概して言うと、芸能人は同年代の人よりも見た目が若い。若い頃は大差無くても、第一線で長く芸能生活を続けている芸能人の場合、30代位からでも同年代より見た目が若い事は少なく無い。「高齢の芸能人が、同級生と久し振りに再会する。」なんて企画が在ったりするけれど、芸能人は高齢者と思えない様な若々しさが在るのに、同級生は凄く老けていたりする。同級生が老け過ぎているのでは無く、芸能人の見た目が若過ぎるのだ。恐らくは「『人から見られている。』という緊張感が、見た目の若さに影響している。」のだろう。
「見た目は、“其の人が置かれている(乃至は置かれて来た)環境”が大きく影響する。」様に思う。以前に書いた話だけれど、30代初めの頃、通勤時に驚かされた事が在る。朝、駅の構内で電車を待っていた所、少し離れた場所から、見た目は40代後半という感じの男性がじっと自分を見詰めていた。余りにもじっと見詰めているので、「気持ち悪いなあ。」と思ったのだけれど、少しすると彼が寄って来るではないか。で、「〇〇君だよね?」と自分(giants-55)の名前を口にした。「何で名前を知ってるの!?こんな人、全く知らないんだけど・・・。」と当惑していると、「判らないかなあ?中学時代に、一緒のクラスだったXXだよ。」と言うではないか。
「XX」の事は覚えている。特に親しいという訳では無かったけれど、話した事は何度か在るし。でも、“当時の彼”と“今の彼”とでは、全くの別人としか思えない。“当時の彼”はぽっちゃりとした感じで、のんびりとした雰囲気だった。父親が小さい乍らも建設会社を営んでいて、甘やかされて育ったという感じが在ったからだ。中学生には似つかわしく無い額を持ち歩き、同級生に御菓子を奢ったりしているというのは、当時有名な話だった。
だが、“今の彼”はげっそりと痩せこけ、顔の色は悪い。のんびりした感じなんか欠片も無く、ぎすぎすした感じ。目にも力が無く、“当時の彼”を思い出させる要素が皆無なのだ。時間が無かったので、二言三言話して別れたが、後になって別の同級生から、彼に付いて話を聞いた。彼が20代の頃に父親が急死し、彼は会社を継いだのだけれど、経営が思わしくなくなり、会社を潰してしまったと言う。結婚もしていた様だが、会社を潰してしまった事で別れた様だ。親に甘やかされて育った彼が、当然“荒波”の中に放り込まれ、全てを失ってしまったとしたら、見た目が全く変わってしまうのも判らないでは無い。
高校時代の友人数人とは、卒業以降も飲んだりしている。昔は1年に1~2度会って飲んでいたが、今は1年に1度飲めば良い方。其の位の間隔で会っていても、彼等の見た目に“微妙な老い”を感じたりする。相手も自分に対し、同じ様な感覚を持ったりしているのだろう。中学や高校の頃の同級生、其れもずっと会っていなかった人達ならば、“見た目の余りの変わり様”に、驚かされる事も珍しく無いに違い無い。
「第一印象」というぐらいですから見た目は大事ですね(笑)。
もちろん、見た目がすべてではないし、見た目だけでも困りますが(苦笑)。
「常にみられている」という刺激もありましょうが、芸能人に限って言えば男女ともメーク、化粧のプロでもあるわけで、すっぴんではどうなのかな?
自分の周りにいる人を見渡してみると、概ね仕事にしろ趣味にしろ、それが好きで打ち込んでいる人が、実年齢よりも若く見えますね。
逆にこれといった趣味が無かったり、現状に不満を持って愚痴っている人は、概ね老けているように見えます。
メークの効果というのは、確かに在りますね。前作が良かったので、流れでドラマ「やすらぎの刻~道」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%84%E3%81%99%E3%82%89%E3%81%8E%E3%81%AE%E5%88%BB%E3%80%9C%E9%81%93)を録画して見ているのですが、水野久美さん(82歳)なんぞは見た目が非常に若いのだけれど、すっぴんのシーンでは矢張り年齢を感じたりする。
日々を楽しんで生きている人達は、概して若く見えますね。こういう方達を見ると、生き甲斐の大事さというのを感じますね。