今年4月、名古屋大学大学院環境学研究科の中に臨床環境学コンサルティングファーム http://ercscd.env.nagoya-u.ac.jp/consulting-firm/ という組織が多くの関係者の努力によって立ち上がった。持続可能な地域づくりの現場では、いろいろと分からないことが出てくる。いったいどうなっているのか、どうすればよいのか。これらを明らかにするには研究が必要である。ということで大学の出番であるが、これまでは大学の研究者が行う研究は、ほとんど現場の役にたたなかった。というのは、学問研究の問題設定は一般に現場から出たものではなく、学界の流行とか評価とかを根拠として問題が設定されていたからである。私たちはこれを逆転して、現場の問題を直接研究課題とし、現場に役に立つ、現場の人が納得する学問のあり方を作り出そうとしている。現場の人が納得するという中身には、現場の人が気づいていなかった問題を把握し、より大きな枠組みの中で解決策を提示するということも含まれる。
これは視点を変えればコンサルティングともいえる。当事者が分からないこと、困っていることを解決するための研究となるからだ。ということで組織の名前がコンサルティングファーム(ファームfirmとは会社、事務所という意味)と、大学らしからぬやや挑発的な名前となっている。
私はこの組織の部門長ということで、「経営責任者」の立場にある。大学内起業と言ってもよいのであるが、通常の起業に比べればはるかにリスクが少ない。事務所は大学の施設を安く借りられるし、研究員と事務補佐員の人件費はかせがなくてはいけないものの、私をはじめとする教員や事務担当者の給料は国から出ているからだ。
つまり、これは大学の社会貢献活動という位置づけである。少し前から、大学には教育、研究に加えて第3の使命として社会貢献が掲げられている。近年企業のCSRがやかましく言われることの大学版である。大学は本来、教育と研究によって社会に貢献する存在なのであるが、わざわざ社会貢献を別建てにしなければならないところに、現在の大学のあり方が大きな曲り角に来ていることが分かる。
活動にあたっては、一般の民間コンサルティング会社と競合しないように留意している。通常民間コンサルは土木、建築、環境、生態等の特定分野に特化しており、そういう分野において後発のわれわれが太刀打ちできるはずもない。また、民間コンサルは成長する社会のコンサルティングで自らも成長してきた。成長がストップし、縮小に向かいながら、持続可能な社会をめざそうというコンサルティングに十分応じられるとは言い難い。そこで私たちは、通常のコンサルが引き受けにくい案件、すなわち、さまざまな分野にまたがるようなテーマとか、住民の自治的な取り組みを直接プロモートするようなものとか、縮小社会の中で持続可能な社会をめざすことをメインテーマとするものに集中して取り組んでいる。ようは通常のコンサル業務としては形が定まらないもやもやしたものを引き受けるということだ。我々としては民間コンサルとノウハウを共有し、お互いに学びあいながら新しいコンサルティングのあり方を見出していきたいと思っている。
今年4月からスタートして、幸いにして現在9つの案件が動いている。想像以上に順調な滑り出しである。自治体からは、公共施設のリニューアル計画づくり、地域の景観計画づくり、交通計画づくり、再生可能エネルギーの推進、企業からはCSR活動の推進などである。テーマごとに最適な分野の教員・研究員のチームをつくり、研究費をいただいた上で、さまざまな主体と対話を重ねながらソリューションを提供する。
部門長としての私の役割は、それぞれの受託研究を担当し推進していくこともさることながら、来年度に向けての「営業」活動を行うことである。今、四つの自治体で、企画部門等の担当者と会合を重ねて、コンサル案件を形にしようとしている。この歳でしかも大学教授になって「営業」をやるとは思わなかったが、やってみるとこれがなかなかおもしろいのである。
ようは、担当者が行政や地域の課題として、なにかもやもやして形になっていないものを、対話を重ねることによって、取り組むことができる課題として形にするということである。これは理学的な学問研究においても、研究課題を定式化する時には同じようなことをやる。何か分かったような分からないようなテーマがあり、それをさまざまに論理化する中で、取り組むべき課題の急所を明らかにするという作業である。コンサルファームの「営業」活動とは、地域課題の定式化であると言ってよい。そういう意味では、「営業」活動こそがコンサルティングの神髄とも言える。
もちろん、クライアント相手の「営業」活動は私自身はじめてである。日々OJT(On the Job Training)である。
ただ、これまでに学んだファシリテーションのスキルがそのまま応用できることが分かった。心がけていることは、まず相手の話をよく聞くこと。相手の言うことを否定せず、話の進行を仕切らずに自由に語ってもらうこと(民俗学者の宮本常一によれば「もっとも聞きたいことは相手がもっとも話したいことのなかにある」)。結論を出そうとしないこと(とはいえ何らかの結論に至ることが求められるのでドキドキである)。理想を語らないこと。なぜできていないのか、その理由を明らかにして、どうしたらできるかと問うこと。オプションを整理するものの、選択を任せること。
自分の考えを述べるのではなく、今まで見聞した事例を通して話すこと。これも宮本常一が「世間師」として紹介したあり方である。ここで、これまでの私自身の研究・実践活動で得た知識が役にたっている。どれほど多くの事例を知っているか、さらにそれらを一つのスペクトルの上に位置づけて分かりやすく説明できるか、ということがポイントである。
一人で考えていてもらちがあかないことが、何人かで対話することではっきり形になる瞬間がある。そうやって「腑に落ちて」ひとつの課題が定式化できた時にはたいへんうれしいものである。
私は「営業」活動を一人でやっていてはもったいないと思うようになった。これこそ、コンサルティングの最高のトレーニングではないか。私といっしょに「営業」活動を行えば、地域づくりコンサルティングの何たるかを学ぶことができるだろう。ということで、現在「弟子」を募集中である。持続可能な地域づくりに関するコンサルタント、コーディネーター、ファシリテーターになりたい人はぜひごいっしょに。(学部卒の方は大学院修士課程に、修士学位をお持ちの方は博士課程にぜひ進学してください。博士学位をお持ちの方は、研究員を募集することがあるのでご相談ください。)
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