最初に岡田ご都合主義原理主義者。自分の都合次第で原理・原則を使い分ける人間をご都合主義原理主義者と言う。
《副総理が苦言“選挙は自分の責任”》(NHK NEWS WEB/2012年12月18日 17時32分)
この「苦言」は12月18日の閣議後記者会見の田中真紀子文科相の発言に対してだと記事は指摘している。NHK別記事から、田中文科相の発言。
田中真紀子文科相「朝なのに、きょうの閣議は、お通夜のような雰囲気だった。解散の時期が適切だったとは全然思わない。総理大臣が独り善がりで解散を決めてしまった。解散されたとき、これでは民主党は惨敗するので、『自爆テロ解散』だと思ったが、そのとおりになった」――
岡田ご都合主義原理主義者「選挙は、最終的には自分の責任だ。野田総理大臣の決断を理由に自分は負けたというのは、努力が足りていない。執行部や他人の責任にするところを改めないと民主党は再生できない。
(自公連立政権に対して)社会保障と税の一体改革は協力しなければならないが、基本的には是々非々で対応し、ときにはピリっとわさびを利かせなければならない。われわれが目指している方向は間違っていないので、来年の参議院選挙で勝つことにとどまらず、次の衆議院選挙で政権をもう一度、担うという長い視野でやっていく」
国民に対して民主党の存在理由としている「国民の生活が第一」という理念に関しての方向性は間違っていなかったとしても、政策優先順位に関わる方向性は間違っていた。
マニフェストとは衆議院任期4年間の公約なのは断るまでもない。《民主党政策集INDEX2009》には消費税について、〈現行の税率5%を維持し、税収全額相当分を年金財源に充当します。〉と書いている。
4年間は5%の維持だと約束した。
その上で、〈税率については、社会保障目的税化やその使途である基礎的社会保障制度の抜本的な改革が検討の前提となります。その上で、引き上げ幅や使途を明らかにして国民の審判を受け、具体化します。〉と、社会保障目的税化と基礎的社会保障制度の抜本的改革が先だと優先順位づけを行なっている。
この優先順位づけは制度の改革像に応じて必要増税率が違ってくるから、当然の措置であろう。
だが、野田首相は早々に増税率を決め、社会保障制度の具体像自体は今後開催予定の国民会議に委ねることになっていて、未定状態の具体像とする逆方向の優先順位を採択した。
このことが国民の支持を失った一つの大きな要因となったはずだ。消費税の増税率と増税時期が決まったものの、社会保障制度の具体化が先送りされたため、具体像が見えない、中身が見えないという国民の批判が付き纏うこととなったからである。
いわば民主党が存在理由としていた「国民の生活が第一」という理念の方向性が政策優先順位の方向性と一致せず、結果的に「国民の生活が第一」という理念を裏切ることとなった。
欧州の金融危機の影響を受けた日本の経済状況であったとしても、生活保護受給世帯の増加や非正規社員の増加をせめて最小限に食い止める対策を打つことが「国民の生活が第一」の理念の方向性に合致する政治だったはずだが、消費税増税に優先的にエネルギーを注いで、合致させることができなかった点に関しても国民の信頼に対する裏切りとなった。
要するに国民の生活維持を最優先の政策順位としなければならなかったはずだが、何をどう血迷ったのか、何をどうのぼせ上がったのか、国民の生活維持を放置してマニフェストで約束していなかった消費税増税にひた走った。
こういった優先順位の間違いが国民の信頼を喪失し、内閣支持率と政党支持率という結果値を招いたはずである。火のないところから煙が立ったわけではない。
勿論閣僚の失言や説明能力、職権に関わる知識不足等が内閣支持率や政党支持率に影響することはあっても、基本的には野田首相自身が選択した政策優先順位であり、政策の方向性が主原因となって招くこととなった内閣支持率であり、政党支持率であり、これらの支持率がモロに衆院選挙に打撃を与えることとなった民主党惨敗という選挙結果だったはずだ。
当然、岡田ご都合主義原理主義者が言っている「選挙は、最終的には自分の責任だ。野田総理大臣の決断を理由に自分は負けたというのは、努力が足りていない。執行部や他人の責任にするところを改めないと民主党は再生できない」は野田首相の責任を不問に付して責任回避に手を貸す無責任な発言ということになる。
本人は鈍感だから気づいてもいないだろうが、野田首相の責任回避に手を貸すということは副総理を務めて一心同体の関係にあった岡田原理主義者の責任をも回避する意思表示ともなる。
野田首相の責任回避を手伝いながら、狡猾・巧妙にも自身の責任回避をも謀っていたということである。
次に責任回避な前原口先番長。
《前原氏「全くの白紙」 衆院選敗北は「公約にない増税やった」》(MSN産経/2012.12.18 15:07)
記事題名の「全くの白紙」は野田首相の民主党代表辞任を受けた代表選立候補に関してである。
衆院選惨敗の理由について記事は次の発言を伝えている。
前原口先「公約に書いていない増税をやって、失望、怒りになったのが一番大きい。
新たな方を決めただけで再スタートが切れるとは思わない。総括をやり、反省点を時間をかけて示さないといけない」
民主党政調会長として消費税増税のお先棒を率先して担いできたのは前原口先だけだったはずだ。
3月27日(2012年)夜の消費税増税民主党事前審査。
前原口先「皆さんの思いを受け止めたので法案の審査などについて、ご一任いただきたい」(NHK NEWS WEB)
消費税増税反対派から「議論は尽くされていない」といった強い反発の抗議を受けながら、自ら一任取り付けを強引に行って、「公約には書いてない」増税決定で以て事前審査とし、3月30日の閣議決定へと持っていってお先棒の役目を物の見事に果たした。
いわば「公約に書いていない」ことを承知でお先棒を担いだ確信犯だったのである。
お先棒を担いだ確信犯であったことを忘却の彼方に沈め、今更ながらに「公約に書いていない増税をやって、失望、怒りになったのが一番大きい」などと言う。
要するに消費税増税にのみ目を向け、お先棒を担ぐのが一生懸命であるあまり、どういった事態を招くか、見通す先見性を持ち得なかった。
民主党再生に関して「総括をやり、反省点を時間をかけて示さないといけない」と尤もらしく言っているが、自分が「公約に書いていない」ことのお先棒を担いだ経緯を忘れているような貧弱な判断能力であるなら、少なくとも前原口先に対しては国民が納得する総括も反省点も望むことは期待不可能の口先だけで終わる確率は高い。
最後に演説に関しては折り紙つきに巧みな野田首相。既に触れた政策の優先順位づけと絡んでくる。2012年12月21日の最後の野田首相官邸ブログ《感謝の思いを、皆さん》に次のような一節がある。
「政府の責任者として『国民の暮らしを守る』という役割を担うことは、直接にお目にかからなくても、すべての国民と心の結びつきを持つことだと思っています。そういう意味では、国民の皆様一人ひとりに支えられた482日でありました」――
「政府の責任者として『国民の暮らしを守る』」政策で「すべての国民と心の結びつきを持つこと」ができたと思っているのだろうか。
まさか思ってはいまい。内閣低支持率の推移がこのことを証明していたし、今回の総選挙が決定的に思い知らせることとなった。
野田首相は機会あるごとに社会保障の安心を訴え続けた。このこと自体が政策の優先順位の間違いを証明している。
社会保障政策も「国民の暮らしを守る」政策ではあるが、特に現役世代の国民にとっては将来の安心を保障する政策であって、今日の安心を保障する政策ではない。今日の安心こそが腹を満たし、生活を維持する。
当然、今日の暮らしの安心があって社会保障政策が約束してくれる将来の暮らしの安心は安心として生きてくる。今日の暮らしの安心がなければ、いくら将来の暮らしの安心を保障されても、絵に描いた餅に過ぎず、腹を満たさないという点で変りはない。
「国民の生活が第一」という理念で言うと、今日の「国民の生活が第一」の政策こそが今日の暮らしの安心を生み出すのであって、その安心が生み出されないままに将来の「国民の生活が第一」の約束をいくら言われようと意味をなさない。
にも関わらず、同ブログで、「国論を二分する難しい課題があっても、将来世代のために決断を下し、『動かない政治』を動かすために全力を挙げてまいりました」と消費税増税法成立を成果とし、今日の安心を生み出すことができなかった責任不履行にトンと目を向けない責任回避の無責任さを演じている。
もしも野田政治に国民が今日の安心に希望を見い出すことのできる政策があったなら、こうまでも選挙で惨敗することはなかったろう。
選挙に大勝した安倍自民党は野田政権の政策優先順位の間違えを反面教師にしてだろう、景気回復という今日の安心を最優先の政策順位に置いている。
人間はパンのみにて生きる生きものではないとしても、パンを利害の第一番に置いている。パンなくして食生活以外の人間的生活は成り立たない。
野田にしろ岡田にしろ前原にしろ、所詮、国民が何を必要としているのか、見る目を持ち合わせていなかった。持ち合わせないままに日本の政治を担った。
そもそもから間違っていたということになる。