福島原発事故メディア・ウォッチ

福島原発事故のメディアによる報道を検証します。

毎日新聞の毎日変わる変身術

2011-04-14 17:57:17 | 新聞
毎日新聞「余録」の筆者は、余禄を食む余裕でなけなしの教養を浅薄にひけらかし、地震・津波や原発事故を語るときによくギリシア神話を引き合いに出します。それなら、ボクちゃんもまねをして、古代人のおおらかな情感と普遍的叡智の神話世界に遊ぶとするか。「コラムってのはサー、こう書くんだよナー」、なんていう神話的うぬぼれが感じられる毎日新聞論説委員様にささげる、メディアウッチの奈落コラム、題して「盲録(モーロク)」その1です。

ギリシア神話の水神たちは、自由に姿を変えられるという特技を持つ。しかし、それもギリシア世界の大ヒロー、ヘラクレスにかかってはひとたまりもない。ギリシア北部を流れる大河アケロオスの河神と争ったとき、相手が蛇に身を変じて迫ってくるのをあざ笑って、ヘラクレスは言った。「おい、おい、蛇退治なぞ、俺が赤ん坊のときにまずやったことだぜ。」・・・しかたなくアケロオスは今度は牡牛に変身する。だが、そんな小細工はきかない。ヘラクレスは牡牛を押さえつけ、あまつさえ角を一本折り取ってしまう・・・。

毎日新聞が4月12日を境にしてみせた追い詰められたかのような変身、やや統一を欠く千変万化の術など見破るにはヘラクレスでなくても十分だ。

これまで毎日新聞の原発報道は他紙と比べて以下のような特徴を持っていた。(1)報道量が相対的に少ない。たとえば、3月25日には原発事故関連記事は読売=36本、毎日=14本。(2)事故の重大さをオブラートに包む言説の強調。放射線は「心配なし」と大衆を叱責したり、外国の「過剰」反応に反論したり、抗議したり、これらのテーマは他紙も同様だが、毎日の場合、異様なこだわりが感じられた。(3)政府批判の抑制。読売そしてそれ以上に産経では、原発事故の過酷状況を伝える記事の下にしばしば菅政権を批判する記事が並んだ。毎日は政府批判あるいは政府の対応の報道自体が少なかった。原発事故に対するこうした卑俗化・矮小化・最小化の姿勢は、サイトの構成にも反映された。読売・朝日は原発事故関連記事を特集する記事一覧のページを事故当初から設けていた。両紙の原発関連の過去記事は、すべてその一覧からアクセス可能であった。しかし、毎日は違った。原発の過去記事を見るには、

A:トップ > ニュースセレクト > 気象・地震 > 東日本大震災 > アーカイブ

とたどっていかねばならず、しかもそのページのリストでは、「原発事故」記事は他の「東日本大震災関連」記事にまぎれている。リストの中から「福島第1原発」で始まる記事をえり分けてみてゆく必要があるのである。さらに毎日の不可思議な変身の技は、原発事故関連記事のストックが別の場所にもあることである。それも一箇所ではない。

B: トップ > ニュースセレクト > 事件・事故・裁判 > アーカイブ
C: トップ > ニュースセレクト > 気象・地震 > アーカイブ


これらのページでは、原発事故関連記事は「東日本大震災:福島第1原発事故・・・」というように震災関連記事の下位区分である。

こんなに分散され埋め込まれ、かつ多々重複する複数の「目次」から毎日さんの報道姿勢を客観的かつ公平にとらえるべくすべての記事に目を通そうとすることは容易ではない。それが4月12日の夕方、原発事故から1ヶ月を経て、毎日サイト内に「原発」記事のアーカイブを見つけたのだ。ある記事のリンクをたどって行って行き着いたのだが、階層的には、「トップ > ニュースセレクト > 気象・地震 > 東日本大震災」のトップタイトルの横にリンクが張られて、そこから入れる仕組みだった。3月11日以来、毎日新聞サイトの原発記事の熱狂的な読者である私としたことが、こんな便利なリンクとページを見逃していたのだろうか。そうかもしれない。しかし、このアーカイブとそれへのリンクが当初から存在していたわけではないことを示唆する事実がある。まず、「原発アーカイブ」には、2月7日の記事がある反面、3月分は3月17日から始まっている。毎日はアーカイブで30日以前の記事を落としてゆくのが一般的だが、3月17日からはまだ30日経過していない。そしてさらに、4月12日あたりを境にして「原発」アーカイブのリンクが張られた「 東日本大震災」のページのレイアウトが若干変更になっている・・・。

ここでは、私が3月11日以来この有効なアーカイブとリンクに気づかずにいたのではなく、これらは4月12日になって初めて作られたと推測しよう。なに、100ミリシーベルト以下では健康被害はないと言い切る新聞です。4月12日以前にそんなものはないと、言われても「被害」を主張することはできますまい。

なぜ12日なのか?この日は福島原発事故が「レベル7」の「チェルノブイリ並」で「チェルノブイリを超える」可能性があるという発表のニュースが各紙をにぎわした。特に毎日新聞はこの話題に「冷静で落ち着いた対応」をしたとは言いがたい、「風評被害」とさえ叱られそうなエキサイトぶりで、たくさんの記事を配信し、ふだんは記事数でまったくかなわない読売新聞の記事数21本に対してこの日は24本と、堂々たる逆転。その24本のうちで「レベル7」に言及したもの15本、見出しに「レベル7」を含んだりして、明らかに「レベル7」あるいは「チェルノブイリ並み」が主題のもの12本。同じ基準で読売の12日の記事を見直すと、こちらは21本中わずか5本である。

4月12日は同時に、10日の統一地方選挙で民主党が惨敗をした2日後である。そこに「レベル7」=「チェルノブイリ並」の衝撃・・・、原発事故を最小化し、政権批判をかわしてきた毎日新聞もそろそろ舵を切りなおすときとの判断があったのだろうか。

しかし、毎日新聞のきらびやかな千変万化はこれで終わらない。名前のとおり、毎日変わる。翌13日、「レベル7」=「チェルノブイリ並」をめぐる毎日新聞のトーンは「そんなことないもんね」「みんながんばっているんだからそんなこと言うのよそうよ、いいことないよ」という調子に変わる。見出しは言う、「福島第1原発:チェルノブイリ級ではない 仏研究所が見解」、「福島第1原発:「チェルノブイリ」に遠く及ばず IAEA」(「福島第1原発:レベル7は驚きでない 米原子力規制委員長」という記事もあるが、これはアリバイ。チェルノブイリ級否定の前2記事の文字数1070字に対して、こちらはわずか289字)、あるいはまた「福島第1原発:レベル7で国際的な推進路線に冷や水も」などというのもある。「チェルノブイリ超えとかいうて、わしらニッポンをいじめると、おまはんらの原発推進利権にもいいことおまへんで」とふてくされて水を差し、相手のむこうずねをけったつもりになっている。みっともない、せこい、恥ずかしい、なげかわしい、そしてあくどい。

その毎日新聞は、4月14日になって、

社説:菅首相への批判 ただ「辞めろ」は無責任だ

という社説を載せた。

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20110417追記:
漫画家の山岸涼子氏が自作「パエトーン」を無料公開している。チェルノブイリ後に反原発を訴えた作品だが、パエトーンとは人間の身で太陽を御するという向こう見ずに挑み、失敗して大地を焼く尽くした後ゼウスによって滅ぼされる青年の名だ。毎日新聞論説員様の単なるひけらかしとは違って、ここでのギリシア神話の援用は的確である。


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