今朝になって雨風も止み、少しばかりの太陽が顔を覗かせていた。
台風による大雨で大和川が氾濫する可能性があるとのエリアメールが飛び交った昨晩。
一時はどうなるかと心配もしたが、何とか持ちこらえた様でヤレヤレだ。
とは言え、実際にはどうなっているのだろう。
そんな好奇心もあって、比較的近くまで車で近付ける南海高野線の大和川鉄橋まで行って来た。
昨晩は氾濫の可能性があるとまで言われていた大和川だ。
行ったところで堤防への立ち入りは出来るのかと一抹の不安があった。
しかし、特に規制はされておらず、堤防から川の様子を見てみると…

水嵩がエゲツない事になっていた。
私のお気に入りである下から見上げるアングルの立ち位置は水没していて、堤防下へ続く階段が途中で濁流に呑まれてしまっていた。
この歳にして初めて目にする光景である。
列車は走っているのだろうか。
そう思いながら暫く眺めていると、意外と多くの列車が行き交っていた。
ただし、この水嵩である。
鉄橋を通過する列車は、かなりスピードを落として徐行での運転だ。
ダイヤはかなり乱れているはず。恐らく時刻表は役に立つまい。
まあ、今日ばかりはこの光景の記録が優先。通る列車は二の次だ。
そんなつもりで三脚を立てて待っていると、思い掛けない列車がやって来た。
通常なら7時45分頃に通過する8連特急の「りんかん1号」である。(
TOPの画像)
撮影時刻は8時23分。やはりダイヤは乱れていた様だ。
所どころに青空が覗くものの、空の大部分は黒っぽい雲に覆われていた。
しかし、列車が通過する直前にスポットライト的な光線が鉄橋全体に当たり、何とも言えない様なカットが撮れてしまった。

その後、暫くネバって、これまた晴れ間を突いてやって来た6000系の8連を撮影。
少しアングルを変えようと試行錯誤している内に、若干残っていた青空が完全に消えてしまい、雨がパラついて来そうな雰囲気に。
いくら記録とは言え、無理してまで撮る必要は無いと判断して今日のところはこれで撤収したのだった。
明治33年に単線用として現上り線側が架橋され、その後、大正14年に下り線側を追加されたこの大和川鉄橋。
これまでに何度、今回の様な大雨に耐えてきたのだろうか…
台風による大雨で大和川が氾濫する可能性があるとのエリアメールが飛び交った昨晩。
一時はどうなるかと心配もしたが、何とか持ちこらえた様でヤレヤレだ。

とは言え、実際にはどうなっているのだろう。
そんな好奇心もあって、比較的近くまで車で近付ける南海高野線の大和川鉄橋まで行って来た。

昨晩は氾濫の可能性があるとまで言われていた大和川だ。
行ったところで堤防への立ち入りは出来るのかと一抹の不安があった。
しかし、特に規制はされておらず、堤防から川の様子を見てみると…

水嵩がエゲツない事になっていた。

私のお気に入りである下から見上げるアングルの立ち位置は水没していて、堤防下へ続く階段が途中で濁流に呑まれてしまっていた。
この歳にして初めて目にする光景である。
列車は走っているのだろうか。
そう思いながら暫く眺めていると、意外と多くの列車が行き交っていた。
ただし、この水嵩である。
鉄橋を通過する列車は、かなりスピードを落として徐行での運転だ。
ダイヤはかなり乱れているはず。恐らく時刻表は役に立つまい。
まあ、今日ばかりはこの光景の記録が優先。通る列車は二の次だ。
そんなつもりで三脚を立てて待っていると、思い掛けない列車がやって来た。
通常なら7時45分頃に通過する8連特急の「りんかん1号」である。(

撮影時刻は8時23分。やはりダイヤは乱れていた様だ。
所どころに青空が覗くものの、空の大部分は黒っぽい雲に覆われていた。
しかし、列車が通過する直前にスポットライト的な光線が鉄橋全体に当たり、何とも言えない様なカットが撮れてしまった。


その後、暫くネバって、これまた晴れ間を突いてやって来た6000系の8連を撮影。

少しアングルを変えようと試行錯誤している内に、若干残っていた青空が完全に消えてしまい、雨がパラついて来そうな雰囲気に。

いくら記録とは言え、無理してまで撮る必要は無いと判断して今日のところはこれで撤収したのだった。

明治33年に単線用として現上り線側が架橋され、その後、大正14年に下り線側を追加されたこの大和川鉄橋。
これまでに何度、今回の様な大雨に耐えてきたのだろうか…