の大好きな少女「すずさん」の胸キュン青春物語

戦前の庶民の生活や

原爆が落ちる前の広島の街の様子が

とても丁寧に描かれています。

フッと・・

この街に永ちゃんのお父さんの自転車店も有り

幸せに暮らしていたのに

原爆が全てを奪い去ってしまったんだな・・って

 

広島の呉にお嫁に行った、すずさん・・

食べ物も少なく、朝早くから家事に追われる生活

戦争末期になると

軍港、呉は連日連夜の激しい空襲に

そんな中でも・・

日常のふとした事で家族が思わずウフフ。。と笑ったり

畑仕事の合間には、ちょっとスケッチしたりして・・

全編ほのぼのとした雰囲気が、とても優しく・・

そして切ない

 

手書きのアニメの暖かさが、この物語にピッタリです

とはいえ・・

空襲や原爆での悲劇は観ていて、とても辛く

でも・・私が感動したのは

どんな悲惨な状況でも失意の中でも

「夫婦の愛、家族の愛があれば人は強くなり、そして

助け合って生きていけるんだな!」って思わせてくれたラスト

 

悲惨な場面ばかりを描く戦争映画が多いなか

とても暖かい気持ちにさせてくれる作品です

本当に素晴らしい映画でした

 

 

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オレがまだ二十六歳のときだった・・

2017年08月20日 22時43分39秒 | 矢沢語録

今日は夏休み最後の週末

札幌は朝から晴天に恵まれていました

ニュースを見ると関東各地では激しい雷雨が

大きなヒョウも降り洪水も有り本当に大変だったようです

雷は怖いので皆様くれぐれも、お気を付け下さい

 

先日は待望の
「矢沢クラブ会員優先席」の抽選発表が有り!
地元「北海きたえーる」S席当選
ホッと一安心しましたぁ~
 
この処のツアーは、北海道スタートって事が多く
嬉しいような不安なような
永ちゃんの緊張感もビシビシ伝わってくる初日は
ドキドキ感が良かったといえば良かったのですが・・
こなれた永ちゃんのステージを観たい気持ちも強く
その点、今年は・・
10月22日山梨からスタート
「きたえーる」は11ヶ所目という事で
もうすっかり出来上がっている頃ですよね
その、こなれたステージを観るのが今からとっても楽しみ~
 
さて次はQRチケット
今回は城ホールを申し込んでみましたが・・
無事当選できるでしょうか
そんなこんなで毎年チケット争奪戦が有り
ドキドキワクワクするのこの時期が本当に楽しい
そして、永ちゃんに感謝の気持ちでいっぱいになりまーす
 
 
私の選んだ矢沢語録
 
 
       2001年 「アー・ユー・ハッピー?」より・・
 
『矢沢永吉ヒストリー』というビデヲは、キャロルを解散して
ソロになって間がないときにつくり始めた。
権利の半分は矢沢が持っている。
半分は映像ディレクターのテルさん。
 
オレはテルさんと話し合った。
オレがまだ二十六歳のときだった。
「永ちゃん、これから永ちゃんのやるライブを撮っていきたいんだよ。」
こうテルさんは言った。
「じゃあ、オレが金を半分出すよ」
オレはこう答えた。テルさんはびっくりしていた。
「オレ、やっぱり自分の版権を取っておきたいから、制作費の半分だすよ」
 
普通、版権はプロダクションが持つか、レコード会社が持つか、
ディレクターのテルさんの会社が持つかだ。
オレは出演料をもらうだけ。
オレはそれがイヤだった。
テルさんに「制作費はどれくらいかかる。」って聞いて、
その額の半分を出した。
「わかった。オレんとこ半分、永ちゃんとこ半分でやろう」
そうテルさんは言った。
『矢沢永吉ヒストリー』はそれでずーっと撮ってきた。
 
その当時、まだビデヲ・デッキは、ようやく普及し始めたところで、
セルビデヲの時代が来るなんて思わなかった。
将来どうなるかなんていうのは、わからなかった。
だけど、とにかく版権を持っておかなければいけないと思った。
 
『矢沢永吉ヒストリー』は1984年に発売された。
1万2千円のビデヲが6万本も売れて、
さらにレーザーディスクは3万枚売れた。
結果的に大きなビジネスになったけど、
オレが気にしていたのは儲けじゃない。
自分の権利を、はっきりさせておくことだった。


 
 この『矢沢永吉ヒストリー』
強烈な輝きを放つ永ちゃんの初武道館ライブ
緻密なリハーサル風景も興味深く、とって感動的
それにしても・・
当時から版権をちゃんと意識していた永ちゃん
アーティストとしての考え方が本当に素晴らしいですねーー

40周年を機に、今年こそはDVDで発売してくれないでしょうか??
永ちゃんお願いしまーす
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「ビアガーデン」と「うろこ雲」

2017年08月13日 22時06分56秒 | 日記

お盆を過ぎると秋の気配・・と、いうのが札幌の短い夏

この週末は、ぐずついた天気だったので

気温最高が20℃を切るような肌寒さに

外に出ると半袖では、かなり寒~い

 

それまでは暑い日が多かったので

大通り公園ビアガーデンも連日大盛況

 

8丁目はサッポロビール

CLASSICの生が飲めると観光客には大好評とか

私達は7丁目のキリンビールで乾杯ーー

今年も16時集合

夕暮れ時、気持ちの良い風に吹かれながら

美味しいビールを堪能しました

 

ビールにピッタリのおつまみが、どれも美味しくて

炭焼コーナーも有って焼きたてのアツアツが頂けます

こちらは韓国風焼肉

アボガド入りのサラダはパクチーが入ったドレッシングが美味しい

大好きなジャガバター

観光客や子連れのママ友達、時間はたっぷり余裕のシニア世代も

12時のオープンを待ちかねて繰り出しますので

週末はもちろん平日もマッ昼間から13000席が、ほぼ満席

夜は、お仕事帰りの人達も当然寄り道しちゃいますから

7時過ぎには超満員になるわけです

 

8月に入り少しづつ秋の気配を感じていましたが

5日の土曜日ふと空を見上げると・・

うろこ雲。。。

5丁目のサントリーではイチロー選手と水原希子さんがドーン

この日は日差しが強く、噴水の水がキラキラと輝いて

 夏のお花も、まだまだ元気

 ハマナスの実が少しだけ色付いて、ここにも秋の気配が

 

すっかり遅くなりましたが・・

これが7月末から8月初めの思い出でーす

 

 

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「親友」は山川啓介さんとの初仕事!

2017年08月06日 16時32分22秒 | 矢沢なYouTube

7月後半から、ずっと札幌らしい爽やかな暑さと

朝夕の涼しさが続いていましたが

台風の影響か・・

今日は、気温も上昇かなり蒸し暑くなっています

迷走を続けていた台風5号

今日は九州をかすめ四国に上陸しそうとの事

昨年は道内でも大きな被害がでましたし・・

今後の動きが本当に心配

なんとか被害が少なく通り過ぎて欲しいです

 

7月は、なんだかんだとバタバタで

24日に山川啓介さんが亡くなられた事も、

つい先日まで知らずにいました

まだ72歳・・肺癌だったとの事!

同時代を生き、一緒に仕事をし活躍して来たお仲間が、また亡くなられ

永ちゃんも、しみじみ寂しいのではないでしょうか。

 

山川啓介さんの作品では・・

郷ひろみ「哀愁のカサブランカ」

岩崎宏美「聖母たちのララバイ」

中村雅俊「ふれあい」

どれも名作ですね

 

もちろん、永ちゃんの作品でも

「ひき潮」「鎖を引きちぎれ」「時間よ止まれ」

「チャイナタウン」「絹のドレス」「SORRY」

「夏の少年(こども)」「ラストソング」

素晴らしい作品がこんなにも

 

JASRAC(日本音楽著作権協会)のインタビューで

永ちゃんとの事を、こんなふうにお話されていました

 

『矢沢さんは、詞も曲も自分で作らないと

ニューミュージックにあらずといわれていた時代にあって、

“俺より詞のうまい奴はたくさんいる。

無名でもいいから、詞は俺の思いを伝えてくれる奴に頼みたい”

ということで作詞家を探していたらしいです。

そのころ僕は、ジャズドラマーの猪俣猛さんのリサイタルで

構成を担当していて、

猪俣さんに依頼されてある洋楽曲の訳詞を書いたのですが、

その歌のことを、バックバンドのギタリストだった

水谷公生さんが矢沢さんに

「こういうのを書く奴がいるよ」と話してくれたんです。

矢沢さんが会ってみたいということで呼ばれまして、

書かせていただくようになりました。

アルバム『A DAY』に書いた『親友』が最初だったでしょうか。

いわゆる青春ものとは違う

僕らしいものが書けたことは、大きかったと思います。

矢沢さんは作詞家にデモテープを送るとき、

英語で仮歌を入れるんですよ。

センテンスとしての意味はなく、サウンドとしての詞なんですが、

ノリはすごく伝わってきました。

ここで見得を切りたいんだなとか。

それを聴いて、詞を考えていました。』

 

 

親友 矢沢永吉 ライブ

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