だいずせんせいの持続性学入門

自立した持続可能な地域社会をつくるための対話の広場

原油価格が1バレル70ドルになった日

2005-10-21 05:08:03 | Weblog

 今年2005年の8月30日、ニューヨークの原油先物市場で原油価格が1バレルあたり70ドルの史上最高値をつけた。イラク戦争が始まる直前、戦争が長引けばこれくらいの価格になるというアナリストの予想があった。公式?の戦闘はすぐに終了したため、その時には原油価格はそれほど上がらなかった。しかし、泥沼化するイラク情勢を受けて戦闘終了後2年をへて原油価格は1バレル70ドルに達した。

 私は、2000年に私なりに各地域の確認埋蔵量のデータを調べて原油生産の将来見通しを行い、それに基づいてかなりいいかげんな価格の見通しも示した。(これらは(社)資源協会編『千年持続社会』日本地域社会研究所2003年に掲載されている。)私の見通しでは、石油の生産ピークは今年2005年あたりであり、ピークの前で後ろで需要と供給の関係が逆転し価格が上昇する。ピーク後の安定価格がいくらぐらいになるのかまったくわからなかったので、いいかげんに1バレル70ドルあたりに線を引いた。それが、その後の原油価格は、私が引いた線にほぼそって推移しているのだ。驚いたのは私自身だ。これはもちろん偶然であるが、大局的には石油ピークが間近であり需要と供給が交差すれば価格が高騰するというのは、ある意味では自明なことでもある。大局をつかんでいれば、だいたいのできことは予想の範囲内におさまるものだ。
 注釈しておくと、ニューヨークの原油先物市場では世界の原油日生産量の数倍の取引があるそうで、つまり投機的資金が入っており、その価格はバーチャルなものである。また、現在、日本が輸入している中東の原油は1バレル55ドル程度である。しかしバーチャルな価格に実体の価格も引きずられる。日本でもじわじわと石油製品価格が上昇している。ガソリンは半分が税金で原油のコストは1/4程度なので、価格上昇もおだやかであるが、税金がそれほどでもない重油や灯油の上昇率は高い。いずれにしても、石油はこれまでのように安い価格で必要なだけ調達できる時代は終焉しつつあるのだ。これからは、価格が高いだけでなく、誰でも好きなだけ調達できるというわけにはいかない。

 この時代の変化を象徴するできごとをたまたま目にした雑誌で発見した。1999年にミレニアムプロジェクトとして国家プロジェクトとして計画され開発された双胴の超高速貨客船、テクノスーパーライナー(TSL)が、完成直前にして、この船の運用母体となる海運会社が経営に赤信号をともした、というのである。「昨今の高騰した原油価格を元に運航費用を再度試算したところ、燃料代が当初見積もりの倍となり、年約20億円の赤字を生ずることが判明した。このため同社は、『補助金に頼るのはしのびないが、一企業が背負える損金ではない』として国家プロジェクトであるTSLの導入を強く推した国および都に経営支援を求めて、用船契約の解除を通知した。前例のない高額補助金に国も都も回答に窮しているという」(『世界の艦船』2005年8月号135ページ)。10月18日の新聞記事によれば、都は最終的に支援をしないことを決定し、できたばかりのハイテク船は就航されないことに最終的に決定した。
 日本がバブル経済に踊っていた1980年代後半、原油価格は1バレル20ドル以下というきわめて安い値段だった。というより、バブル経済を出現させた要因の一つに安い原油価格があったと思われる。その当時、船を造る専門家たちは、この船が完成する頃、原油がこれほどまで高騰するとは夢にも思わなかったのであろう。ところがすでに当時から石油業界においては、石油ピーク説はある意味では常識であった。多少なりとも周辺分野への関心があれば計画は違うものになっていただろう。完成と同時に不良債権となったこの不幸な船の計画を推進した人物たちには不明を反省してきちんと責任をとって欲しいものである。

 一方、原油価格の高騰は自然エネルギーを推進しようとする立場からすれば大歓迎である。かつて第2次オイルショック直後の1980年代前半は原油価格が1バレル40ドル程度で、前後にくらべて非常に高い時代だった。この時代には、省エネが社会全体のスローガンになるとともに、石油代替エネルギー、現在の言葉で言えば自然エネルギーの研究開発が一斉にスタートした。
 例えば、今でも興味深く思い出されるのは、金属製の帆をもった実験船の開発である。メインの動力は普通のディーゼルで、風があるときは帆をひらいて燃料の消費を抑える、というしかけだ。今の言葉で言えばハイブリッドである。こんな考え方があるのかと関心した覚えがある。
 また、当時、木を粉にしたうえで固めた木質ペレット燃料というのも開発された。病院の給湯・暖房の熱源に使われたり、ビニールハウスの熱源に使われたりして、全国各地にペレット製造工場ができ、短い期間にかなり普及したようである。
 このようなとりくみは、1980年代半ばに原油価格が急落した「逆オイルショック」によって潮が引くように消えていった。石油消費国は省エネに努め、産油国は競って生産量を増やしたので原油がだぶついたのだ。金属製の帆をもった船は、たしか帆を取り払われて普通の貨物船として運用されていたように思う。ペレット工場は、大口需要先があきらめずに使ってくれた二つの工場を残してすべて閉鎖された。 
そして今日、第2次ペレットブームと呼ばれるほど、各地にペレット製造工場が次々と建設されている。これは、ひとつは地球温暖化防止のために二酸化炭素排出を抑制しなければならないという追い風が吹いたことと、もうひとつは不振にあえぐ林業の活性化策として行政主導でスタートしている。ここにきて原油価格が高騰してきたので、ペレットは同じエネルギー量でくらべて灯油と価格の上で対抗できるようになってきた。ペレットを利用するペレットストーブやペレットボイラーは、薪や炭のストーブなどとは違い自動的に点火や火力調節をやってくれて、熱効率がよく、室内の空気を汚さない、など使い勝手がよい。基本的な技術開発は1980年代前半にすでに終了しているが、洗練されたデザインのストーブなどより生活シーンにあわせて使いよくする開発が進行中だ。また、JAの人から、今年はビニールハウスの熱源とする重油価格が高騰していて農家の経営はたいへんだ、という話を聞いた。ぜひペレットボイラーへの置き換えをすすめてほしいところである。
 また、大枚をはたいて大メシ食いの超高速船を造るぐらいなら、バージョンアップしたハイブリッド帆船を造って欲しいというものである。

 原油価格はしばらく乱高下することになるだろう。短期的には今よりずっと下がることもありうる。需要と供給が拮抗してくると価格は不安定になる、というのが新しい経済学の教えるところである。生産量がおちてくればそれなりに落ち着いた価格となるだろう。それがどのレベルかよくわからないが、非在来型石油と呼ばれるカナダのタールサンドやベネズエラの超重質油の生産コストが1バレル20ドル程度なので、市場価格はその倍の40ドルから50ドル程度ではないか、というのが私の直感である。それを見越した自然エネルギーの普及戦略を考えてもよいのではなかろうか。

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
銘建の狙いどころ (井筒耕平)
2005-11-04 00:48:03
なんと、農業用ハウスにペレットボイラーの導入を

進めたい、と銘建工業は考えているようです。



ニーズをしっかり捕らえていますよね。

素晴らしい、銘建。
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TSLについて (ヤン・イー)
2007-09-02 17:15:01
「テクノスーパーライナー」は、私が小笠原に行ったとき大々的に宣伝されていました。
地元の人でTSL導入に反対の人が、かなりたくさんいました。
 TSL導入断念は地元で喜んでいる人々がたくさんいるはずです。
 反対に残念がっている人も多いでしょうが。
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