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もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

go-toキャンペーンと性善説

2020年10月12日 | コロナ

 go-toイート制度の悪用が報じられている。

 悪用は鳥貴族錬金術(ポイントの蓄積)と無限ループ(ほぼ無銭飲食)であり、今様には「制度の上手な利用」と表現すべきかもしれないが、心情としては制度の悪用と思っている。
 一部の報道では「そんな事態は最初から分かっていので、制度設計の誤り」とする意見があるが、自論である「性善説に基づく行政」の典型と思っている。そもそも「go-toキャンペーン」は経済政策とされているが、内実は公金を使っての事業者支援が限界であることから、救済に民間資産(国民の懐)を活用しようという共助(助け合い)社会福祉的な側面が大きかったのではと思っている。如何に官僚が下情に通じないとはいえ、制度の活用によって不正な利益を得ることができる方法があることは十分に承知していたと思う。にも拘らず、押してでもキャンペーンを発動した裏には、「よもや助け合いの制度を悪用する人はいないだろう」との性善説的期待があったものと思う。
 政府はキャンペーンに「go-to」を冠して・利用者の「お得感のみ」を強調して、利用拡大を広報したが、「go-toキャンペーンは相互扶助のボランティア制度であることは皆が承知しているので、改まって広報することは必要ないだろう」という「お上の理屈」に彩られた姿勢であるように思える。go-toキャンペーンは、経済回復策ではあるが事業者の救済に国民の手を借りる福祉政策であることを強調して広報していれば、もう少し違った展開、もう少しましな推移を辿ったかも知れない。
 かって大本営は、戦詳を発表する際に「我が方の損害極めて軽微なり」を付け加えることを常としていたが、200兆円の補正予算をほぼ使い切ったにも拘らず中国コロナの厄災から抜け出ることができない今、政府は懐事情を公にして国民の自制と協力を真摯に・謙虚に訴えるべきではないだろうか。国債購入を訴えるもよし、共助の意を込めたネーミングによる新go-toを訴えるもよし、対中国コロナ総力戦の意識を盛り上げる必要があるように思う。

 かっての日本であれば性善説に従った穏やかな行政は好ましいものであったかもしれないが、今回のgo-toキャンペーン悪用に見られるように個人主義・個人尊重を美徳とする世代が大半を占める現在の日本にあっては、最早、浪花節的善意やお上の意向を忖度する腹芸は期待できないように思える。マスク着用一つをとっても、世界では警察が取り締まったり高額の罰金を設けて強制する国が少なくない。日本のマスク着用と感染者数について日本の民度が高いためと述べた閣僚がいたが、日本の民度も韓国・中国レベルまで落ちていないものの欧米程度にまでは低下しているのが現状ではないだろうか。