今、この場所から・・・

いつか素晴らしい世界になって、誰でもが望む旅を楽しめる、そんな世の中になりますように祈りつづけます。

残酷な歳月 22 (小説)

2015-12-28 10:35:00 | 小説、残酷な歳月(16話~30話)


残酷な歳月
(二十二)

穂高以来、山へは出かけていないし、仕事の忙しさや、今のジュノの置かれている状況では登山や岩登りなど、出かける心の余裕もなく、久しぶりの山歩きは、足や体にきつく、息苦しさを感じさせた。

ただ、今、眼の前の直樹が、何も話さず、黙々と歩くだけが、ジュノには不可解な思いだったが!

ジュノは、直樹が、変に気を使い、話しかけてこない事が、かえって、心が落ち着き、ゆっくりと歩けることがありがたくて、この二年の間に起きた、さまざまな事を思い起こしながら、まるで、映画の中の場面を早回しをして見ているような感覚になる。

ジュノの願いとはかけ離れた事ばかり起きた、いろいろな事の中で、実の父の故郷で、今、いい知れぬ幸せな気持ちを感じながら、さまざまな出来事を、繰り返し思い出していた。

山を歩く事は、穂高でのあのおぞましい事故を、そして、その後のジュノの人生が否応なくついてまわる事だ!!

森から、無意識に受けるエネルギーとは、人の内なる思いのようなものが、繊細な感情となってよみがえる事なのだろうか・・・

山道を歩き出してから、どのくらいの時間が経っていたのか、ジュノは、不思議と、時計さえ見る気持ちにならず、歩いていた。

息苦しさの中でも、ふと、言葉に出来ない幸福感とでも言おうか、少しずつ、ジュノの気持ちを穏やかにしてくれている事いい!

少し先を歩いている、直樹が、振り返り、ジュノに、一言つたえた。
『もうすぐです、ほら!』
『あそこの木々が切れて明るい青空が見えている場所!』
『あの場所が見えますか!』

お疲れのところ、辛いでしょうけれど、もうちょっとですから、と、声をかけてきた。
どうやら、山の稜線が交差する、ひときわ明るい場所!、
小さな峠に、何があるというのだろう!

初冬の冷える風が
美しき人の頬をせめる
足先が少しだけ痛み
未来を語るように
この不安と期待が
美しき人の心がはやる
君は何を望み
美しき人に伝える
森の精霊と幻と静寂
心の声で聴く真実


ジュノは山道を歩きながら、いつの事か思い出せない、夢を見ているような、錯覚に囚われる瞬間があった。

山への畏敬の念を、知らず、知らずに、感じてのことなのだろうか!
『着きました!』

直樹が笑顔でジュノに言った!
『おつかれさまでした!』
『ここが、どうしても観て頂きたい場所です!』

そこには、少しだけ開けた、木々の間をぬうように、二十メートルの高さがあるだろうか!

いや、もっと高いかもしれないが、まるで、槍の剣先のように!

とんがり状の大岩が天に向かって突き出たように、そこだけが森の中から、周りを光照らして、その姿はまるで
『大海原を照らす、灯台のように!』

天からの恵みの光が、樹林の海を輝かせている!

山道を下ばかり見ながら歩いていたので、近くで見上げた、その迫力にびっくりした!

あきらかに、まわりの樹林の中から、異質な力を放ちながら、聳え立つ、威厳を保ち、威風堂々とした岩峰の姿だった!
直樹が言った!

『ゼヒ!この岩の上に登ってみてください!』

ジュノさんを、ここにお誘い出来た事の意味をわかって頂けると思いますので、と、言って、薦めてくれた。

大岩の片面は、きれ落ちた岸壁になっていて、覗き込むと、眼がくらむほどの高さだが、岩峰の半面をみて、一箇所だけ、登れると判断できる、階段状の溝がひとすじ!

それは、何か、期待と叡智のすべてを示す道のように!
岩の頂上まで続いていた。

ジュノは、直樹にすすめられるまま、岩に取り付いた!

岩に触る感触が、穂高以来の事で、少し緊張したが、それほどの危険を感じる事もなく、まるで、ジュノには慣れ親しんだ場所のように、岩のてっぺんに立って、思わず、息を呑み、歓声を上げてしまった!!

この黒い森を明るい青空が照らす風景は、まるで、深緑の波がうねる、海原を見ているように、幾重にも連なる。

この風景の偉大さが、ジュノを圧倒して、迫り来る!
エネルギーを受けて、ジュノの血潮をたぎらせてくれる!

日本の樹林の森は、黒味がかった、濃い緑の味わい深い色あいで、ビロードの絨毯を敷き詰めたようにひかり輝き!
所々に赤や黄色のえのぐを染め、ちりばめて、描いたように!

秋の色が、この風景を際立つ、美しさは、なんと、表現しようか、しばし、言葉を失う世界がそこにはあった。

直樹は、明るく、今まで、ジュノに見せていた、どこか、緊張感のある表情から、すっきりとした笑顔が、とても、綺麗だった。

男性に対して、使う言葉ではないかもしれないが、とても、ハンサムと言うよりも、綺麗、「美しい」の表現が、似合う、美しさと上品さが、育ちの良さが、嫌味なく、こちらに伝わってくる!

『好青年』の姿だった。


      つづく




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