広島、長崎の平和記念式典が終わった。
式典のサブタイトルは異なるものの、原爆死没者の慰霊と平和祈念の理念は共通している。特に今回の式典では、2月に核兵器禁止条約が発効したことを踏まえて、両市長ともに従来の「条約への署名・批准を促す」ものから「条約の実効性を求める」内容に変化しており、具体的には日本政府に核兵器禁止条約締約国会議へのオブザーバー参加を求めている。
改めて核兵器禁止条約の締結国等を眺めたら、現在の批准は56カ国、署名・未批准は30カ国となっていた。平和と核兵器廃絶という高邁な主張に対して国力の大小を当て嵌める愚はおいて、批准国のうち、地図上の位置まで知っている国がi/3、大まかな位置を知っている国が1/3、残りの1/3はどの辺にある国だろうと思うものである。批准・署名国に核保有国が見当たらないのは当然であるが、G20参加国で見ても批准しているのはメキシコと南アフリカ共和国、署名未批准もブラジルとインドネシアに留まっている。
二次大戦以降、世界規模の紛争から免れているのは、強国間の核・軍事バランスの均衡・手詰りの上に成り立っていることは紛れもない事実であり、日本をはじめとする「核を持たない先進国」は集団的自衛権の考えのもとに核保有国の「核の傘」に保護を得ているのも事実である。
この現実に立ってフィリピンの実状を考える。フィリピンは1951年に米比相互防衛条約(無期限)を締結し、同国のスービック海軍基地とクラーク空軍基地はアジア地域最大の米軍基地となった。特にスービックには第7艦隊司令部が置かれていたが、ベトナム戦争の終結やソ連が南シナ海に興味を示さないことなどから、ピナツボ火山の噴火という背景はあるもののフィリピンは基地使用延長を拒否して1991年に両基地から米軍は撤退した。いわば、核の傘はいらなくなったと米軍を追い出したものである。
ソ連崩壊後、東沙諸島や中沙諸島の領有をめぐってベトナムやマレーシアと紛争はあったもの核の傘まで必要とするものでは無かった。しかしながら、米勢力の空白地帯となった南シナ海で中国が南沙諸島に人工島を建設し、漁船に対して直接に危害を加えるという事態に至り、2016年には再びアメリカ軍がフィリピン国内の5基地を利用できる協定を結んで、核の傘に収まった印象である。一方、2016年に就任したドゥテルテ大統領は2017年9月に核兵器禁止条約に署名、2021年2月に批准という不思議な行動を採っているが、就任後に訪れた中国でチャイナマネーに屈したとされる大統領が、中国の意を容れて米軍の影響力低下の一端として行動した結果であるように思える。
立民の枝野代表は「日米同盟と唯一の戦争被爆国であることの両面をしっかり踏まえるなら、まずは核兵器禁止条約へのオブザーバー参加を一日も早く実現すべきだ。そこで戦争被爆の実態などを世界に発信していくことが、条約の実効性を高め、核保有国と非保有国の橋渡しにつながっていく」とコメントした。
従来であれば、核兵器禁止条約の早期署名・批准を強硬に述べたであろうが、政権奪取の光が見えた今にあっては”日米同盟考慮と”という縛り・条件を付しての”オブザーバー参加”が精一杯のリップサービスであるように思える。恫喝のために核をちらつかせる中国や、核の先制使用まで危惧される北朝鮮の実状を見れば、確たる対応手段を持たない日本が、核兵器根絶という高邁ではあるが空疎な主張に沿ってアメリカの核の傘から出ることの危険性・非現実性を理解するとともに、政権奪取後の言質となり兼ねないことを予防する表現としたものであろう。
フィリピンの右顧左眄を考えれば、牛歩に似た遅々たる目覚めであっても、枝野代表は「政権担当可能野党党首」に、今一歩まで近づいたようにも思えるが、さて。