若き優秀な科学者であったジョアン ヒントンが、なぜいとも簡単にスパッと、
科学者の道を歩むのを止め、中国の内モンゴルで酪農の生活をするように
なったのか?
自分が開発に加わった原爆を、実際の戦争で使用し多大な人の生命を奪って
しまったその衝撃の事実が、彼女の科学者としての道を奪ったとも言える。
原爆は人生の進路を変えるだけでなく、その後のジョアン・ヒントンさんの人生に
おいて今に至るまで苦しみを間断なく与え続けている。
以前に書いた天才パイロット、クロード・エザリーの人生( 原爆は悪魔からのプレゼントか 1~3 )でも、同じようにように原爆を使用した人間の苦しみが、
その後の人生に大きく暗い影を落としている。
もちろん実際に原爆を使用され被害、被爆された人達の苦しみは言うまでもない。
人間は本来、道具を使用したり、考えたりできる高等動物のはずである。
だからこの地球上にこれだけの発達した人間社会を作ることが出来た。
人間が持つ、この道具の使用や考える能力は人間が幸せに生き延びるために
使われて初めて価値があるというものだろう。
人間に限らず動物でも、命あるものは必ず死ぬ。
人間は高等な知能があるから、皆自分がいずれ寿命等で死ぬことは知っている。
人生を生きていると、受験、仕事、家庭、人間関係とかで毎日苦しみばかりで、
楽しみが少ない人のほうが圧倒的に多いと思う。
死ぬと知っている人間が、そんな苦しみの多い人生でも生きようとしている。
どうせいずれ死ぬのだから、今の苦しみの多い人生を苦労して生きるより、
今すぐ死んだほうがいいのでは? とは論理的には結論できそうだが、
そうではない!
人間には “生きよう、生き延びよう、幸せに生き延びようという本能”がある。
だから毎日の生活に苦しみがあろうとも、皆そんな中を生き延びようとして
いるのでは。
動物でも、植物でも、人間でもみんな“生き延びよう”という本能に揺り動かされて
生きているのでは。
この間の日曜日、家の近くで母ネコが横たわり、母ネコのオッパイを無心に
吸っている3匹の子ネコの姿を目にした。
非常に可愛らしく私の心をほのぼのとさせてくれた。ネコだから人間ほどあれやこれやと考えられないと思うけど、ネコの親は立派に子ネコにお乳を与え、母ネコとして子ネコの面倒を見ていた。これもネコの持っている生き延びようとする本能が自然と母ネコにそうさせるのだろう。
2ヶ月ほど前、私の車は毎日、ツバメの“糞爆弾”攻撃の被害を受けていた。
会社の駐車場で私が停める場所の上に、ツバメが巣を作っていたのである。
“糞攻撃”の犯人を発見した私だが、思わずツバメの巣に見入ってしまった。
子供のツバメが2羽、仲良く口を大きく開けて母ツバメが飛んで運んでくる餌を待っていたのである。
無心に口を開けて待っている子供のツバメの姿も愛くるしかったが、それ以上に、
飛び回って餌を運んでくる母ツバメに、頑張っているなぁ~と感心したものだった。
ネコやツバメたちも一生懸命に生き延びようとして、子供を育てている。
高等知能を持った人間の親は、パチンコに興じて子供を車の中に置き去りにして、子供の命を奪ってしまうのとは大違い。
高等な知能を持っているがために、生活も便利にしたり、科学や経済も
発達させた人間。
しかし、いつの間にやら“幸せに生き延びよう”という本来の本能から外れ、己の享楽や
エゴ、支配欲、金銭欲に振り回されて、子供の命をパチンコ屋の車の中に置き去りとか、
人間が人間を一瞬に大量に殺戮してしまう原爆・核兵器を作ってしまった。
今日はヒロシマ”原爆の日”。
天才パイロット、クロード・エザリーや、優秀な女性科学者のジョアン・ヒントンの人生を
知って、柄にもなく真面目に原爆について考えていたら、人間の本能に行き着いてしまった。
人間の人間らしい本能に真面目に生きよう!
人間が人間を殺すことは、この本能に真っ向から立ち向かうものである。
世の中にはイロイロな ” オヤジ ”さんが、ブログを書いてますね~^^
原爆・・
しかし雲に覆われて難を逃れた・・
恐ろしい事ですよね
戦争と言う名に置いて
アメリカの人達は戦争が早く終わったと言っている人達もいるそうだ・・
新潟も候補にあがって決定してたみたい。
ただ 南の島から飛行機が飛び立って
いくには距離が遠すぎたから、
最終的に原爆を投下しなかったみたいだよね。
今回オレ竜先生に原爆シリーズ1~5まで得と読ませて頂きました。<(_ _)>。
私達世代がしっかりと次の世代に伝えていかなければいけませんね。
>人間の人間らしい本能に真面目に生きよう!
私はいつだったかな? 8月1日じゃなかったかな?
人間らしい本能、そうですね
こんな真面目なことを書くと
エッチなことが書きにくくなっちゃった~
(笑)