「ホームドラマ」という表現は最早死語となってしまった感も在るが、「自分の中で印象に残っているホームドラマを、幾つか挙げろ。」と言われたならば、「ありがとう」を真っ先に挙げるだろう。1970年から1975年にかけて放送されたこのドラマは4つのシリーズから成り、自分が見ていたのは第2シリーズの「看護婦編」と第3シリーズの「魚屋編」。共に“チーター”が主人公で、母親役の山岡久乃さんとの掛け合いが絶妙。「家族」という物を軸に据え、日常生活で繰り広げられる様々な出来事を描き、見ている側を時には泣かせ、時には泣かせるという典型的なホームドラマだった。
CSのTBSチャンネルでは現在、第2シリーズで在る「ありがとう 看護婦編」が再放送されており、毎週これを録画して見ている。先日の放送では、大空真弓さん演じる姉と沢田雅美さん演じる妹との遣り取りが印象的だった。大空さんと沢田さん、そして井上順氏演じる長男という三兄弟は幼くして両親を失い、一番上の大空さんが幼い弟妹を育てて来たという設定。「他の家の子の如く、学校の行事に親の姿が無かったのが寂しかった。」と告白する沢田さんに対し、「御前は私の子供だと思ってるし、私は御前の親だと思ってる。御前が小さかった頃、学校の父母参観に私が行ったの覚えてる?母さんの形見の着物、それも思いっ切り地味なのを着て行って、少しでも母さんに見える様にって頑張ったなあ・・・。」といった言葉を大空さんが返すシーンは、なかなか泣かせるシーン。
そのシーンを見て、ふっと思い出した事が在る。下の兄弟が幼稚園だった頃、小学校低学年の自分が、父親代わりに幼稚園の行事に参加した事を。幼稚園児の他は全て大人という空間に、自分の様なガキんちょが一人参加しているのは妙に恥ずかしかった。では、何故そんな事態になったのか?実は当日の朝、我が家が泥棒の被害に遭っていた事が判明し、警察との対応で両親が家を空けられなかったからだ。
前の晩・・・正確に言えば、当日の丑三つ時に縁側が軋む様な音を母が聞いていた。でも夢現つの状態だった為、「幻聴かな?」と思って再び寝てしまったそうだ。翌朝起きたら寝室以外の部屋が荒らされているのに気付き、慌てて警察に通報。内ポケットに財布を入れていた父のスーツが、何故かトイレ・・・と言っても今の様な水洗トイレでは無く、“ボッチャン便所”とも呼ばれた汲み取り式便所の便槽に放り込まれていたのを、今でもハッキリ覚えている。
泥棒と言えば、昔は漫画でその姿が描かれると、「手拭いで頬被りし、黒足袋を履いて、唐草模様の風呂敷を背負ったラウンド髭の男。」というのが定番だった。又、泥棒と並んで悪い役回りとして描かれたのが「押し売り」。如何にも悪人顔という男が玄関にドッカリ座り、「刑務所から出たばっかりなんで、金がねーんだ。商品を買ってくれる迄、此処から動かねーぜ!」と凄む。売り付けるのは何故か歯ブラシにゴム紐というのが定番だったっけ。
こういうスタイルの押し売りでは無かったが、やはり自分が小学生だった頃、我が家に百科事典の押し売りが来た。言葉遣いや身形はきちんとしているのだが、売り込みの強引さは相当な物で、根負けした母はその場で購入契約書を交わしてしまった。分割購入という形で、総額は確か5、6万円したのではなかろうか。相手が出した名刺には教材販売では超大手企業の名前が記されており、それを信用して購入契約を結んだという所も在った様だ。
帰宅した父から「高過ぎる。」と言われ、母がキャンセルの為に名刺に書かれた電話番号に電話すると、その超大手企業とは全く別の所に繋がっててしまい、良く良く話を聞くと全く無関係な会社で在る事が判明。「クーリングオフ」なんて言葉が無い時代だったが、父が猛抗議をした上でキャンセルする旨の内容証明を送り付け、事無きを得た。
我が家の泥棒被害&押し売り被害(未遂)は上記した各々1回が最初で最後だが、此処を覗いて下さっている方の中で、その手の被害に遭われた経験の在る方はどの位居られるものだろうか?
CSのTBSチャンネルでは現在、第2シリーズで在る「ありがとう 看護婦編」が再放送されており、毎週これを録画して見ている。先日の放送では、大空真弓さん演じる姉と沢田雅美さん演じる妹との遣り取りが印象的だった。大空さんと沢田さん、そして井上順氏演じる長男という三兄弟は幼くして両親を失い、一番上の大空さんが幼い弟妹を育てて来たという設定。「他の家の子の如く、学校の行事に親の姿が無かったのが寂しかった。」と告白する沢田さんに対し、「御前は私の子供だと思ってるし、私は御前の親だと思ってる。御前が小さかった頃、学校の父母参観に私が行ったの覚えてる?母さんの形見の着物、それも思いっ切り地味なのを着て行って、少しでも母さんに見える様にって頑張ったなあ・・・。」といった言葉を大空さんが返すシーンは、なかなか泣かせるシーン。
そのシーンを見て、ふっと思い出した事が在る。下の兄弟が幼稚園だった頃、小学校低学年の自分が、父親代わりに幼稚園の行事に参加した事を。幼稚園児の他は全て大人という空間に、自分の様なガキんちょが一人参加しているのは妙に恥ずかしかった。では、何故そんな事態になったのか?実は当日の朝、我が家が泥棒の被害に遭っていた事が判明し、警察との対応で両親が家を空けられなかったからだ。
前の晩・・・正確に言えば、当日の丑三つ時に縁側が軋む様な音を母が聞いていた。でも夢現つの状態だった為、「幻聴かな?」と思って再び寝てしまったそうだ。翌朝起きたら寝室以外の部屋が荒らされているのに気付き、慌てて警察に通報。内ポケットに財布を入れていた父のスーツが、何故かトイレ・・・と言っても今の様な水洗トイレでは無く、“ボッチャン便所”とも呼ばれた汲み取り式便所の便槽に放り込まれていたのを、今でもハッキリ覚えている。
泥棒と言えば、昔は漫画でその姿が描かれると、「手拭いで頬被りし、黒足袋を履いて、唐草模様の風呂敷を背負ったラウンド髭の男。」というのが定番だった。又、泥棒と並んで悪い役回りとして描かれたのが「押し売り」。如何にも悪人顔という男が玄関にドッカリ座り、「刑務所から出たばっかりなんで、金がねーんだ。商品を買ってくれる迄、此処から動かねーぜ!」と凄む。売り付けるのは何故か歯ブラシにゴム紐というのが定番だったっけ。
こういうスタイルの押し売りでは無かったが、やはり自分が小学生だった頃、我が家に百科事典の押し売りが来た。言葉遣いや身形はきちんとしているのだが、売り込みの強引さは相当な物で、根負けした母はその場で購入契約書を交わしてしまった。分割購入という形で、総額は確か5、6万円したのではなかろうか。相手が出した名刺には教材販売では超大手企業の名前が記されており、それを信用して購入契約を結んだという所も在った様だ。
帰宅した父から「高過ぎる。」と言われ、母がキャンセルの為に名刺に書かれた電話番号に電話すると、その超大手企業とは全く別の所に繋がっててしまい、良く良く話を聞くと全く無関係な会社で在る事が判明。「クーリングオフ」なんて言葉が無い時代だったが、父が猛抗議をした上でキャンセルする旨の内容証明を送り付け、事無きを得た。
我が家の泥棒被害&押し売り被害(未遂)は上記した各々1回が最初で最後だが、此処を覗いて下さっている方の中で、その手の被害に遭われた経験の在る方はどの位居られるものだろうか?
隣近所の関係が密接な地域だと、近隣者が関わった勧誘は厄介でしょうね。無下に断ってしまうと「村八分」にされてしまうだろうし、かと言って少しでも購入してしまうと、それ以降はズカズカと入り込んで来そうだし。
宗教関係の勧誘、昔はちょこちょこ在りました。勧誘に来る人って、本当に自信が幸薄そうなんですよね。無下に断ったら、それ以降は一切来なくなりましたので、ああいうのも“横の連絡”が確立されているんでしょうね。
80年代になると教材や新聞、健康食品、女性用下着に悩まされました。特に困るのは健康食品と下着、化粧品。なぜだか家の実家の地域では「ハマッタ近所の人」がセールスの人とグループでやってくるので困りました。どうやら宗教がらみかねずみ講だったようです。
おかげで両親の近所づきあいがぐっと減ったということは言うまでもありません。
ああいうのって別に田舎に限ったことでもないんだろうけど、田舎ほど「講」だのあるいは「隣組」だのから派生している近隣同士のコミュニティに入り込んできて厄介なことを起こすことが多いです。
90年代になるとそのものズバリの宗教の勧誘がストレートに来るようになり、迷惑でした。幸薄そうな女性が幼児抱えて本を売りに来る、というのがいつものパターンです。この手に弱い、追い返すのも大変なのは皆同じ。しかし戦後苦労した祖母がたまたまいると「あんたは若いのに何でそんなバカなことをしてんだ」と大説教大会になり、勧誘の人が逃げていきました(おかげであまり来なくなったという話)。
でも80年代には基本は電話勧誘になったので押し売りは減ったのは確かですよね。
ハムぞー様の書き込みを拝見して、「そこ迄する輩が居るのか!?」と驚かされたのですが、マヌケ様の会社も被害に遭われていたとは・・・。そうなると、結構広範囲で行われている犯行なのかもしれませんね。悪知恵が働くというか何と言うか。こういう頭を良い方向に用いれば、世の為人の為に役立つと思うんですけどね。
昔聞いた話なのですが・・
その会社に、納品に来たかのようにやってきた一人の青年。
よく書類が送られてくる部署なので、
新人社員が受取書類と思って、
領収書サイズの小さい紙にサインをしたら・・
よく見ると、ある物品の契約書になっていて
「契約は成立した」と仲間がやってきて
追い返すのに大変だったそうです。
(あたかも受取伝票みたいで
後で彼を怒るに怒れなかったんだとか)
読者の皆さんも大丈夫だとは思いますが
サインするときはいま一度、ご確認を・・・
御祖父様が住まわれていた環境、それだけ“防御”されていたら泥棒等も寄り付かなかったでしょうね。
侵入先の人間に気付かれてしまった為、泥棒が強盗に変わってしまうという事も在る様ですから、その同級生の方も夢現状態で幸いだったのかもしれませんよ。
「ダイヤルQ2」って在りましたねえ。その手のエロ系の失敗、自分も結構在ります。
インターネット黎明期、「テレホーダイ」を使用していなかった自分は、エロサイトを見捲っていたのですが、後から数万円の電話代請求書が届き、えらく親から怒られたもの。読み込みスピードも、今じゃあ考えられない程の遅さだった時代の話です。
私は「だいこんの花」が大好きなホームドラマでした。
>泥棒押し売り
ナンバープレートを盗まれたことがあったですよ。「8986」ヤキューヤローという素敵な語呂だったのに・・プンプン!!
あと、中型バイク、自転車、むすめのキックボードと我が家の被害は乗り物関係に集中しております。
命はとられてないのでまずは幸いかと・・。
石榴、イチジク、グミなどが近所の子供に盗まれたとか、池の鯉が野良ネコにやられたとかはあったみたいです。 近所の子は当然、私の友達でした。