もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

高木美帆選手に拝礼

2022年02月14日 | カープ・スポーツ

 北京五輪のスケート500mで密やかに応援する(させて頂く)高木美帆選手が銀メダルを獲得した。

 高木選手は中距離の第一人者であったが、近年は500mや5000mにも参戦してオールラウンダーとしての評価が高まったものの、500mでは小平奈緒選手に次ぐ2番手と見られていた。
 高木美帆選手を密かに応援し始めたのは、2010年のバンクーバー五輪からである。
 バンクーバー五輪では日本スピードスケート史上最年少(15歳)で代表に選出されたが、1000m(35位・最下位)、1500m(32位)、団体パシュート(補欠)の成績に終わった。応援するきっかけとなったのは、パシュートで銀メダルを獲得したチームメートから補欠(練習相手)の功を労わられるかのように銀メダルを掛けて貰い、はにかむ映像に接したことである。天才少女と呼ばれながら大舞台では活躍できなかったが、必ずや大成されるであろうと祈った。
 しかしながら、2014年のソチ五輪は代表選考会で全ての種目が5位に終わり落選したが、その後の世界大会では徐々に力を発揮して中距離で好成績を残した
 2018年の平昌五輪では1500m銀メダル、1000m銅メダル、団体パシュートで金メダルを獲得し、同一大会で金を含む3個以上のメダル獲得したのは長野五輪の船木和喜選手以来20年ぶり2人目、夏冬を通じて女子で初めて1大会で金銀銅すべてのメダルを獲得する快挙を成し遂げた。
 そして今回。五輪初挑戦の3000mでは6位、大本命の1500mでは銀メダルに終わったが、得意とする1000mと予選で五輪新をマークした団体パシュートにもエントリーしていることから、さらなる成果を期待しているところである。

 勝手な想像で申し訳ないが、高木選手が大成された裏にはソチ五輪の代表落選という挫折があるのではないだろうか。いろいろな情報を眺めると代表落選を機に、師事コーチやトレーニング方法を一変させたことで体力・技術を磨き、挫折がメンタルを鍛え、天才少女からトップアスリートに変態を遂げたようにに思える。
 今回五輪では、日本選手団の主将にも補されていることから、彼女のリーダーシップにも一度の挫折を乗り越えた経験が生かされているのかもしれない。
 艱難辛苦を乗り越えてもはや玉となった高木選手の、残り試合と将来に限りないエールを送って終演。


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