だいずせんせいの持続性学入門

自立した持続可能な地域社会をつくるための対話の広場

マラリア

2007-02-12 21:43:12 | Weblog

 映画『不都合な真実』が好評らしい。お互いにタイミングをみはからったかのようにIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の6年ぶりとなる第4次レポートが公表されたりして、何度目かの地球温暖化問題への社会的な関心が高まってきそうな気配である。
 地球温暖化問題というのはいったいどういう問題なのか、実はそう簡単なことではない。「こういう問題です」という世界共通のただ一つの答があるわけではない。人により、立場によりまったく違うとらえ方がありうる。他の環境問題と同様、私たちひとりひとりがそれぞれの問題意識を深めていくべき問題だ。

 地温暖化によって感染症による病気のリスクが高まるという話がある。特にマラリアについては、それを媒介する蚊の生息域が北上することによって、あらたにマラリアのリスクにさらされる地域が増えると言われている。ある環境NGOが編集した地球温暖化問題の教科書には日本もそのような地域だと書いてある。私も最初にそれを読んだときは特に疑問を持たなかった。
 その認識が誤りだということに気づいたのは、アフリカに調査に行く前に予防接種を受けた時のことだった。診療室の壁に貼ってあったポスターに、マラリアのリスクがある地域の世界地図が貼ってあった。日本もすでにそのリスクのある地域として色が塗られていた。しばらく不思議な気がしていたが、はっとした。

 そこで忽然と思い出したのは、学生のころ訪ねた波照間島のことだった。学生のころ、あちこちふらふらしていた私は、旅の最後に、日本で人間が住んでいるところとしては最南端の沖縄県波照間島に行き着いた。沖縄本島に行くより台湾に行く方が近いという八重山諸島に浮かぶ小さな丸い島だ。真夏の波照間はその名のとおり海の中から太陽の光が反射して輝いていた。島のみなさんはとても親切で、そこに行き着いた観光客も数日もいればお互いに顔なじみになった。

 私は民宿においてあった古ぼけた一冊の社会調査報告書をなにげなくぱらぱら見ていて、思わずその内容に引き込まれていった。戦争中の話である。八重山諸島は戦場にはならなかった。しかしやはり悲劇はあったのだ。沖縄の島々はハブのいる島といない島がある。同じように当時マラリアの危険のある島とない島があった。波照間はマラリアの危険がなかった。人々はさとうきびと家畜を育てて暮らしていた。その平和な島に日本軍の軍人がやってきて、戦争も押し詰まったある時、全島民に隣の西表島への移住を命じるのである。名目は戦場になるかもしれないから、ということであったが、本当の理由は波照間島の家畜を戦争のために徴用するためだったという。
 西表島はマングローブ林が広がり、中央部は原生林が広がるジャングルの島である。マラリアの危険がある島だ。波照間島から強制的に移住させられた住民は、ジャングルの中での不衛生な環境でばたばたとマラリアに倒れていく。

 戦争が終わり、生き残った住民は波照間に帰ってくる。しかし、ほんとうの地獄はここからはじまった。島にはまったく食料がなかったのである。唯一の食料はソテツだった。しかしこれは十分に処理して毒を抜かないと食べられない。マラリアにかかってふらふらになりながら、ソテツの処理をし、それをもう動けなくなっている家族に食べさせる、というような地獄を住民は味わったのだ。村長は緊急の援助を政府に要請するが戦後の混乱した状況でその声は届かない。
 私が手にとった調査報告書は、家々の被害をたんねんに調べていた。息をのんだのは、そこには一家全滅という家が次々にリストされていたのだ。その無念さを思うと本当に心が痛む。まったく彼らは戦争の被害者であり、しかも敵軍にではなく日本軍に殺されたも同然なのだ。

 あらためて親切でにこにこしている島のみなさんのことを思った。年寄りはみなその地獄を経験し生き残った人々なのだ。世界は悲しみに満ちている。この小さな島でのマラリア被害のことを知っているヤマトの日本人はどれほどいるだろうか。私もそこに行くまで知ることがなかったのである。

 アフリカに行くということで、マラリアの予防接種も必要かと緊張したが(マラリアの予防接種は副作用がきわめて強い)、幸い私が行くところは必要なかった。マラリアは遠い南の国の病気ではなく、日本にもかつてはあり、現在でも潜在的にはそのリスクがある地域なのだ。繰り返して言うが、温暖化によってあらたにリスクが発生する地域ではない。
 今沖縄に行くのにマラリアの注射は必要ない。西表島のジャングルを縦断するコースを私も歩いたが、今はマラリアを気にすることなく、圧倒的な自然のパワーを感じながら一日の行程を楽しむことができる。戦後の沖縄の歴史はマラリアのリスクを封じ込めるために努力しそれに成功した歴史でもある。単純に気候がマラリアの分布を決めるわけではない。マラリアとは社会的・歴史的な病気とも言えるのだ。
 地球温暖化問題も一見、自然の脅威としてあらわれながら、その本質は社会的・政治的な問題である。その点を見誤らないようにしたいものである。 (つづく)
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1 コメント

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主婦ができること (J,F)
2007-04-10 11:48:58
できることから温暖化抑制をしようと思い、レジ袋を断るためにマイバック持参くらいは実行してますがその買い物に車で出かけいます。主婦が近所のス-パ-まで徒歩で行くとco2の排出が3%抑制できると聞きこれは大きな役割だ!とわかってはいるものの実際バタバタと世知が無い日常を過ごしており無理かなと。
せめて廃棄物減量のため見切り商品を購入しよう、と都合のいいことはすすんでやってます。
もっと多くの人が危機感を持つべきですね。
ブッシュはエンロン社と繋がっているので京都議定書に入らないし、イラク戦争もその疑惑を反らす目的もあったとK氏が言っておりました。ゴアさん頑張って!
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