キリスト者の慰め

無宗教主義の著者が、人生の苦しみに直面し、キリストによって慰めをえる記録

「キリストの十字架」は「神の全能」である!

2009-06-28 17:32:07 | 聖書原典研究(パウロ書簡)
ローマ書は聖書の中心であり、「人間がいかにして救われるか?」を論述した、 人類最大の書であると言われている。 そしてローマ書を読む人は、ローマ書の主題を、 すべての人を救う「神の義」(ローマ書1-17)であると考える。 そして、神の義はイエス・キリストの十字架によって啓示されたのであるから、 3章21~26節をローマ書の中心と定め、3章20節以前を人間の罪を暴いたもの、 3章21節から . . . 本文を読む

救いの条件

2009-06-21 17:02:11 | 聖書原典研究(パウロ書簡)
ローマ書を8章まで読了する。 使徒パウロはローマ書の1章から8章までの間で、 人間が救われる道を諄々と解き明かす。 「信じる者は救われる」という。 この「信仰による義認」が、キリスト教の中心であり本質であるとも言われる。 しかしながら、私は、かかるキリスト教的救済条件を、 原語聖書に見出すことができなかった。 信仰という、何らかの心理的傾向、 信仰という、人間的努力を否定しつつも . . . 本文を読む

キリスト教堕落の決壊点

2009-06-14 17:42:14 | 聖書原典研究(パウロ書簡)
聖書のメッセージの中心、いや全部は、イエス・キリスト御自身である。 すなわち、人間の救いも世界の救いも、キリストという人格にかかっている。 これが福音であり、キリスト教の本質である。 しかしこの福音が堕落して、あるいは教会に救いがあると錯覚したり、 あるいは特定の神学に救いがあると錯覚したり、 あるいは特定の儀式・手段に救いがあると錯覚して、 福音は福音でなくなり、唾棄すべきものとなり . . . 本文を読む

「死に至る罪」はない!

2009-06-07 18:19:12 | 聖書原典研究(ヨハネ文書)
死に至らない罪を犯している人を見たら、その人のために神に願いなさい。 そうすれば、神はその人に命をお与えになります。 これは死に至らない罪を犯している人の場合です。 死に至る罪があります。これについては、神に願うようにとは言いません。 (ヨハネ書Ⅰ5-16・17) 上記の聖句は、ヨハネ文書最大の誤訳である。 上記の聖句より判断すれば、罪は「死に至る罪」と「死に至らない罪」があって、 「死 . . . 本文を読む