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THE SAPPORO TRANSIT AUTHORITY (S.T.A)

札幌で活動しているブラスロックバンド、STA(The Sapporo Transit Authority)です。

LOWDOWN(JAPANESE&ENGLISH VER.)

2014-07-03 03:01:45 | STAのレパートリー

2枚組アルバム「シカゴⅢ」からの第2弾シングルヒット曲(3:33)

LPでは2枚目A面2曲目、CDでは12曲目に収録。

全米チャートでは1971年4月最高35位をマーク。

日本では初来日決定の報に合わせて「来日記念盤」として発売(B面は「孤独なんて唯の言葉」 2:37),

ジャケットのロゴ・デザインはベスト盤「栄光のシカゴ」を引用。

当時のシカゴ人気は物凄く何と日本語バージョンまでもが7月に登場しました。訳詞にはあの「帰ってきた酔っ払い」でも有名なフォーク・クルセダーズのメンバー、現在は医師でもある北山修氏(本人の直筆歌詞が見開きジャケット内に印刷されています)。

おもしろいのはオリジナル・コンフィデンス・チャートでは英語バージョンよりも日本語バージョンのほうが上位にライクインしていたことです。(B面は「欲しいのは君だけ」)

日本の音楽専門誌にもそのレコーディング風景が白黒写真で掲載されていました。カラオケにボーカルを録音。リードVOのピーター、コーラスのテリー、ボビーの3人(実際にはリーもコーラス参加)日本語VERのみ最後にピーターが駄目押しで「OHH!」と歌っています。

コンポーザーは珍しくシカゴのリズム・セクション、ピーター・セテラとダニー・セラフィンが担当。

どうりでリズムやアクセントが凝りに凝っています。でもそれを微塵も感じさせないくらいのポップ・ハード・ブラスロック。

ピーターお気に入りのカントリー・フレイバーもちょっぴり加味。

情けないくらいに落ち込んだ男の女々しさを歌わせたら右に出る者なしのピーター節全開。

シカゴには強力なコンポーザーが幾人も在籍しているために、ピーターはセカンド・アルバム最終曲「約束の地へ」が自身にとって最後の曲作りになるだろうと言われていたそう。お呼びじゃあないってわけ。で、ある晩、おとめ座仲間でもあるダニーに会って「ロウダウン」を聞かせたそうです。「実はこういう曲があるんだけど、俺たちの力を見せつけてやろうぜ!」と2人は一念発起。

ピーター本人はとても自信を持っているし誇りにも思っている1曲。でもただ1つ残念なのはテリーが「この曲のギターを弾いているのが俺だとは誰にも言わないでくれ」と言ったこと。

実際、1,2テイクのみのハートが込められていない「俺の知ったことか」といった具合に酷いプレイだったそう。(そうはいっても実際には、さらっと豪快にテクニカルなことワウワウペダルも含めてやっていますが・・・笑)後味が悪く、ピーターもその件に関しては不満だとか。

でも初来日公演では歌詞カードを譜面台に載せ、たどたどしく日本語ボーカルを披露。2度目の来日でも再演。そのテイクは「ライブ・イン・ジャパン」で聞くことができます。

また1995年「ナイト&ディ来日公演」ではジェイソン・シェフがピーター以上に堪能な日本語歌唱を聞かせてくれました。

ちなみに日本企画2枚組ベスト「ギフトパック」には日本語スタジオテイクが収められています。LPではこれのみ。その後、CDでは「ハート・オブ・シカゴ」で日本のみ収録が実現。近年では海外レーベル、フライディ・ミュージック発売の「シカゴⅢ」で遂にワールド・ワイドに「日本語ロウダウン」がボーナス・トラックとして収録されました。

 

STAは2014年6月22日(日)アート・スペース・ホールでのライブにおいて初演奏。

数ヶ月前からメンバー全員でスタジオにて試行錯誤を繰り返しながらも、タイミングを見計らって本番に臨みました。

もちろん英語と日本語も歌詞を織り交ぜて。(このことに関してはバンド内においても賛否両論飛び交いました)

数年前のシカゴがスタジオでのリハーサル中に日本サイドからのリクエストで「ロウダウン」を求められ、試しに取り組んだのだそうですが、うまくいかずに断念。

本家の分まで頑張ってSTAは機会を見ては大切にレパートリーに加えていきたいと思います。


OLD DAYS(追憶の日々)

2013-04-13 03:44:37 | STAのレパートリー

シカゴのトロンボーン奏者JAMES・PANKOW作。

CHICAGOⅧ(まだ未ぬアメリカ)収録(ジェームス・ウイリアム・ガルシオ、プロデュース。アルバムは1975年3月発売から3週間以内に全米1位を記録。バンドにとって4作目のNO,1。なおこのアルバムからパーカッション奏者としてラウジール・ディ・オリヴェーラを正式メンバーとして迎え入れています。アルバム特典には白バイ警官と追っかけっこをするシカゴ音楽一座のユニークなデザインのポスター、ジャケット・ロゴのアイロンプリント、また先着順にジャケット・デザイン・ロゴのペンダントもプレゼントと超豪華。当時のシカゴ人気からしたらこのくらいは当たり前でしたね)

この「追憶の日々」はアルバムのラストに収録。LPでいえばB面の5曲目。CDでは10曲目にあたります。

3:29

アルバムからのシングルカットとしてはセカンドシングル。

ファーストカットの「拝啓トルーマン大統領」を、原爆投下の被害をうけた広島のシカゴ・ファンが聞き複雑な胸中を訴える手紙をシカゴ宛に送ったところメンバーたちもショックを受け、この曲のプロモーション&ライブ演奏を一切行わなくなりました(11年間、日本のファンは来日を待つことに)。

そして速いテンポで1975年4月に「追憶の日々」をカット。

通算18枚目のシングル、ビルボード誌によると第1週68位、第2週43位、第3週17位・・・5月に全米第5位が最高ランク。

作者のジミーは多忙なツアーやカリブー・ランチでの作業の合間にこの曲をニューヨークで書き上げました。

彼ならではの胸疼くノスタルジック路線の決定打。

流麗なストリングスはパット・ウイリアムスが担当。

誰もが心の奥底に大切にしまいこんである子供の頃の懐かしい思い出の数々をシカゴ独特のブラスロック・ポップ・アレンジで包み込んで堪能させてくれます。

初期シカゴにしてはリラックスして軽く楽しめる楽曲かと思いきや演奏してみると、やっぱりブラスセクションのアレンジはハイノートの連発、イントロではテリーが歪んだギターに隠し味としてワウの踏込みと曲中ではここぞいうところで切ないチョーキング連発、癖のあるダニーによる切れ味鋭いフィルインとけっこうやりがいあります。

2013年3月30日(土)ライブハウス「ホットタイム」にてSTAは初披露しました。

シカゴ・オリジナル・スタジオ版はエンディングがフェィド・アウトのためSTAはあえてシカゴのライブアレンジとは違う独自のエンディングでまとめています。

STAマサはこの曲を「シカゴ版3丁目の夕日」とよんでいます。

実際、歌詞には「オールウェイズ」と出てくるし。

「思い出す懐かしの子供時代。純粋で喜びいっぱいで愉快だった。映画にコミック雑誌、ジーパンに野球・・・思い出溢れるあの頃に戻りたい。大切にしまっておいた愛と笑いに包まれた仲間たち。夏の夜とおもしろい秘密の隠れ家。まるで昨日のよう。僕の胸に生き続ける良き時代。自由そのものだったフィーリングの日々。魔法の日々・・・・(大意)」

英詩には「REMEMBER」「MEMORIES」「YESTERDAY」「GOLD DAYS」「TREASURE」「FUNNY FACES」「LOVE&LAUGHTER」「FUNNY PLACES」・・・とぐっとくるものがあります。

ところが、これシカゴ・ファンの間では有名な話なのですがリード・ヴォーカル担当のピーター・セテラは「いい歳してハウディ・ドウーディー(海外の子供番組)でもないでしょ!」と屈託の無い歌詞の内容を理由に歌うのを極度に嫌ったそうで実際あまりライブで演奏されませんでした。

もちろん現在のメンバーでのコンサートでは重要なレパートリーとして披露されています。

写真には2枚の国内盤EPが写っています。

非売品でスリー・ディグリーズとのカップリング盤、そして正式シングル・ジャケット。

こちらの右上には応募券が付いていて,景品の輸入シカゴ・ツアー・パンフレットを私は当選しました。

また解説の欄には「シカゴ・ファン・クラブ発足」の告知が。

もちろん即入会してクラブの最後まで会員でした。

ああ・・・あの頃が懐かしいなあ・・・。

 


TO BE FREE(今こそ自由を)

2013-04-08 05:17:30 | STAのレパートリー

トロンボーン&ホーン・アレンジ担当のロマンチストJAMES PANKOW作

シカゴ1970年1月発表のジェームス・ウイリアム・ガルシオ、プロデュースによる2NDコンセプト・アルバム「CHICAGO2(シカゴと23の誓い)」収録。アルバムチャートは全米第4位、ゴールド・ディスク。

1:29

全7楽章からなる壮大なる組曲BALLET FOR A GIRL IN BUCHANNONの第6楽章にあたります。(このアルバムには驚いたことにまったくタイプの違う3つの組曲が配置されています)

CDでいえば11曲目、LPでは2枚組の1枚目B面の7曲目になります。

初期シカゴには多くの組曲やメドレーがありますが、発表後から現在に至るまでライブにおける重要なるレパートリーとして君臨しているのはこの「バレー・フォー・・・」のみです。

もちろん他の組曲も負けず劣らず傑作揃いですがそれらは時代を反映したメッセージ色濃厚な内容ゆえ、やはり人類永遠不滅のテーマ「愛」を掲げた緻密かつポップでスリリングな構成によるこの「バレー・フォー・・・」が根強い人気を保持している模様。

ジミーがウエスト・バージニアのカレッジで出逢って恋に落ちたある女性とのラブ・ストーリーを壮大な展開で聞かせてくれます。

当のジミーはヒット曲はおろか組曲形式も念頭にはなかったそうですが(彼の音楽バックボーンはそうとうに幅広い)ガルシオのアドヴァイスで「曲数が多ければそれだけ印税が稼げる」との理由で全7楽章になったということです(!?)。

そんなことはともかく一切の無駄がないくらいに完璧かつ複雑に表情を変えて進行する楽章はある種、ブラスロックの理想とする究極の域を垣間見たような感激すら覚える位です。

さてその「今こそ自由を」は男女の出逢い、葛藤、不安、熱い想い、そしてロマンチックなバラード「僕らの世界をバラ色に」を通過して甘い余韻に浸っているところを間髪いれず激しいビートで幕開けするのです。

愛を勝ち得た恋人達が自由を求めて飛び立とうとするインストウルメンタルによる演出。

このほんの1分半が濃厚でして、ころころと変化するリズム、唐突なブレイク&フィルイン、ホーン隊による高度な旋律、ベースとトロンボーンのプログレッシブなユニゾンとまったくもってジミーの飽くなき創作能力にはただただ唖然・・・。

でも文句なしにカッコよく何度演奏しても学ぶことが多く、次々に湧き出てくる難関にSTA全員がスタジオで青筋立てて必死に食らいついています。

STAがライブを始めた当初は第1楽章の「僕らに微笑みを」のみでプレイしていたのですがミツ復帰後はシカゴのベスト・アルバム「オンリー・ザ・ビギニング」に収録されているニュー・メドレー「僕らに微笑みを~愛は限りなく(最終の第7楽章)」に進展。

そしてトランペット奏者タツを迎え入れて遂に第6楽章をプラスの3曲合体バージョン「MAKE ME SMILE~TO BE FREE~NOW MORE THAN EVER」を2013年3月30日にお披露目することができました。(「僕らに微笑みを」のエンディングが原曲どおりに復帰)

この組曲はじっくりと時間をかけて練り上げ成長を見守っていきたいと思います。

 

 

 


1968年8月29日 シカゴ、民主党大会~流血の日(1968年8月29日)

2013-02-03 04:16:18 | STAのレパートリー

原題 PROLOGUE,AUGUST 29,1968~SOMEDAY(AUGUST 29,1968)

記念すべきシカゴの2枚組(!)デビューアルバム「シカゴの軌跡(THE CHICAGO TRANSIT AUTHORITY)」収録。

1969年発表、全米最高17位、年内にゴールドディスクに認定される(デビュー作のみバンド名はシカゴ・トランジット・オーソリティ)。

その中でもハイライトともいうべきこのメドレーからなる楽曲はニューロック界、ブラスロックにおいても相当実験的、革新的な作品だ。

LPでいえば2枚目のD面1,2曲目、CDでは10,11曲目に収録。

まずはシカゴ育ての親ともいえるプロデューサー、ジェームズ・ウィリアム・ゲルシオ作の「1968年8月29日、シカゴ民主大会」で幕を開ける(0:57)

1968年8月29日、シカゴで行われた民主党大会で当時のハンフリー大統領候補の演説の一節「GOD GIVE US THE BLOOD TO KEEP GOING(神がそれに負けないくらいの勇気を与えてくれるだろう)」と反戦・黒人問題のデモ隊を警官隊が蹴散らした時の群集による合唱シュプレヒコール「THE WHOLE WORLD'S WATCHING(世界中が見守っているぞ)」を録音、2本のテープを繋ぎ合わせて編集したものです。

(ゲルシオはビートルズの擬音効果を活用したレコーディング技術に並々ならぬ刺激をうけブラスロックの元祖とも言えるバッキンガムスの楽曲にすでにそれをプロデュースワークの一環として実験的に導入していました。その発展系としてここに反映されたといえるのかも。)

警官隊の「GET OUT HERE(出て行け!)」が編集部分。

そしてその後のシュプレヒコールがそのまま次の曲「流血の日(1968年8月29日)」の序奏となっていきます・・・・。

作者はロバート・ラム&ジェームズ・パンコウ(4:13)。

初期シカゴはよく反体制的メッセージバンドといわれていましたが実のところ、政治色濃厚な曲は数えるほど。

この「流血の日」のような楽曲におけるインパクトがそうとうに強烈だったのも過激なイメージに拍車をかけたのではないでしょうか。

そのぐらいに思われても決して大げさではないくらいに反戦に対するストレートな歌詞がリスナーの感性に突き刺さってきます。

「君の周りを見渡してごらん。そして何が見えるか言ってくれ。憎しみと恐れに満ちた顔・顔・・・。

何か騒ぎが始まる予感、君が顔を伏せるのはその意味がわかるから?それなら急いで!あいつらが君を捕まえる前に。地面に押し倒された君はその意味がわかるだろう。どれだけ僕等がこの時を待ち望んでいたか。君達にわかってもらうために僕等がどんな風に死んでいったかが・・・。(大意)」

この曲、初期段階ではラブソングだったという事実に驚いてしまいます。

緊張感みなぎるイントロ・・・シンバルの不気味なリズムに引き続き重く重なるベース、フィードバック奏法のギターに不安感を助長するピアノ、ついでヒステリックに覆いかぶさるブラスセクション、一転テンポアップしてからの本編。

最初から最後まで聞く者に息つく暇も与えず完璧ともいえるくらいの完成度を誇る傑作。

ギター・コードも複雑、ベースラインはポール・マッカートニー影響大のピーター独特のライン(リッスンや一体、現実を・・・にも顕著)、ロバートもビートルズを参考にしたともいえる鍵盤捌き(ちょっとひねりも加えています)。

それでいてしっかりとシングルヒット性も加味されているところなんかはさすが(ロバートいわくこの頃ヒット曲を意識的に製作したことはなかったそう。長い夜ではヒット狙いに取り組んだらしいですが)。

ちなみに中間部では再び例のシュプレヒコールが再登場、と場面展開がめまぐるしいくらいに込み入っています。

STAミツはずっとこの曲を演奏するのを夢見ていたほどに惚れ込んでいました。

文句なしにかっこいいもんね。

2013年1月20日クラップスホールでその夢も現実のものとなりました。

ちゃんと事前にリハーサルを入念に行いSEとして「シカゴ民主党大会」もミキサースタッフに依頼して流してももらいました。

(SEはケンがCD-Rに編集して製作)

照明も「戦場風に」と注文。

初期シカゴを当時から聞き込んでいた観客にも好評を得ていましたし、それを知らない人たちも確実に度肝を抜かれていた御様子。

ご本家シカゴもデビュー時から1970年代前半まではライブで好んで演奏していました。

初来日3公演においても2日目、大阪フェスティヴァルホール(1971年6月14日)のみ4曲目で披露しています。

この日に生「流血の日」を体験した人達、羨ましい・・・。(さすがにSEは流していないようです)

尚、最終日の東京日本武道館公演6月16日は当時のライブフォトを観てもわかるとおり(テレビカメラがステージ前方に数台陣取っています)テレビ放映されました。

それを見た人達も羨ましい・・・・今となっては幻の映像です。

最後に、この「流血の日」はここ日本のみシングルカットされています。(4枚目、長い夜の次のシングル。ジャケットはデビューアルバムと同じ)

海外では「一体、現実を把握している者はいるだろうか?」をA面シングルとしてカットし、大ヒット。

ところが日本では「一体、現実を・・・」はB面、「流血の日」をA面、つまりは両面がヒット曲なんですね。

しかもその「流血の日」を大胆に編集していまして2:48に短縮。

ただ単にイントロやエンディングをカットしたわけではなく、いきなりエンディングの一部がイントロに登場するという掟破りなEP(私はシングルを最初に聞いていたので後からアルバムバージョンを聞いたときのショックと言ったら筆舌に耐え難いほどでしたよ)。

もちろん未だに未CD化。

シングルレコードをターンテーブルにのせる時の真ん中の穴がシカゴはこの盤まで三つ又になっていたのでEP用アダプターは必要なかったです・・・・と言っても現代っ子(!!!おお、私語)には何のことやらでしょうね(笑)


INTRODUCTION

2012-11-14 22:54:30 | STAのレパートリー

記念すべきシカゴのデビューアルバム「THE CHICAGO TRANSIT AUTHORITY(邦題:シカゴの軌跡)」(1969年4月発売)のオープニングを華々しく飾る入魂の1曲。

このアルバムは新人バンドのデビュー盤にも関わらず2枚組というボリューム(LPで。CD化の最初も2枚組でしたが今は1枚組)ということも話題になりました。

最高ランク17位、同年暮れ、ゴールドディスクに。米国内で200万枚を売る。

また数多くのヒット曲を産み出し、現在でもライブでのレパートリーとしてそれらはプレイされているコアなファンにとってある意味で代表的アルバムと言えるでしょう。

「イントロダクション」はギター&ボーカル担当の故TERRY KATHの作品。

デビューから1970年代前半まではコンサートにおけるオープニングナンバーとして揺るぎない地位をキープし続けました。

ブラスロック、シカゴの熱くたぎるコンセプトを出し惜しみせずに、これでもかというくらいにギュウ詰めにされている飛びっきりの6:35秒。

初期シカゴってどんな感じだったの?なんていう人にはこれを是非聞かせてあげてください。

腰抜かすから(^▽^)

当時のシカゴが持ち得るあらゆるエッセンスを惜しげもなくしょっぱなから披露しています。

強烈なビートに導かれて攻撃的なこれぞシカゴとでも言いたげな自信に満ちあふれたブラスセクションの攻撃で幕が開けます。

フェンダー・プレシジョンベース特有の音色を醸し出すピーターも一種独特のラインを奏でます。

テリーのソウルフルなボーカルが腹の底から唸りをあげます。

タイトルからもわかるとおりこの曲はシカゴから観客やレコードのリスナー(特に初めて出会った人々に)に対する挨拶「俺たちってこういうバンドだよ。よろしく!!」とでも言いたげな内容で明らかにライブのopeningを想定しての楽曲作りとなっています。

 

「やあ、みんな!ウロウロしないで欲しいな。俺たちちょっとナーヴァスなんだよ。座って俺たちの歌を聴いてくれないか? 

何年も練習してきたんだ。君たちのために演奏しよう(大意)。」

 

もちろん中身の凝縮度は満点でして、若さ溢れる怖いもの知らずでパワフルなシカゴの演奏を思う存分に堪能できます。

1,2番の歌が終わってからユニゾンリフの変拍子、転調、難解なコードワークに突入。

曲調もどんどんと表情を変化させてグイグイと聴く者に息つく暇も与えません。

手に汗握る白熱のシーンから一転ブレイクの静寂。

そこからムーディーなトロンボーンソロ、そして引き続き美しいピアノの旋律に導かれて官能的なトランペットソロ、かと思えば唸りを上げるジミ・ヘンドリックス直伝のギターソロ(バックに絡みついてくるフィードバック奏法がまた格別で、まるで野獣の雄叫びのよう)になだれ込みダメ押しのブラスセクション怒涛の渦、そして3番の歌へ・・・

 

「変化のある音も聞かせたし、ムードも変えてみたよ。特別な印象や感動を与えられれば最高だ!嫌なことなんか忘れて何か新しいものを求めていこうよ。俺たちは君たちのために演奏しよう!FOR YOU!!!(大意)」

ベルトーンのヒステリックなエンディングまでただのひとつも無駄のないだれる箇所皆無のニューロックの夜明けに轟くアンセム。

 

スタジオバージョンはいきなりのビートで始まりますが、カーネギーホールなどのライブ音源はテリーのチューニングも兼ねた(?)ナチュラルトーンによるアルベジオからグルーブ感溢れるカッティングに切り替わり、そこにかぶさるようにダニーのフィルが叩き出されてハイハットでリズムを刻み込みます。(スタジオと同じイントロによるライブもありますがやはり焦らされて徐々に盛り上がるテイクのほうに軍配があがるでしょう、ライブはね)

会場一体となっての手拍子。

他のメンバー達も会場を煽るかのように掛け声をあげ、頃合を見計らったようにいかしたアナウンスがシカゴを紹介します。

「CHICAGO!!!」

ここで地響きのような怒号・・・・そしてカウントを打ち鳴らしてイントロが始まります。

ブラスロックブームも去り、シカゴもホーンが徐々に後退してポップ路線に寄り添うようになった頃からこの曲もレパートリーから姿を消してしまいましたが(まああれだけのヒット曲を持っているバンドゆえ2時間のライブで演奏できる曲数も限られてしまうわけでありまして、どうしてもヒット曲中心のセットリストになってしまうのは仕方のないことです)2008年、2010年のツアーでは久しぶりにopeningに返り咲き。

来日公演でも披露されダイジェスト版として前半のみの「イントロダクション」から日本語バージョンの「クエスチョンズ67&68」という形で感涙にむせび泣かせてくれました。

シングルカットされた曲ではありませんが、初期の頃のベストアルバムには必ず1曲目に収録されていましたし、現在のロックおじさんたちが学生時代に一聴して必ず鳥肌を立たせた決して忘れることのできない特別な永遠のブラスロックバイブルであります。

 

STAは数年前からこの曲をライブで演奏することをひとつの目標として精進してきました。

しかし生半可な状態では絶対にやりたくなかったのでスコアをミツが手配してからの期間、メンバー達が各々に個人鍛錬の日々。

ミツは「この曲を演奏するためにSTAに加入した」と言わしめるほど思い入れたっぷりの曲。

ところが相次ぐメンバーチェンジ、スケジュールの調整も噛み合わず(この曲は全員いないと発展しずらい)想像以上に難解な展開、そしてやるからにはある一定水準に達したプレイヤーが要求される楽曲ゆえに頓挫。

でもノブのつるの一声で奮起して晴れてめでたく2012年、10月21日(日)サッポロススキノはホットタイムにて日の目を見たのでありました。

奇しくもシカゴ東京公演の次の日であります。

この曲くらい本番に至るまでに時間のかかった曲はないですね。

その分、STAのメンバー全員が愛してやまない大切ないつまでも飽きのこない(というか未だに新たな発見のあるまだまだ熟成期間中の)ナンバーです。

これからもopeningでガンガンにぶちかましていく所存です。


GET IT ON

2011-06-08 01:15:43 | STAのレパートリー

CHASE 

邦題「黒い炎」2:59

ビル・チェイス テリー・リチャーズ作

記念すべきデビューアルバム「追跡(chase)」1971年3月29日(日本では8月)に収録。

そしてデビューシングルでもあるこの曲は、日本でも発足したばかりのエピック・レーベルの第1弾シングル。

イギリスでヒットしたT-REXの同名異曲がアメリカではタイトルを変更せざるをえなかったほどにこの曲は大ヒット!(まあ、T-REXのほうも今では有名ですが、パワー・ステーションのカヴァーもヒット)

アメリカでは24位どまりであったが、この曲はインパクト絶大であった。

現在でもバンド名や曲名は知らなくてもイントロのパワー溢れるへヴィーなリフにハイノート炸裂のトランペット群の旋律で「ああ!!知ってる!!」という方、いるでしょう。当時のロック界を席巻していたブラスロックの代表格といえばBS&T,chicago。

この両者を脅かすほどの存在感たっぷりに登場。

ウディ・ハーマン、スタン・ケントン、メイナード・ファーガソン等のビッグ・バンドでその才能をいかんなく発揮していたビルは当時の状況に満足できなくなり、ビートルズでロックに開眼、ラスベガスでの仕事中にひらめいたアイディアを元に「チェイス」の構想を現実化させたのである。

ロック編成としては、ややもすると危険なトランペット4本という他に類をみない特殊な形態も実力あるメンバー達による類まれなるテクニックの応酬で見事に素晴らしいサウンドを築きあげシカゴ、BS&Tに追いつけ、追い越せとばかりにロック界を荒らしまくった。

リーダー、ビル・チェイスの名前からつけられたバンド名ではあるが、4本のトランペットが互いにプレイで「追跡」しあうという意味合いもあるそうだ。

いずれにしてもカッコイイバンド名。

鳴り物入りでデビューしたこのバンド、リーダーはすでにジャズ界では名声を博していたが他のメンバー達は全くの無名揃い。

しかし、そこから噴出される演奏は恐ろしいまでのテクニシャン揃い。

(その後もほとんどのメンバー達は消息がつかめないままという不思議さ・・・)

1971年度の音楽誌におけるランキングでも他の大物を押さえて上位を総なめ、独占。

1972年の来日公演も、観客の入りは今一ではあったが、白熱のステージングは語り草となっている。

その直後に突然の解散宣言。

ビルのみがエピックとソロ契約を交わすが、1974年、「復活(ピュア・ミュージック)」のサード・アルバムによりチェイス再結成。

新体制によるニュー・チェイスは精力的にツアーを開始。

その最中の1974年8月9日、ミネソタ州ジャクソン空港に差し掛かった彼等の専用機は折りからの豪雨により視界不良に陥り墜落・・・。

ビルはじめメンバー、パイロット達を含め計6人が即死した。

私もラジオでその訃報を聞き、一言では言い表せないほどの衝撃を受けたのだった。

もちろんその時にラジオから流れてきたのはこの「黒い炎」。

タイトルのとおり火を噴きそうなペット群のヒステリックなハイノート。

安定感バツグンのデニス等によるバッキング。

そしてテリー・リチャーズのメガトン級ボーカル。

ヒロはこのチェイスの音があまりにも黒っぽいのに、全員白人の9人組みと知りビックリしたほどだ。

3分にも満たない曲なのに、一切の無駄がない完璧なアレンジ。

1秒もだれることなくイントロからエンディングの転調部分、フィニッシュまで一糸乱れずスリリングこの上ない(歌詞の内容は卑猥の一言)。

STAは結成当初からこの曲、レパートリーにありながら当時のメンバー等では具体的な形にできず、ずっとお蔵入り。

まあ、この曲を演奏できるバンドはそうそういないと思われ・・・。

ところが現在のメンバー達が揃った段階で機は熟した。

ヒロの熱いリクエストで遂にお披露目となりました。

ノブのワウ、ラヴァのラテン・フレーヴァー溢れるパーカッション。

ライブにおけるかっこいいカヴァーがまた1曲、増えました(補足までに、あの和田アキ子ゴッド姉様は必ず今もライブでこの曲を取り上げるほどのフェバリットソングだそう・・・テレビでも見た方いるでしょう。めちゃはまっていて様になってます。もちろんアルバムにも収録・・・スピニング・ホィールも歌っちゃってます)。

日本のバンド,TOPSもカバーしてシングルカットもしていました。

アナログ盤では両面(!)にヴァージョン違いで収録。

ちなみに女性リード・ボーカルによる日本語詩は爆風スランプのサンプラザ中野くんのペンによります。

ベーシストはバンド解散後に爆風スランプに加入、現在はXY-Z

でも活躍中のバーべQ和佐田。

TOPSのプロデューサーは、これまた伝説のバンド「スペクトラム」のトランペッター&ヴォーカル&リーダー新田一郎氏。

補足ながらスペクトラム、TOPSは、

ビークル、アイム・ア・マン、ストリート・プレイヤー等も演奏しています。

スペクトラムはシカゴへのオマージュソング「クエスチョンズ81&82」までやっています。

アメリカのマンハッタン・ジャズ・オーケストラのブラス・ロック・カバーアルバム、その名もずばり「黒い炎」というタイトルでもオールインスト演奏しています。

もちろんシカゴ、BS&T,EW&F等も収録。

来日公演、テレビ出演でも堂々たる貫禄を見せ付けていました。

トランペットは元BS&Tのルー・ソロフ。

また、ここ日本でチェイスのトリビュート・ライブが以前に開催されたそうです。

メンバーはアース・ウィンド・ファイターズのヴォーカリスト、トランペットはエリック宮城。

マニアックな布陣によるこのイベント・・・・見たかったなあ!!

それにしてもブラス・セクションのエネルギー消耗率がめちゃ厳しい・・・。

 

CHASEは、伝説となりましたがベスト&ライブアルバムや、映像がオフィシャル、非公認でもほとんどなく3枚のオリジナル・アルバムが数年前にやっとCD化された程度(日本は未発売)。

もっと後世の為にも高く評価されてもよろしいのでは・・・・?!

 

 


pick up the pieces

2010-09-08 17:45:00 | STAのレパートリー
女性のヒップラインをWに取り入れたロゴがセクシーなaverage white bandは1971年スコットランドにて結成。
エリック・クラプトンのサポートを経て1973年デビュー。
1974年ニューヨークに渡り、セカンドアルバム「AWB」を発表。
同アルバムよりのシングル「ピック・アップ・ザ・ピーセス」がインストゥルメンタルにもかかわらず、全米NO,1(ビルボード)の大ヒット。
バンド名にも現れているように白人バンド(後に黒人のメンバーも加入)でありながらそこから繰り出されるサウンドは黒い。
ゆえに「ホワイトソウル」「ホワイトファンク、R&B」と呼ばれた。
メンバーチェンジを経て、1982年に解散。
1996年には再結成。
来日公演も行っている。

ちなみに私はポール・マッカートニーのビッグエッグ来日コンサートで、バックを務めるハーミッシュ・スチュアートを観ました。

「ピック・アップ・ザ・ピーセス」は多くのミュージシャン達にカヴァーされており、マンハッタン・ジャズ・オーケストラ、高中正義、フィル・コリンズ(ビッグ・バンド!)etc・・・。
中でも、最もポピュラーな音源はやはりcandy dulferに尽きるでしょう。
彼女の演奏でも別ミックスや別ヴァージョンが存在しますが、本家AWBにも「new jazz mix」というものがあり、
STAはこちらのテイクをカヴァーしています。

one fine morning

2010-09-05 00:05:28 | STAのレパートリー
邦題「ある晴れた朝」
1968年凍てた土と乾いた草の国、カナダ・オンタリオ州トロントにて結成。
1969年デビューの大型シンフォニック・ブラスロックグループ「lighthouse」(灯台の意)の4枚目同名アルバム「one fine morning」(1971、80位)からのシングルヒットでもあり彼等の代表曲(1971、24位)。
アルバムリリース時、アメリカでは100位と200位の間を低迷、ところがこのシングルがリリースされるや否やアルバム&シングル共にチャートを急上昇。
ドラム&ベース(STAではパーカッションも)によりはじまるこの曲、覚えやすいメロディとわかりやすい歌詞、そしてポール・ホッファートの素晴らしいアレンジが見事にマッチしたクールなサウンドを聞く事ができます(キーボード・ソロをSTAではギターソロに)。ただし、シングルはイントロ、ソロ、歌、エンディングとかなりをエディットしています。

フィルモアにおけるスーパーセッションのドラマーとして一躍名を轟かせたスキップ・プロコップが率いるグループは
13人編成で、当時はカナダのシカゴ、BS&Tと言われた。(スキップはジャニス・ジョプリンの新バンド加入オファーを蹴ってライトハウスを結成)
スタート時のBS&Tでさえ8人編成だったのだからロックバンドしては驚異的。
リズムセクションにセロとエレクトリックヴァイオリンを4人配置するというユニークな試みも一部のマニアでは受け入れられてはいたものの、本格的に認知されたのはこの「ある晴れた朝」のヒットからであろう。
それまでのセルフプロデュースからジミー・イエナーにバトンタッチ、メンバー構成も大幅に改革。
躍動感溢れる贅沢な楽曲、華麗なコーラス、そしてクラシック畑出身のメンバーの影響により数多くのクラシック共同プロジェクトを行っているのも特色。

シカゴ同様「カーネギーホール」のライブアルバム(アナログ2枚組)を発表(もちろん「ある晴れた朝」も収録)。

なんと、あの「ウッドストック」出演依頼を断っている。

1970年、大阪万博会場にて来日公演、その際に出演した日本が誇る伝説のバンド「フラワー・トラヴェリン・バンド」をカナダに呼び、アルバム「メイド・イン・ジャパン」をプロデュース、海外ライブデビューをも手助けした。

サックス担当のハワード・ショアは現在、映画音楽の世界で大成功を収めている。
「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズや「フライ」etc・・・

日本のロックバンド「THEATRE BROOK」もアルバム「TALISMAN」で「one fine morning」をカヴァーしている。

ヴォーカルのボブ・マクブライドは、1973年ドラッグ癖が原因で解雇され、1996年窃盗で逮捕、1998年2月20日51歳で亡くなった。

STAのライブにおいて重要なストロングナンバー。
この曲は、はっきりいってほとんどのお客様は知らないはず。
でも誰もがはじめて聞いた途端に、ぶっ飛ぶ事まちがい無し。
そのぐらいに、STAにとっては昔からずっと大切に愛されてきた曲であり、お気に入りでもあります。
それはどのパートメンバーにも言える事。
でも体力が相当にないとエンディングまでもたないですよ!!
何度プレイしても飽きのこない魅力があります。
隠れたブラスロックの至宝。





that's the way

2010-09-04 22:12:23 | STAのレパートリー
1973年デビューの白黒混合メンバー達によるマイアミ出身K,C,&the sunshine bandのビッグヒット。
9人編成。
ディスコブームの火付け役として、世界中に1大ブームを巻き起こした。
歯切れのよいエネルギッシュなホーンの鳴り、ラテンタッチのパーカッションを中心にミディアムテンポの軽快なファンク・グルーブでグイグイと聞くものを引き込む曲調。
日本において1975,10,25日に発売されたセカンド「ゲット・ダウン・トゥナイト」に収録。
それまでもソウルファンには高い支持を得ていたが、この曲がきっかけでポップスファンにまで広く浸透しセンセーショナルな話題を提供した。
その親しみやすいカラッとしたサウンドはヨーロッパでも多いに受け、12ヶ月間で4曲の全米NO,1(うち3曲はR&BチャートでもNO,1を獲得)
これは1964年のビートルズと並ぶ記録。
総売り上げ枚数1億枚以上、3つのグラミー受賞、アメリカン・ミュージック・アワード、グラミーノミネート9回、計5曲がNO,1!(ザッツ・ザ・ウェイ含む)
彼等の楽曲は多くのCMや映画に使用もされている(75本以上!)

私は高校生の頃に、深夜テレビで彼等のスタジオライブを見て以来、(たしかこのザッツ・ザ・ウェイとファンキーホーンだったかな?)その強烈なパフォーマンスにやられいまだ脳裏に焼きついています。
というか、それ以外にテレビで彼等のライブ映像ってあまり見たことない・・・。
STAが結成された当初からこの「ザッツ・ザ・ウェイ」はレパートリーにありながらなかなかタイミングが得られずに、日の目を見ることがなく、ここにきてカズ加入をきっかけに遂にライブ演奏されました。
こまごまといろいろ研究しましたよ。
ちなみに、はーちゃん大のお気に入りナンバーでもあります。

ベスト盤に収録されているバージョンは3分そこそこですが、EP盤はディスコでの流れを考慮して5分3秒。



sunshine of your love

2010-09-04 20:44:16 | STAのレパートリー
言わずと知れた、ロック史上最強トリオ「cream」最大のヒット曲。
「disraeli gears~邦題カラフル・クリーム」(1967,11発売、全米5位)収録。
ジャック・ブルース、エリック・クラプトン、ピート・ブラウン作(4:10)
ピートいわく「ブルース・コード進行をポップにした曲。ロック界の代表曲のひとつになったけれど、僕はあまり満足していない。僕が書いたのは3分の2で、エリックがサビを書いた。
この曲の印税で暮らしているようなものだ」
アメリカで100万枚以上の売り上げを記録し、トップ5に入るヒットとなった。
イギリスでも25位を記録。

多くのミュージシャン達がジャンル問わずカヴァーしている永遠不滅のロック・スタンダードナンバー。
3人の火花散るインタープレイはライブ音源で更にヒートアップ。

シカゴもデビュー以前には、ひんぱんにライブレパートリーとして取り上げていた。
BS&Tもセカンドアルバム「血と汗と涙」において「ブルース、パート2」の中でこの曲のリフを渋く、かつ独特なブラスアレンジでプレイしている。
ジャック・ブルースとコラシアムのメンバー達とのTVライブ共演で「サンシャイン・ラブ」をプレイしている姿に刺激を受け(ギターはクレム・クレムソン、ドラムはサイモン・フィリップス等)STAもさっそくレパートリーに導入。

ちなみに、元ベイ・シティー・ローラーズのメンバーだったイアン・ミッチェルのバンド「ロゼッタ・ストーン」がなかなかなぶっ飛びアレンジにてカヴァー。
ここ日本でもヒットした。