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第二次世界大戦 31

2010年03月25日 | 日本近代史
満州帝國と上海などに居住したユダヤ人達はその後、戦争下でも
保護されて戦後まで生存が出来たのです。悪名ばかりがはびこり
悪い軍隊の代名詞とまで呼ばれてきた関東軍の判断と選択なのです。

この時期に杉原氏は満州で関東軍との接触が在ったろうと思うのです。
ユダヤ人に対する軍の調査はヨーロッパ方面では不十分です
外交官からの広い情報を希望した事は容易に理解できます

軍の命令下となるのは断ったでしょうが関東軍全体の考えはおおよそ
理解していた事と思います。ユダヤ人を排斥する事はしないと。
日本軍がユダヤ人達を救援した事はソビエトも知っていたでしょう

日本が書類上ユダヤ人入国を認めれば現実に入国を許すだろうという
判断が可能だったのです。ドイツと日本に対する微妙な関係を考えて
日本のビザを持つならソビエト通過を認めてもドイツとの関係悪化は

避けられる。だからこそ日本のビザが実効性を持ったのです。
オトポールとは違い今度は日本が注視している。
酷寒の荒野へ追いやる事は出来なかったのでしょうね

杉原ビザの人達は満州帝國へ上海へアメリカへとそれぞれ進みましたが
貧しい人々は日本勢力圏内にとどまる以外に行き場は無かったのです。





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