田無神社
鎮座地 田無町2-7
祭神 級長津彦命(しなつひこのみこと)
級長戸辺命(しなとべのみこと)
大国主命(おおくにぬしのみこと)他
旧格式 村社
別当寺 西光寺(現総持寺)
例大祭 10月第2日曜
解説
尉殿大権現はあらゆる災厄を除くとされる金龍神(級長津彦命・級長戸辺命)を祀った神社で、
正応年間(1288~92) 市内谷戸の宮山に鎮座していたが
青梅街道の拡張にともない寛文10年(1670)当地に遷った。
明治5年(1872)大国主命を主祭神に加え田無神社と改名した。
本殿は安政6年(1859)造、拝殿は明治8年(1875)造。
彫刻が施された江戸時代の代表的な神社建築。
神職は賀陽氏。
江戸時代末期岡山藩医、賀陽玄節が田無村の名主下田氏の依頼を受けて当地にとどまった。
明治以降子孫が田無神社の神職を務めるようになった。
田無神社拝殿の彫刻



明治8年(1875)竣工、
地元の宮大工高橋金左衛門によって建てられた。
田無神社の御神木「イチョウ」

天保13年(1842)~嘉永3年(1850)に別当寺(西光寺)の本堂を修理した際、記念植樹されたと思われる。
田無神社の狛犬


鎮座地 田無町2-7
祭神 級長津彦命(しなつひこのみこと)
級長戸辺命(しなとべのみこと)
大国主命(おおくにぬしのみこと)他
旧格式 村社
別当寺 西光寺(現総持寺)
例大祭 10月第2日曜
解説
尉殿大権現はあらゆる災厄を除くとされる金龍神(級長津彦命・級長戸辺命)を祀った神社で、
正応年間(1288~92) 市内谷戸の宮山に鎮座していたが
青梅街道の拡張にともない寛文10年(1670)当地に遷った。
明治5年(1872)大国主命を主祭神に加え田無神社と改名した。
本殿は安政6年(1859)造、拝殿は明治8年(1875)造。
彫刻が施された江戸時代の代表的な神社建築。
神職は賀陽氏。
江戸時代末期岡山藩医、賀陽玄節が田無村の名主下田氏の依頼を受けて当地にとどまった。
明治以降子孫が田無神社の神職を務めるようになった。
田無神社拝殿の彫刻



明治8年(1875)竣工、
地元の宮大工高橋金左衛門によって建てられた。
田無神社の御神木「イチョウ」

天保13年(1842)~嘉永3年(1850)に別当寺(西光寺)の本堂を修理した際、記念植樹されたと思われる。
田無神社の狛犬

