DALAB情報発信用ブログ:OpenCAE+GPGPU+Peridynamics編

DALABで行っている研究活動の中で、OpenCAEやGPGPUや破壊解析の取り組みについてまとめてゆきます。

研究日誌H170905

2005年09月06日 06時18分28秒 | 研究室情報
=授業があると、研究室の時間が細切れになってしまう。
 しかし、これを有効に活用するような、効率的な動きをする必要がある。
=学生の相手もしないといけないので、ただでさせ細切れが、潰されてしまう。
 その日の目標を正確に決めて、とにかくそれだけは実現できるようにしよう。
>今日6日は提出書類をなんとしてでも完成させて、提出できるようにする。
>明日7日からは構造工学論文集のためグリッドWの活動に移るようにする。

組織を運営すること

2005年09月06日 04時58分15秒 | Weblog
研究室を運営していると、色々なことが起きる。特に、多感な青年期の学生らの集合であるから、感情の起伏がそのまま研究室の活動に影響してくる。ドライに割り切りたいと思う反面、何とか出来ないものかとも思う。書店に行くと、ビジネス書コーナーは盛況で、組織論や指導者論などに人気があるようで、みな悩みは同じなのだろう。ただ、柴田から見ると、会社では、給与と言う鎖で相手を縛ることが出来るし、一応大人が相手なので、楽だろうと思える。(本当はどっちもどっちなのだろうけど)
研究室は、柴田の方針や方法で、柴田の目的に向かって、スタッフと協力して研究活動を行って行く場であるが、そこには生身の人間が居るので、そんなに合理的な存在ではない。ましては、彼らは授業料を払っているお客とも言えるので、柴田が命令できる立場ではない、敢えて交換条件になるのは卒業認定ぐらいで、何も柴田の方針に協力する必要はないことになる。それでも、まがいなりにも研究室が成り立つのは、研究活動の中に知的好奇心を満足させる何かがあり、さらに根本的には、研究室と言うチームの中で自分の存在が確認できるときがあるからだと思える。
ある程度落ち着いた大人で覚悟が出来ていれば、このような使命感や存在感で行動を律することが出来る。しかし、さらに本質的な要求として、自分が心地よく存在できるかと言う問題が残る。心の奥底での我慢は、その存在が見えにくいが、その人の行動を大きく変える力を持っていて、制しがたい要求になるようだ。そこまで深い部分では、他人が踏み込むことは出来ない領域になってしまう。
なるようにしかならないのではあるが、スタッフ一丸となって、研究に邁進する研究室の構築に向けて、努力はしてゆきたい。が、その結果はそれほど思い通りにはならないのであるが。