goo blog サービス終了のお知らせ 

がんぼのぶらり紀行

北海道オホーツク遠軽で、昭和時代のお茶の間みたいな食堂 やってる おばちゃんです。

道南旅行その3 千歳から白老 白老アイヌ博物館

2011年09月29日 21時49分00秒 | 仕事/作業

空港を後にして走り出す。

ipadで地図を表示させ、おかげで迷うことなく目的地へと進んでいける。

 

苫小牧市内を通過し右折。 30分ほど走っただろうか。白老の町へ入る。

 

海沿いの道路を進み、信号から街中へ。

 

目的の 白老アイヌ記念館はすぐに見つかった。

駐車場へ車を入れ、ビデオとカメラを取り出して皆の後を追う。

 

K旦那さんがみんなのチケットを取りまとめて買ってくれ、それぞれに渡してくれる。 その間に施設内の看板を皆で見る。

 

 

 

入るとすぐに大きなアイヌの像がある。

足元には小さな滝と賽銭箱。 看板には次の文章が。

コタンコルクルの像 --

この像は和人入植よりはるか昔、白老コタンの礎を築いた先駆者の偉業を偲び、これを永久に讃えるために建立したものです。

右手に捧げているイナウ(御幣)はこの地がますます発展し、またこの地を訪れて下さる多くの方々の旅の安全と幸せをお祈りしております。

像の高さ 16メートル(奈良の大仏と同じ)

像の幅 7メートル(一番広いところ)

材料 FRP(強化プラスチック)

 

 

 


スマホのタッチペン

2011年09月29日 20時58分20秒 | 仕事/作業

携帯からスマホに変えたはいいが、文字入力のキーが画面上小さく、指先でポチポチやっても隣のキーにあたったりで結構不便。

ネットで安いタッチペンを探したが、果たしてスマホでちゃんと使えるのか自信が持てず購入足踏み。

2週間ほど前、北見へ行った折に100〇ボルトへ行ってペンを買おうと、コーナーで売っていたのを手にしてレジへと向かいかけた。

だがちょっと気になり、auのカウンターに立っていたお姉さんに「これ、スマホで使えますよね」と聞いたら「いえ、、たぶん使えません。」

 

 

・・・ 使えないものを売るなっつぅの。

 

 

これはDS(ゲーム機)用でスマホには使えないという。 結局、北見では手に入らず、我慢のおばさんだった。

 

ところが昨日、紋別M社へ打ち合わせに行った際、先輩さんから「スマホ持っているならこれあげる」と

きゃ~♪ タッチペンじゃないですか~!!

ありがとうございます~! (*^^*)

キャップを外し、伸ばしたところ。

(手が逆ですが)こうしてぽちぽち入力に使います。

 

話をしているうちに 「4,800円で買った」とポロリ。

そんな高いものを・・ 頂きます。m(_ _)m

 

大事に使います~。ありがとうございました。

 

 


道南旅行その2 江別から千歳

2011年09月26日 22時21分08秒 | 仕事/作業

江別市 開拓記念館で「アイヌのくらし」を見学。

 

さすがにここは建物の規模が違う。

黄色い矢印で示したのが 人の大きさ だ。

展示物もたくさんあり、何度来ても楽しめる。

 

正午を過ぎ、次の場所 千歳空港 へ向かい、空港内で食事をとる予定だったが、開拓記念館で食事をして行こうということになったらしい。

みんな次へ移動するつもりで館外へ出ていたのだが、館内でお弁当を買うU学芸員とM氏の姿が見え、その後、中2階にあるロビーで買ったお弁当を戴くことになる。

その頃、先に遠軽のアツシ織の作業の際に何度か一緒に作業を進めてくれたS女史が飛び出してきた。 

今回 開拓記念館のあるイベントの手伝いでちょうどU学芸員の手伝いをするために来ていたという。 一緒に食事をした。

鶏の炊き込みご飯。 卵焼き、煮物、焼き魚、ひじき、枝豆。

 

もともと開拓記念館の2階にレストランがあったのだが、赤字経営が続きレストランはなくなったそうだ。

U学芸員に 「赤字覚悟で食堂出してくれる人、いませんか」 と相談された。 (笑)

 

1時前、U学芸員とS女史は「1時から作業があるので」と退席。

午後1時

館前にて記念撮影。

え? がんぼは 集合写真に写らなくてもいいのかって? 

がんぼは後から黒丸枠内で参加します。(笑)

(修学旅行で欠席した子とか、楕円形で写真スミっこに追加された写真、よくあったよね。)

 

午後2時

千歳空港

行ったことがあるのは

昭和52年(1977年)34年前だ。 (^_^;) 高校生の時、吹奏楽全国大会へ行くために東京まで。

その後、飛行機に乗ったのは、昭和62年(1987年)24年前。 

危篤状態に陥った義父の見舞いのためだったが、当時は女満別空港から直行便が出ており、それに乗った。帰路、娘が飛行機内でトイレのバキューム音に驚き泣き始め、遠軽までの列車内移動6時間近く泣き通しだった記憶しかない。

つまり、これから行こうとしている『新千歳空港』は平成4年(1992年)に完成・供用開始した新しい空港で、私はまだ行ったことがないのだ。

 

今回は、アツシ織でお世話になっている旭川のK先生の木彫りの作品などが千歳空港の売店に置いてある (15万で値段つけたら売れてしまって、面倒だから25万の値を付けて置いてあるとか。安い値を付けて売れたら困るから25万の値を付けたと?? なんだそりゃ) ので、それを見たい。 ついでに少し見学して、お昼ご飯を食べて、という予定だった。

また、皆が新しくなった千歳空港を見たことがないからという理由で今回スケジュール内に組まれたらしい。

話を聞けば、空港内では迷子になってしまうほどみやげもの売店・施設が充実しているらしいのだ。

 

まぁ、お昼ご飯は先ほど開拓記念館で食べて来たので、見学だけに時間を費やすことになりそうだ。

写真は千歳空港へまもなくというルート上にあった。 サッカーボールを載せたような灯台のような建造物。

近づくと「気象庁」という文字があった。 観測用のアンテナなのだろうか。

 

 

空港前に着き、駐車場へ入るラインの最後尾についたが、すごい車の数。

駐車場はAからCまであり、現在A駐車場へ入るラインにおり、駐車場への入り口まで20台くらいの車がいる。みんな左ウインカーをつけている。

 

正面にある電光掲示板が見えた。 A駐車場 満車。 ついで少し向こう側にある B駐車の掲示板が 満車 に変わった。

 

5分経過。  何台か車が駐車場から出てくるが、入ろうとする車の列~がんぼ車が止まっているラインの流れはほとんど移動がない。

 

さらに数分後。 なた何台か出て行ったが、電光掲示板には変化がない。

前方でウロウロしていた20代中ばとみられる男性が助手席側の窓をコンコンと 「あけてください」ジェスチャーできた。

「この先にC駐車場があります。そちらはまだ空いておりますのでどうぞ。」と、C駐車場とは別らしい、何とかいう駐車場の乗ったチラシを渡されながら話をされた。

このままこのラインにいても恐らく駐車場には入れまい。 そのC駐車場へ進むことにした。

 

左手には「国内線」の建物、そしてラインを外れて走り出した正面には「国際線」の建物。

運転中で写真を撮れなかったが、この場所だけでも相当大きい。

隣に同僚が「数年前に売店で迷子になった」という。 これだけの大きさなら納得がいく。

 

C駐車場をめざし走り出したが、いくら行っても駐車場らしいものはない。 延々道路が続く。

「??」

 

5分ほど走ったろうか。 空港には関係なさそうな距離まで来た頃、数十台の車が止まっている場所が見えてきた。 見れば「C駐車場」  ここから空港まで歩けば、たぶん20分以上かかるだろう。

「どうします?」

「やめよう」

 

状況を考えると、ここへ車を止め、歩いて空港へ行き、目的のものを見て・・・とすると

予定を1時間以上オーバーすることは明白。そこまで時間の余裕はない。

 

結局 「新千歳空港見学」 は見送りとなった。 そうそう来れるところではないので残念ではあるが。

 

 

憧れの 「エアポート」 は夢を未来へ持って行ってくれた。 

  ↑ 

書き方ひとつで変わるもんだなぁ(笑)  
要するに 見ることができなかった、先延ばしになっただけじゃん。(笑)

 


道南旅行その1 遠軽から江別

2011年09月26日 21時14分35秒 | 仕事/作業

午前6時前

同僚が湧別川の写真を撮影後、自宅へ来てくれる。 

荷物は昨日のうちに積み終えているので身の回りの荷物だけ持って乗ればよい。

急ぎ湧別川情報を更新し、M氏宅へと迎えに向かう。

M氏宅前に車を止めチャイムを鳴らすとM氏が出てきたが、あら、はずかし、タイツ姿。(笑)

「まだ早いもの」 これから身支度だ。

 

M奥様が荷造りなど手伝ってくれたが歩くのがやっとという状態。

話を聞けば腰と足が痛んでまともに歩けないという。

結局楽しみにしていた今回の旅行は見送りになってしまった。

う~ん、残念。 みんなによろしくとのM奥様からの伝言を持って、M氏と3人車上の人となる。

 

午前7時半

白滝にてO氏と合流したのち、白滝から高規格道路に乗り、道の駅しらたきにてもう1台の車と合流。 ここからは連れだって走ることとなる。

今回の参加者はM奥様が欠席となってしまったため8名での旅行となった。

がんぼ車には、がんぼ、同僚、M氏、O氏の4名。

そしてもう1台。

K氏夫妻の車に、W奥様、I奥様が同乗。M奥様はこの車で来るはずだった。

 

 

 

午前9時50分

高規格道路。無料期間は旭川比布まで。そこから先は有料となる。

途中、音江パーキングエリアにてトイレタイム。

 

普段ならもう少し先へ走って砂川サービスエリア(売店や食堂がある)なのだが、

今回はタイムスケジュールが詰まっている。

余分な時間は取れないため砂川まで行く必要もなく、最低限『用事が足せればよい』のだ。

 

せっかくなのでここでも一枚。 同じような写真となってしまうが、まぁそんなもんだ。(笑)

 

午前11時10分

最初の目的地、江別市 開拓記念館へ到着。

ここでは特別展示「アイヌのくらし」を見学。

今回の旅行の目的は、アツシ織に関すること。

樹皮から糸にするために細く裂く。

裂いた樹皮を拠って織物につかう糸にする。

その糸で織られた織物はどんなものがあるのか。

糸も、織物も、昔から伝えられてきた本物はどのようなものなのか。

 

それを自分の目で確認し、今後の作業に生かすための見学旅行。

だから決して遊びではない。 遊び気分ではない。 絶対に。。。。 実は遊びたいのがホンネ。(笑)

でも写真を撮ったり同僚とビデオを回したり、

やはりドップリと楽しむことはできないのだ。

 

同じ展示物を 「見る」 行為でも、カメラのファインダーを通してみるのと裸眼で見るのとでは対象物の見方は全く違ってくる。

写真を撮りまくって、帰ってからゆっくり見直す としてもやはりさびしい。

自分の目でしっかり見たうえで写真を撮ってくるのなら満足だが、

それだけの時間も残念ながらない。

 

そして今回のもう一つの大きな仕事。

 

私は運転手。 長時間だろうと長距離だろうと運転する自信はある。

M氏から一度は「俺の車で行くか?」と申し出を受けたが、お断りした。

(燃費の悪さは棚上げにして)長距離運転なら尚の事、自分の車で移動したかった。

自分の車が一番楽だからだ。 人様の車の後ろで5時間も6時間も座りっぱなしでいる自信はなかった。

 

自分の乗り慣れた車で移動できるのが一番だ。

 

さてさて、江別 開拓記念館では M氏の知人でもあるU学芸員が出迎えてくれた。

これまで作ってきたI奥様のいくつかの作品を「これなら商品になる!」と後押しをして下さった。

I奥様、頑張りましょう。 さすがです!

 

残念ながら中での撮影は一切アウト。 自分の目でしっかりと見てくるしかない。


道南旅行 始まり始まり~

2011年09月26日 21時03分16秒 | 仕事/作業

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二日目、平取の萱野茂アイヌ記念館での一コマ。 

 

 

 

 

いきなりですんません。

先日のネタが自分でウケてしまって。

 

これ、チョウザメの仲間です。 詳しくは後程。(笑)

 

このシチュエーションは癖になりそう。(笑)

 

 


息子に写真係を頼んだら

2011年09月23日 16時51分01秒 | 仕事/作業

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠軽町郷土館にて「滝錬太郎氏所蔵によるマッチ箱展覧会」の一コマから・・・。

自宅へ戻って写真を取り込み確認しようとしたらいきなりこの写真が。(^_^;)

吹いた。

 

確かに郷土館資料室へ入ってすぐにエゾシカ君(剥製)がいるけれど。

 

 

 

あ、もちろん次のコマからはちゃんとマッチ箱展覧会の写真が写ってます。(笑)


瀬戸瀬奮戦記・・⑩ 完

2011年08月09日 15時25分18秒 | 仕事/作業


目が覚め、手元の携帯で時間を見た。 午前4時。

部屋に入ったのは何時?  寝たのは何時?  よく覚えていない。
どちらにしてもそう長時間眠っていないはずだ。



横には息子と娘。 同僚は・・ そうだ、休憩所で寝ると言っていた。 明け方は7月とはいえ山の中。 結構冷える。 寒かったろう。


 

 

 

寝ぼけ眼ながら起きて部屋を出、2階廊下突き当りのトイレへ行く。 



用を済ませてトイレを出、部屋へ戻ろうかどうしようか考えながら、廊下の先を見ると流し台発見。

寝る時、階段を上がって部屋へ行くまでに視界に入っているはずなのに気がつかなかった。
私自身は会場に来た時から、階下でバタバタしており、2階の流し台へは来ず、冷蔵庫は一度も開けた事がなかった。


普通の家庭にあるような150センチ間口の調理台つき流し台、水槽は幅60センチ程度。
調理台には何やら箱類が置いてあり作業できる状態ではない。


そうか、最初お手伝いの奥様方は、ここで食器を洗ったと言っていたのだ。

流し台の左側に60*180の食器棚。 一人立てば精一杯の通路の反対側に冷蔵庫と3段程度の棚が作られており
ポットと水差しがいくつか並べてある。

 

200L程度の冷蔵庫を開けてみると、袋詰めされた食材がびっちりと詰め込まれていた。

 

 

 

 

 

袋詰め?      袋? 

 

 

 

 

 

え?

 

皿じゃないの?           ・・・ ^_^;  

 

 

 

 

 

 

 

 


冷蔵庫が小さいため、皿盛りでは無理と判断し、食材はすべて袋に詰め替えされたらしい。 これまた想定外であった。



 (T_T) ・・・   また一仕事増えた。

食材をこの袋のまま出すわけにはいかない。 

朝食時間(6:00)までにこれらのオカズ類を再度、皿盛りしなくてはならない。 いっぺんに目が覚めた。(笑)





冷蔵庫から食材をかたっぱしから出し、中身を確認し、後ろにあった食器棚から皿を出し(数は少ないが洗ってある)狭い流し台の中に皿を重ねながら分けて盛り付けていく。

 

 

ふと見れば流し台の延長線上、一番右端。 モノに埋もれて気づかなかったが、

「あら、レンジなんてあったんだ」

それもダイヤル式のチョ~古いタイプ。(笑) 今時こんな古いタイプ使っているところはないと思うぞ。




しかしレンジはありがたい。 皿盛りにした天ぷらをさっそく入れてダイヤルを回す。 5分くらい入れてみっか。


レンジのスイッチを入れておいて、サラダや豆腐や煮物や持てるだけの皿を重ねて持って、階下へ運びおろす。 
あぁ、、階段が辛い、、、(~_~;)

お盆らしいものもないので初回は両手に皿を重ねて持って、階段を降りるしかないのだ。
下の部屋からお盆替わりのハッポーでも持ってこなけりゃ。。。

次回またやるときは実家のそば屋から出前箱のでかいのを借りてこよう。あれなら大洋皿8枚は入る。
というか、次回はもう体力的に(このようなお手伝いを)受ける体力の自信がない。

 

 

 

休憩室は扉が閉まっていた。 扉を開けると、いかにも ”昨晩、飲み会やりました!” って匂いが立ち込めていた。

うあぁ~!! この匂い! お酒とビールとタバコとシマエビとその他食材の混ざり合った独特の香り♪  たまらん。


食材の皿を置くと、 さっさと数か所の窓を全開にする。 外の冷気が入り込んでくる。 

うわ! 寒!! さすが山奥!


部屋の中に人の気配はない。。。   まだテーブルの上には昨夜の残骸が結構残っている。


持ってきた食材の皿を寄せながら、逆に汚れ物をかたっぱしから手近のハッポーに入れ、浴場近くの洗い場へ運ぶ。 
思ったより腰痛は重症だ。  「急がなければ」という気持ちと裏腹に、思うようにテキパキ動けない。



一回目の食器を洗い、会場である休憩室に戻り、味噌汁用に鍋に湯を入れガスコンロに火をつける。 そうしながら部屋を片付ける。 そして同僚の姿を探す。

同僚、どこで寝てるんだ?

するとツイタテの陰、座布団を数枚積んだところで人影が動いた。   

あ、同僚がいた。。。^_^;  ごめん。寒かったでしょ。m(_ _)m  お風呂へ入ってくるというので「行ってらっしゃい」



次のおかずを取りに2階流し台へ戻る。 レンジがタイミングよくチン♪となった。
あん? あれから10分以上たってないか?


出してみると、まったく温まっていない。(-_-;)  もう一度、5分入れた。

 

娘が起きてきたので運ぶのを手伝ってもらい、再度往復。

次の皿を取りに来た時に、レンジの中の皿を取り出してみるとようやくホンノリ温かい。時間かかるなぁ。 

ほんとに使えるのか? いつの時代のレンジなんだ!!


しかし、わずかでも使える(温まる)のであれば、繰り返し入れるしかない。 まだ天ぷら盛り合わせが2皿、煮物が2皿残っている。 
いっそ鍋に入れてガスにかけた方が早かったか??



ブチブチ文句を言ったところで時間は待ってくれない。

時計を見ると5時半。 あぁ、急がないと。 
何人かの人が既に荷造りを終えたようで、部屋を出始めている。



味噌汁用鍋はそろそろ沸いてきたようだ。 

もう一か所のコンロには、水を入れたヤカンを載せ、火を入れる。 こっちはコーヒーとお茶用ね。


その頃、M奥様が部屋に入ってきた。 おはようございます。


前回は私が寝坊してM奥様に起こされてしまったが、今年は私の方が早かった!  < だから何? と言われるが。(笑)

味噌汁はM奥様にお願いしちゃう。 ”動き回る頻度” をなるべく少なくしてあげないと、私で腰痛の度合いがこの状態だ。 M奥様はまだ堪えているだろう。




今朝の献立は、キノコの”タモギ”と長ネギのお味噌汁。 コリコリして美味しいですぞ。 

そして昨晩の残りになってしまうが、キャベツサラダはドレッシングを混ぜ込みコールスロー、ゴマドレサラダなどに変身。

納豆、漬物、味のり、天ぷらの残りで申し訳ない、煮魚・・・

ああ、これこれ、大事なもの。 息子の提案もあり、ほぐし焼き鮭とイクラのしょうゆ漬けが登場。サケとイクラの親子丼。 朝から贅沢!!(笑)

なんとか朝食開始時間に間に合って、はい、がんぼの号令で(笑) 「戴きます」

 

イクラしょうゆ漬けは、今回がんぼ家の味付けでした。 いかがだったでしょう? 

 

午前7時。

お客様方は本日のスケジュールをこなす為、早朝出発。

片づけもそこそこに、お見送りのため一旦外へ。

今日は天気もよさそう。 

ゆっくり話をする時間もあまりなかったけど、また来てくださいね。 次にはシシ鍋、出来立てが是非食べたいです!



何からそんな話になったのか(シシ鍋か?) イノシシ生まれがひと回りずつ、年代順に5人もいるということになり、年代順に並んで写真を撮ることになりました。(笑) オモシロイ記念写真になりましたね。

この後、群馬の軍団はサロマ湖経由で空港へ入る予定ということ。 







M氏を先頭に8人の群馬勢を送り出し、さて、私たちもごはんにして、後片付けに入りましょう。

残ったおかずとお味噌汁で少しゆっくりご飯を食べた後は、すべての食器と道具を洗って片づける。

借りた食器類は瀬戸瀬温泉の調理場へ。 持ち出したのは私なので、しまうのも私。 というか、出した人間でないと『どの食器棚から出したものかわからない』から。

休憩室→洗い場→調理室→休憩室→車→休憩室→洗い場→調理室→・・・ と続く。


それでも皆文句ひとつ言わず、よく頑張ってくれました。ありがとうね。


午前10時。(頃だったと思う。もう覚えてない。)

全ての片づけを終え、積み込みを終え、休憩室の忘れ物、窓の閉め忘れ、調理室の片づけ、洗い場の始末などを確認、事務所の管理人さんに「お世話になりました」と挨拶をし、車に乗り込・・・ 腰がもうダメ! (笑)

もう立てない座れない。予想以上に痛手。 運転席に、いつものようにストンと座れない。 激痛です。(-_-;) 
それでもようやく腰を落ち着け、とりあえず出発。

約20分後、市街地へ入る。 西町で同僚を下ろし、それからさらに5分後、自宅前へ車をつけ、積み込んできた全ての道具(鍋フライパン、道具の引出し、調味料、食材残り、撮影機材、道具他)を、やっとのことで一人で家の中へ。 
そして駐車場へ車を置いてきて家に入ると、ヨロヨロしながら片づけに入る。 
もう急ぐ必要はないのだが、一つ片づける度に座り込み、放心状態だ。(笑)

 

終わったなぁ~。。 何だか大変だったなぁ~。。 でも面白かったなぁ~。。♪


 

 

 

 

 

 

 

 

群馬岩宿歓迎、瀬戸瀬温泉宿泊イベント2011。 とりあえず何とか終わりました。

かなり愚痴っぽくなってしまった記録ブログ??でしたが、来て下さった皆さんに、美味しく食べてもらえたなら本望と思います。 
がんぼのブログの愚痴に懲りず、どうぞまた来てください!  

今度はシシ鍋、出来立てを食べたい!! 2年後をお待ちしてますよ~!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.s

 

翌朝、 起床時、激痛の腰のため動けず、ベッドから落下。

 

 

 



 

 

 

痛みが和らぎ、通常の生活に戻れるまで約1週間。(笑)

 

 

年齢を実感した数日でござんした。(^^ゞ


焦らすなよ

2011年08月03日 10時29分52秒 | 仕事/作業

朝、いつものようにPCの電源を入れる。 

メールソフト起動&チェック。 
相変わらずたいしたことのないメールが山ほど届く。 後でまた整理しなくちゃ。

ブラウザ起動&ニュースチェック。
名神高速で戦車車載トレーラーにトラック追突横転。
ひゃ~! 見たかった! < そういう問題じゃない。

 

 



昨夜の作業の残骸を片付けつつ、ケットルに水を入れガスコンロへかけ、火を入れて、今日の仕事の予定を頭の中で再確認する。


お湯が沸き、マグカップにコーヒーを入れ、PCの元へ戻ってくる。




さてと。










あれ? ネットつながってない??

ついさっきメール取り込んだばかりなのに?



再起動してみるが、状況は変わらない。

おいおいおいおい、困るぜよ。何があった?

その後1時間近く、あれやこれやと調べまわる。
PC本体の裏ケーブルの抜き差し、ルータモデムの再起動、ケーブル交換・・・


再起動。 変わらず。

もう1回線のADSL。 異常なし。

もう一度本体へ戻り、ネットワーク確認。 ローカルエリア接続。。。されていません。(T_T)

断線か? でもルータ←→PC本体のLANケーブルコネクタランプはついている。

支払・・ 昨日ちゃんと払ってきたばかりだ! これで止めたら訴えてやる!

同僚に助けを・・ いやまてまて。単純な原因かもしれない。

ADSL回線ケーブルをつなぎかえ・・・ 届かん!

ADSLはつながっていて、ひかりがつながらない。


アレンジOK!素材集使用

 

ひかり・・ひかり・・ひかり??

すぐ近くにある電話機(ひかり電話)を確認した。 受話器をあげてみる。 あ、ツー音がない。 
電話故障か? つまりひかり回線異常か?


問題なく繋がっているADSL通信のPCに画面を切り替えNTT東日本ページで故障情報を探した。

「遠軽センター8時59分より故障発生・・」 ・・・

原因はこれかい。

 

 

 

対応方法が書いてあり、PCは15分ほど置いて再起動(もうやってるわい) 電話は30分ほどで復旧しますとのこと。

 

BフレッツPCへ戻り、もう一度再起動すると、ネットが無事に接続されインターネット画面が現れた。

そして、電話機もいつのまにか、プレビューウインドウに「待機中」の文字が現れている。

 

戻ったのだ。

 

 

 

焦らすなよ。 今使えなくなることは非常に困るのだ。


瀬戸瀬奮戦記・・⑨

2011年07月30日 23時30分58秒 | 仕事/作業

食事が始まった。
お客様方はそれぞれ飲む人あり、食べる人あり、しゃべる人あり。

お椀にホタテ稚貝の味噌汁を盛り、ごはん茶碗や平取り皿に炊き込みご飯を盛り、
娘や瀬戸瀬奥様、M奥様、私が交互にお盆に数個ずつ載せお客さんの間をぬって歩く。

「炊き込みご飯いかがですか? 稚貝のお味噌汁いかがですか?」


ひと渡り、めぐって歩き、要望がなくなった頃、

ようやく自分も  「食べる! 飲む! ビールちょうだい!」(笑)  < 少しは遠慮しろよ

おそらく食事が始まってから30分ほどは経過していたと思う。 時間的にはほとんど記憶がない。




開いていた場所へ座り込み、「お刺身~♪」 (お刺身大好き人間なのだ(笑))

ホタテを3つ4つ立て続けに戴いた。 そしてビールを2杯ほど立て続けに戴いた。 < 飲んベエではありますが、足腰が立たなくなるほど酒乱ではございません。 自身の名誉のため言い訳をしておきます。

その間にも 「シシ鍋、温まったかな」 「グラスが足りない? はいはい」 「あ、ごはんお代わり、ハイ待ってね」 と気持ちはくるくる落ち着かない。(笑)



だがその頃、会場内はある程度作業も落ち着き、お手伝い下さった瀬戸瀬奥様方は 「お風呂戴いてくるわ~」 と次々洗面道具の入った手提げなど持って姿を消す。

食べることに一段落し、飲む人は飲む、お風呂に行く、部屋に移動する人はいる、という具合に、一区切りついたのを確認した。


あまり大っぴらに片づけ始めると、残って飲んでる人たちも落ち着かないよね。 

玉子焼きでも作るか。

間に合えば、朝、焼こうと思っていたのだがこの調子だとおそらく無理だろう。 > 私が。
今焼いて、冷蔵庫へ入れておけば大丈夫だろう。

シシ鍋を温めていた鍋を載せていたガスコンロを、盛り付けに使用していたテーブルへ移動。
持ってきた玉子焼き用フライパン(そこまでやるか!(笑))にて3個ずつ2回に分け焼き上げた。

 

中身はシンプル。 塩コショウと薄めのしょうゆ。

 

するとM氏に呼ばれた。「Tちゃん、ちょっとちょっと。」 「はい?」 「ちょっとおいで」


行くとKさん、Sさんに囲まれる格好で 「ブログ、見てます!」 と言われた。 「は・・・^_^;」 恥ずかしい!

聞けば今回来てらっしゃる方々は皆、前回北海道へ来たイベントの際のがんぼのブログをプリントアウトして回し読みしてきたとのこと。
それまたご丁寧にプリントを見せてくれた。   は、、、恥ずかしい!!



だって、改めて考えてみてくださいませ。 誰が見ているか構わず、書きたいことを書いているのに、それを「見てます」という人が目の前に何人も!

ぎゃ~~~・・・・・





それから数人のお客様といろいろと楽しい話を数十分。 こんな素敵な時間、いいですね(*^^*) これが楽しみなんだなあ~。

しかし時間はあっという間。 

 

お風呂から戻ってきた瀬戸瀬奥様達が「じゃあこれで」

「あ、ありがとうございました。 本当にいろいろお世話になりました。助かりました!」   m(_ _)m

ご苦労様でした。 

 

 

 

 

 

 

でもね。

 

 

 

 

 

片づけはこれからなんですよ。  結局、4人程度で片づけをすることになる。

まだまだ宴は終わらない。 席はポツポツ空き始めたので、少しずつではあるが縮小を始めた。


明らかに主のいなくなった席の食器を引き取り、大皿に中途に残った食材を一か所に集めていく。

そしてアレンジ可能な食材は、ひと手間加えて、明日朝用に皿に入れ替える。

空いた食器はある程度まとまると、洗い場へ持って行ってかたっぱしから洗い、また持ってくる。明日の朝また使うためだ。


そうするうちにも、一人また一人と頭数は減っていく。




 

 

何度かめに、M奥様が部屋へ入ってきて、お腹に手を当て 「いや~、お腹が痛いわ」 と口にした。

「え?お腹?  大丈夫ですか?」

私はてっきり、胃か腸から来る痛みと思って聞いたのだが、

実はこのあたりですでにもう、M奥様と私の腰・腹部には異変が起きていた。

腰痛だ。

 

 

下ごしらえの作業も含め数日前から中腰で立ったり座ったりを何十回となく繰り返した、そのツケが回って来たらしい。

それもどうやらこれまで経験したことのない痛みとしてだ。

 

 

 

私自身は既にもう数時間前、食事が始まった当たりから、立つ座るという行動が非常に辛くなってきていたのだが、何とか動いていた。

”テーブルに手をついて立ち上がる” ことを 「絶対やっちゃダメ!」 と子供らには小さい頃から禁じてきたのに、

それをしなければ、もう自力では立てなくなっていた。


娘と息子は自発的によく動いてくれた。 この二人がいなければ、私とM奥様だけだ。 間違いなく無理だった。


片づけを一通り終えて、寝る前に 「お風呂へ」 と言った時間は正確には覚えていない。 また、部屋に転がり込んで眠ったのも正直な所、記憶にない。 おそらく午前1時頃ではなかったかと思う。


決して飲みすぎた覚えはないのだが、お風呂へ入ったことも、部屋へ入ったことも、眠るまでの行動はほとんど覚えていない。


内容掲示

内容掲示