本を一冊いただきまして、
読んでみるとこういう記述がありました。
シビックプライド。
市民が都市に対してもつ誇りや愛着をシビックプライドというが、
日本語の郷土愛とは少々ニュアンスが異なり、
自分はこの都市を構成する一員で
ここをよりよい場所にするために関わっているという意識を伴う。
つまりはある種の当事者意識に基づく自負心といえる。
この少しの当事者意識のようなところがポイントのような気がします。
今の世の中、身の回りのことに、
〝憂いをもっているような気分〟の人はとても多いと思います。
しかし、実際のところは誰かがなんとかする問題、
と思ってしまっているのではないでしょうか。
例えばシビックプライドという言葉を、もっと身近に、
タウンプライド、と置き換えてもいいかもしれない。
あるいは、範囲をひろげてナショナルプライドとしたらどうなるか。
自己効力感、
自分の存在や行動が何かに作用していくんだ、という感覚をもちながら、
ひとりひとりが日々を過ごせるようになると、
世の中変わっていくだろうし、
そうでないと、実際は何も変わらない、
ということに気がつかなくはならないと思います。
自分のできるこんなちいさなこと、
それぞれのチカラを持ち寄って、
全体最適していく社会…
政治の力、誰かのチカラでいまさら世の中、良くなんてならない、
そう思ったほうがいいのではないでしょうか。
ちなみに本のタイトルは、三浦展 著「愛国消費」。
最近の消費動向の背景にある心理などについて書かれています。
シビックプライドに関する記述は別の本からの引用として掲載されています。
タイトルからは「えっ?」って思う方もいるかもしれませんが、
政治的ナショナリズムとは関係ありません。