安倍晋三が2016年9月26日の臨時国会所信表明演説で日本の安全保障・日本の国家防衛の観点からの発言だから、主として自衛隊を頭に置いて壇上から議席を見渡し、「彼らに対し、今この場所から、心からの敬意を表そうではありませんか」と呼びかけると、自民党席の殆どの議員が起立して拍手で呼応、安倍晋三も拍手して、自衛隊という日本の軍隊を議員共々称揚、明らかにその瞬間安倍晋三は自衛隊の最高指揮官としてその場に立っていたはずで、その異様な光景を演じた安倍晋三が2016年11月1日、都内で開催された2016年度自衛隊記念日レセプションに出席、スピーチした。
そのスピーチの中で自衛隊に対する国民の支持の高さを誇っている発言を11月1日付「asahi.com」記事が伝えている。
安倍晋三「自衛隊は1954年に創設された。私が生まれた年だ。自衛隊と私は同じ歳月を刻み、ともに山あり谷ありの歳月だった。半世紀前、自衛隊に良い印象を持っている国民は6割前後だった。しかし、本日では9割を超えている。安倍政権の支持率をはるかに超えているわけで、国民に最も信頼されている公的な機関は自衛隊だ。国民の揺るぎない信頼を勝ち得ていることを、本当に誇りに思う」
安倍晋三の9月26日の臨時国会での自衛隊という日本の軍隊に対する大々的な称揚は、その背景に国民の自衛隊に対する「9割超」という支持・信頼を一つの要素として置いていたに違いない。
だから、「国民に最も信頼されている公的な機関は自衛隊だ」と安倍晋三をして言わさしめた。そしてその高い支持・信頼を「本日では」と現時点の状況としている。
問題は自衛隊に対する「9割超」の支持・信頼が安倍政権が平和安全法制と称し、社民党や共産党が戦争法と称している2015年9月19日に成立させ、2016年3月29日に施行させた集団的自衛権や自衛隊の海外派兵を含む新安全保障関連法に対する国民の支持・信頼とイコールさせていいかどうかである。
但し安倍晋三はイコールさせた趣旨でスピーチしていたはずだ。
その根拠は2014年年12月2日公示・12月14日投開票の総選挙で大勝した翌日の自民党本部での記者会見の発言にある。
安倍晋三(冒頭発言)「今回の総選挙は、アベノミクスを成功させるため、来年の消費税2%さらなる引き上げを1年半延期するという税制上の大きな変更について国民に信を問う解散でありました。いわば『アベノミクス解散』であったと思います」
質疑
記者「今回の選挙ではアベノミクスのほか、集団的自衛権の行使容認や憲法改正、原発再稼働も争点になりました。選挙結果を受け、来年の通常国会に提出する安全保障法制整備の関連法案はどのように審議を進める考えですか。憲法改正にどう取り組むか、原発再稼働についてのお考えは」
安倍晋三「先ず安全保障法制についてですが、今回の選挙はアベノミクス解散でもありましたが、7月1日の閣議決定を踏まえた選挙でもありました。そのことも我々、しっかりと公約に明記しています。
また街頭演説においても、あるいは数多くのテレビの討論会でもその必要性、日本の国土、そして領空、領海を守っていく、国民の命と安全な国民の幸せな暮らしを守っていくための法整備の必要性、閣議決定をもとにした法整備の必要性ですね、集団的自衛権の一部容認を含めた閣議決定に基づく法整備、これを来年の通常国会で行っていく、これを訴えて来たわけです。
このことにおいてもご支持を頂いた。当然、約束したことを実行していく。これは当然、政党、政権としての使命だと思う。来年の通常国会のしかるべき時に法案を提出していきたい。そして成立を果たしていきたいと考えています」――
安倍晋三はアベノミクスの是非を争点の前面に押し立て、安全保障法制は争点隠しと批判を受けていた。このことは、つまり表立って争点に掲げたわけではないことは上記発言に現れている。
だが、選挙に大勝したから、安全保障法制も「ご支持を頂いた」としている。
当然、その「ご支持」とイコールさせた国民の自衛隊に対する「9割超」という支持・信頼と見ているはずだ。
2016年7月の参院選挙でも安倍晋三は既に国会発議に必要な3分の2の議席を獲得している衆議院に引き続いて参議院でも3分の2を獲得すべく選挙戦を戦ったが、2014年衆院選と同じ手を使って「最大の争点は経済政策だ」とアベノミクスの是非を争点の前面に押し立て、改憲については争点化を避け、その争点隠しのもと、憲法改正に前向きなおおさか維新の会等を加えた3分の2を超える改憲勢力を築くことに成功し、さも参院選の勝利によって憲法改正の姿勢が「ご支持を頂いた」かのように以後、憲法改正への動きを活発化させている。
このことからも、いくらご都合主義と誰がどう批判しようが、自衛隊に対する「9割超」という国民の支持・信頼を安全保障法制に対する国民の支持とイコールさせているはずだ。
実際には参院選の勝利によって憲法改正の姿勢が「ご支持を頂い」ていないことは2016年10月29日付「共同通信47NEWS」」が伝える共同通信社の10月28日公表の世論調査が証明してくれる。
憲法公布70年に当たり郵送方式で実施した世論調査の結果である。
「安倍晋三首相の下での改憲について」
賛成42%
反対55%
「7月の参院選で改憲が争点だったかどうか」
「そう思う」は27%
「そう思わない」は71%
「改憲の是非」
「必要」+「どちらかといえば必要」とする改憲派計58%
「9条改正の必要性」
「必要ない」49%
「必要」45%
憲法改正は必要でも、安全保障関連の改正の必要性は必要が必要ないを若干上回あり、このことに合わせるように安倍晋三の手による改憲に反対が13%も上回っている。
また、どのマスコミの世論調査も新安保法制に対する賛否は反対が賛成を上回っている。いわば平和安全法制にしても憲法改正にしても安倍晋三の意思と国民の意思は一定程度の乖離を見ないわけにはいかない。
争点隠しという手を使った点からも、選挙によって「ご支持を頂いた」とする安倍晋三の解釈をあっさりと認めるわけにはいかない
先ず安倍晋三が「9割を超えている」と言っている世論調査をネット上から探し出して、その「9割超」がどのような内容の割合なのか、その実態を見てみることにする。
その世論調査は《「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」の概要》(内閣府政府広報室/2015年・平成27年3月)という名称で公表されている。
調査対象 全国20歳以上の日本国籍を有する者 3,000人
有効回収数 1,680人(回収率56.0%)
調査時期 平成27年1月8日~1月18日(調査員による個別面接聴取)
以下調査の主なところを拾ってみる。
(1)自衛隊に対する印象
問2 全般的に見てあなたは自衛隊に対して良い印象を持っていますか,それとも悪い印象を持っていますか。この中から1つだけお答えください。
平成24年1月 平成27年1月
・良い印象を持っている(小計) 91.7% → 92.2%
・良い印象を持っている 37.5% → 41.4%(増)
・どちらかといえば良い印象を持っている 54.2% → 50.8%(減)
・悪い印象を持っている(小計) 5.3% → 4.8%
・どちらかといえば悪い印象を持っている 4.5% → 4.1%
・悪い印象を持っている 0.8% → 0.7%
(1)自衛隊や防衛問題に対する関心
問1 あなたは自衛隊や防衛問題に関心がありますか。この中から1つだけお答えください。
平成24年1月 平成27年1月
・関心がある(小計) 69.8% → 71.5%
・非常に関心がある 16.0% → 19.4%(増)
・ある程度関心がある 53.8% → 52.1%
自衛隊や防衛問題に関心がある理由
更問1 (問1で「非常に関心がある」,「ある程度関心がある」と答えた方(1,202人)に)その理由は何ですか。この中から1つだけお答えください。
平成24年1月 平成27年1月
・日本の平和と独立に係わる問題だから 39.4% → 46.1%(増)
・国際社会の安定に係わる問題だから 19.1% → 19.8%
・大規模災害など各種事態への対応などで国民生活に密接な係わりを持つから 34.0% → 26.5%(減)
・マスコミなどで話題になることが多いから 2.5% → 2.4%
・国民の税金を使っているから 3.6% → 3.3%
・自衛隊は必要ないから 0.6% → 0.7%
(1)自衛隊の防衛力
問3 全般的に見て日本の自衛隊は増強した方がよいと思いますか,今の程度でよいと思いますか,それとも縮小した方がよいと思いますか。この中から1つだけお答えください。
平成24年1月 平成27年1月
・増強した方がよい 24.8% → 29.9%(増)
・今の程度でよい 60.0% → 59.2%
・縮小した方がよい 6.2% → 4.6%(減)(以上)
安倍晋三が「半世紀前、自衛隊に良い印象を持っている国民は6割前後だった。しかし、本日では9割を超えている」と言っている通りに自衛隊に「良い印象を持っている」は「どちらかといえば良い印象を持っている」と合わせて92.2%、「9割を超えている」。
さらに「自衛隊や防衛問題に関心がある理由」として、「日本の平和と独立に係わる問題だから」と「国際社会の安定に係わる問題だから」の安全保障を理由とした関心が上位を占めている。
但し調査時期平成27年1月8日~1月18日は平和安全法制関連2法案が衆議院で審議を開始した2015年5月19日を4カ月を遡ることを考慮しなければならない。そして2法案が国会で成立したのは調査時期よりも8カ月遅れの2015年9月19日で、2016年3月29日の施行となっている。
調査時期の頃には既に安倍晋三の憲法解釈変更による集団的自衛権の行使容認に向けた動きは話題となっていたが、審議が開始される前と後とでは自衛隊に対する世論調査の支持・信頼が「9割超」に変わりはなくても、自衛隊を見る思いに微妙に変化を与えていないことはない。
なぜなら安倍政権の新安保法制に基づいた集団的自衛権行使や海外派兵の手足となるのは自衛隊そのものだからである。
結論を言うと、選挙によって新安保法制に対する「ご支持を頂いた」と解釈するのは安倍晋三の自己都合に過ぎないし、そうである以上、安倍晋三がいくら望んでも、国民の自衛隊に対する「9割超」という支持・信頼を新安保法制に対する支持・信頼とイコールとさせることはできないということである。
国民はこのことをきっちりと認識していなければならない。