長い河の流れのごとく

長いようで短かく感じる時間の流れ、その煌く時間の姿を解く

いじめ・自殺

2006-10-30 | Weblog
最近はこの記事が大変に多くなった。社会現象と捕らえては不謹慎かも知れない。しかしこれ以上の被害を出さないようにするにはどうすればよいのか何の手立ても無いのが事実。相手を尊重すると言うような教育が壊れてしまっているのだろうか?それとも自分を愛する気持ちが希薄になっているのだろうか。何かの本で読んだことがあるが、15歳は人生の全てが判る年齢だと記されていた。また自殺者の心理は現実社会逃避型自己美化の究極とも記されていた。本当に強い自分を創ると言うのは意識しないでも自然に備わっているように思うが、何が欠如したのか自殺者が多いのには驚いている。死は自己否定以外の何者でもない。自殺希望者?たちよ、死ねば何にもならないと言うことを知るべきです。夢を見て、追いかけてそして成功する。夢が敗れたときその先に又新しい夢が見える。そんな感覚の中で人類は生きている。そういう現実体験の繰り返しがあるからこそ楽しい人生があるのです。ダウンシーンの無い奴の人生は所詮薄っぺらな人生でしかない。造詣深い人生は人並以上に苦しみ、悩み、克服したものが持つ独特の風格である。思い悩んだときは命まで捨て去るようなおろかな行為だけはやめていただきたい。そして夢に向かって前進してもらいたい。

07年問題?

2006-10-30 | Weblog
大量退職の時代。景気は良くなると思います。あらゆるところで。そうゆうタイミングです。長期スパンで考えると向こう10年は大変景気がよくなりそうです。この間に、少子化に歯止めをかける政策が実行できれば10年以上の景気拡大はありそうです。

釣り・再

2006-10-28 | Weblog
先日に続き昨夜も釣りに出かけた。やはり太刀魚釣り。現場着17:30。ずらりと釣り人が並ぶ。どこで釣ろうか悩む。そうしているうちに幾人かが帰った。そこで釣りを始めた。べたべたの凪状態の波。こんな日は釣れそうも無い。と思いつつ釣りを始めた。ヒット。気をよくし釣りに没頭。気がつけば針「仕掛け針」がもうなくなった。19:00になっていた。家路に着いた。釣果、数えてみると12匹で有った。よく釣れたな~と思う。明日は寿司を作ってもらおうか。そのうち又、釣りに出かけようかな。

核武装

2006-10-26 | Weblog
核爆弾の爆発過程を考えると核で武装すること自体が非常に危険である。目的地に着弾爆発と言うのは火薬による爆弾だ。核爆弾は少し違うように思う。素人である私が言うのも変ですが、広島の場合上空XXmで炸裂と言うことでした。これは何を意味するのかと不思議に思っていた。核反応の時間と言うものがあるようだ。と言うことは、発射に鍵が幾重にも有っても発射すればどこで爆発するかわからないと言うことではないのか。発射から数秒で臨界反応する妨害装置を開発すればそれは発射した国の上空で爆発させることになる。そんな妨害装置を開発していたら核武装は割りに合わない兵器と言うことになる。そんな冗談的な発想は無いと思うが出来るのならば日本で開発したいものだ。唯一の被爆国が核不拡散に手を染めるのであればそのような妨害装置を作るのは世界平和のためになる。

社会保険庁・記録漏れ

2006-10-26 | Weblog
何時も後手後手になって問題の発覚。個人の年金記録があいまいなまま、年金を支払う。根本的におかしな金の流れがあるのは事実だが個人の記録の整備が出来ていないと言う問題は基礎年金に引き継いだときに発覚したのではないか?それが今になってまだ整備されていない?引継ぎ業務の洗い直しを何故やらないのか。公務員が故の体質と言うのはよくわかっているが腹立たしいのは私だけであろうか。そんな組織は良いとこ取りで不要なものは全て消滅・解体・解散すればよい。そして国税庁に全て移管すれば新しい法律を作ったりする必要が無くコスト削減、ひいては国の強権力の問題も解決できる。それと公務員の身分と言うがそんなもの関係ないですね。組織が解散すればそれは何の意味も無いのが常識と言うものだ。公務員と言う特殊な身分と思うこと事態が非常識であることを今こそ本当に考えなければならない時代です。昨今の不祥事を見てみなさいよ。一般社会では考えられないことが常識として通る。
とにかく記録漏れに関しては全て説明責任があるのですから完璧な対応をしなくてはならない。それが出来ないのならば社会保険庁は全て解散・人員は全て身分剥奪。新制度作る必要があるのか?ももう一度原点回帰すべきです。

釣り・空

2006-10-25 | Weblog
最近、釣りを再開した。趣味の粋にはなっていないが興味本位で楽しみでやっている程度の釣りである。近くの岸壁で夕刻5時から7時前後まで二時間ぐらいの釣りです。好きな人は朝から夕刻まで釣っているようだ。私の場合は時間的には5~7時がちょうど良い。今は太刀魚がよくつれます。指三本以上のサイズが多い。昨夜も7匹吊り上げた。最大のものは指四本より少しだけ大きかった。回遊してきて釣れるのに時間がかかると聞いているが夕刻は腹が減っているのか10分もすればあたりがある。えさはキビナゴだ。小さいものより大きいサイズのものが良い。釣り人は常連さんばかりと聞く。最初は釣れなかったが色々な人の話を聞き仕掛けを作る。やはりその場所の魚は場所にふさわしい釣り方「スタイル」があるものです。釣り上げた太刀魚は刺身・寿司ねた・天ぷら・酢の物・澄し汁などさまざまな料理方法がある。特に刺身は癖が無くうまい。寿司にすれば大変よく酢が乗り旨い。今日も気候がよければ行こうかな?釣れているときは魚との勝負。釣れるまでは薄暗い波を見つめ、自分を見つめ心が空っぽになる時間だ。私には、空っぽの時間を作りたい時には釣りが一番良い薬だ。「我、唯一人釣りを楽しむ」・・・か。

振り上げた拳

2006-10-13 | Weblog
国際的な利害関係としての経済の流れ。その基本姿勢としての思想がある。ある国の今回の行動は激震が走った。その行動に対しきわめて偽善?的な言葉が先行している。「制裁」と言う言葉。好きではないが使う者に力(暴力以上のもの)があって初めて効果がある言葉である。国がこの行動に出て追い詰められた国の自制心が外れたとき戦争となる。今の日本は北の攻撃に耐えうる力があるのだろうか?平和憲法が無くて本当に攻撃を受けたならば迎え撃つ能力があるのか?国民の大半は戦争の放棄と言う形で逃げるであろう。ボクシングの世界でよくわかっていると思うがハングリー精神の無いものは必ず負ける。今の日本はどこかの国に助けてもらうことを基本に行動しているのは事実。日本の本当の立場を全世界に理解を求め、啓蒙し了解を取り付けるのが大切ではないのか。核の不拡散・管理の透明性の確保・担保として国連常任理事国になると言うような基本の姿勢を打ち出すべきである。世界の平和のために日本がすべき行動は「制裁」ではなく「対話」である。おかれた立場の違いと思想の違いがあるのかも知れないが「制裁」と言う振り上げた拳に確かに今は世界が同調しているようではあるがいついかなる理由でこの歩調が乱れるかも解らない。そのときこの「拳」をどのように収めるのか考えておかなければ日本の国が本当におかしくなる。「鳩」が「鷹」になれば必ず「平和」が「混乱」になる。くしくも少子高齢化に突入する時代、人生で考えると還暦。「耳順」の年です。もう少し心静かに考えて行動する勇気があってもよいのではないでしょうか。

太陽暦・太陰暦

2006-10-12 | Weblog
暦には太陽暦・太陰暦がある。人の自然な営みは太陰暦の周期によるようです。バイオリズム。全てのリズムは月の満ち欠けにより決まる。占いの基本もその辺が基本になっているようだ。今回の北の行動もそのリズムに乗って行動していそうな気配です。20,21,22日あたりが怪しく思えています。闇夜ですから。刺激は少なくすると出てくるものは少ないが、与えすぎると何をするかわかりません。ねずみが猫をかむこともあるのです。一回に色々な形のミサイルが発射されたならば、全面戦争に突入してしまいそうです。第三次世界大戦開戦は避けなければならない。制裁は適切な形にとどめるのがよいように思う。ただ核兵器の問題だけは的確につぶさなければならない。

代理出産

2006-10-11 | Weblog
代理出産について裁判が行われているが、どのような結論が出るか。また何を望んで裁判をしているのか。子供の幸せを望んでいると言うことが言われるようだが、それは反対に親の幸せを望んだ裁判でもある。本当の幸せは真実である。今回の出産が正常な出産の子供でないのは明らかである。よって判断は裁判の結果に任せるとして、私自身としてはその子供が大きくなったときに真実が曲げられていたことを知るよりも正しく出生を記述するほうがよいように思います。そして親子の判断の書類は確実に残し、養子縁組の手続きのほうがよいように思います。自身の子(DNA)ではあるが借り腹出産は事実、出産母体が母である。子供が大きくなれば真実を打ち明けてもよいではないのでしょうか?

「核」実験成功 ?

2006-10-10 | Weblog
核実験成功と当時国は発表したがその証拠が出ない。失敗か。しかし成功と失敗の評価は当時国が決める問題である。世間に通用する基準の無い国の発表だ。失敗でも成功とすればその威力は世界経済に大きな影響が出る。これが国が持つ発言力だ。形を変えたテロ行為なのかも知れない。今は国際的に分析してその真偽の評価最中だ。核実験が成功?したとして次の手はなんだろうか。形の違う実験とミサイルに搭載し発射するのだろうか。かの国が手に入れた評価は核の保有。出来上がった放射性物質が不良でもミサイルに搭載すればそれはそれで相当な脅威になる。汚い爆弾だ。最悪の爆弾が出来る。そんなものでも搭載してミサイルの発射を考えているのだろうか。そして現実に発射するとしたらいつであろうか。おそらくアメリカの中間選挙をターゲットにしそうだ。標的はアメリカ、日本、韓国の可能性が高いように思う。経済的に孤立してしまった北。何が何でもその解除を望んでいるはず。食料不足は援助物資として受けていたがそれもこの実験で滞る。追い詰められた者は何をするのか考えただけでも空恐ろしい気がする。早く指導者が目覚めて国際社会に復帰してほしいものだと思う。

分祀論

2006-10-05 | Weblog
靖国のこと。遺族会と政治。遺族会と神社。政治と神社。三者の思惑と国民感情。皇室と神社。皇室と国民感情。皇室と遺族会。大変な精神世界の問題が今尚くすぶる。政治と宗教の切り離しは合憲。国の予算で助成しているものを取りやめることがまずは大事。遺族会と政治も切り離すのが大事。神社と政治を切り離すのが大事。全てを切り離し神社の意向に任すと結論が見えてくるように思う。そうすれば結論が早く出る。単独の神社にしてみてはどうだろうか。神社と言っているがお寺である。戦争で亡くなった方だからその功績に対し真摯な気持ちで神とし祀るから神社とした。戦争指導者の分祀が叫ばれているが神社側は分祀の意思は無い。結論が出ているものに話し合いは必要は無い。そのままで国費の投入はやめるのが妥当と思う。これを政治に利用している現実があるから話がややこしくなるのではないだろうか。浄財で成り立つのが神社・仏閣の本来の姿。本来の姿に戻すと諸外国からは何も因縁をつけられる必要も無いように思います。

製品安全評価基準(化粧品)

2006-10-03 | Weblog
今中国で某化粧品会社の商品に対する批判が相次いでいる。暴動寸前であるが、中国の安全基準は何か問いただすべきときが来た。国際貿易において国境が無くなった商品は世界中で流通している。日本の製品がボイコットされたのは少し品質が悪かったのかどうか解らないが相当な基準で製造しているように思っている。そして最終検査の技術も相当な精度で出荷していると認識している。しかし全ては製造物であるので万が一の瑕疵があったならばそれは謙虚に受け入れて製造物責任を取らないといけない。国際基準に適合し安全基準を満たせば堂々と商品を販売してよい。何も謝る必要も無い。商品回収をする必要も無い。今回の化粧品会社の対応は品質が悪いと認めてしまった行動だ。国内の商品に間違いが無いのか少し不安になる行動だ。いよいよGHS-MSDSがスタートする直前でこの事件は今後大きな波紋がありそうだ。科学物質が0.1%以上含有の製品の安全基準が規定される危険有害情報の開示。化粧品会社は相当苦労しそうな今回の規制。でもそれをクリアしないといけない。中国は今回この辺を追求してきたのではないだろうか?それを回避すべく製品の回収を始めたのなら某化粧品会社の商品の危険性は自ら認めた行動になる。これから国際的に流通する商品の検査業務は貿易の新たな障壁になる。が検査業務の品質と精度も国際標準があるのか少し何か痞えるものがある。このことを悪意に捕らえたら摩擦の火種になる。グローバル化と言う言葉の意味は相当に重いものがあるように思います。

時効・加害者・被害者・判決

2006-10-02 | Weblog
いくら考えてもやはりおかしい。殺人事件については時効が成立すると言うのは。被害者、加害者ともに時効はありえない。当事者の問題ではあるが。この殺人の「時効」に限り適用しない法律の改正が必要なように思う。そうでないと法を守る歯止めが利かないようになる。特に殺人事件については加害者の保護的職業が反映されて被害者の人権が無視された一方的な判決になっている。ずる賢いのが生き延びる日本国になってはいけないように思います。「美しい国作り」スタートはまず普通の感覚を早く取り戻し、法令を遵守し生活環境を安全なものにする必要があるように思います。その為にも、こと「殺人」と言う憎むべき罪に関し法を法とし執行できるように「時効」の考え方をまともにしないといけない。これらに関し死刑制度の考え方も普通に守る国にしないといけない。

臓器売買?

2006-10-02 | Weblog
移植の記事で臓器の売買が行われたのはとんでもないように思うが、少し前にはよく闇金融の取立て屋が「○○を売って返せ!」と叫ぶ荒っぽい声が放送された時に本当にそんな取立て方法があるのか?と思っていた。今回は内容こそ少し違えどもそんなことが現実に起こっていたのは大変に驚いた。映画のシーンを面白おかしく仕上げるための演出程度と認識していた私はショックです。この事件は本当は氷山の一角でないのかと疑心です。水面下では相当数現実的に臓器売買があるのではないのかと思う。臓器売買と移植の実態関係は何も解らない。近い未来には新鮮市場に臓器販売所?ができるのではないのかと思う。そんな世の中が出現しそうな今度の事件です。移植の先進国に行けばたいていは移植して帰ってきていますが本当にそんなに都合よく移植ができている実態の裏側はやはり売買で成り立っているのではないかなと少し疑う目を持った。当事者の気持ちはわからないでもないが、究極的にはやはり生命倫理の問題が付きまとうことのように思います。