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いつか素晴らしい世界になって、誰でもが望む旅を楽しめる、そんな世の中になりますように祈りつづけます。

残酷な歳月 24 (小説)

2015-12-28 10:32:35 | 小説、残酷な歳月(16話~30話)


残酷な歳月
(二十四)

ジュノは、一冊目のノートの1ページから、丁寧に読んで行くと、その中には、この牧場に、牧師さまが、時々、牧場の従業員の食事や寮としての住まいを、整理整頓をしてくれる、ご婦人を案内して来た事を記されていた。

そして、このご婦人は、ここの牧場に住んでいたわけではないが、何日か、お仕事をしては、どこかへ、戻って行く事が書き込まれていた。

このご婦人は言葉を話す事が出来ない事!
また、どうやら、記憶をなくしているようだとも書かれていた。

自分が誰なのか、わからないのだとの、説明があったけれど、どうも偽装しているように思えるのだとも?

そんなメモ書きが添えたページがいくつかあった。

このご婦人は、誰に対しても、一度も笑顔を見せた事がなく、それでいて、記憶がなく、言葉が話せないと聞いていたが、なにやら・・・

「ひとりの時には、小さな声で、歌を、歌っている」 ところを見た者が、何人かいて、とても美しい歌声だったことを記されていた。

なぜ!、「記憶喪失を装っているのだろう!」
と、又、どんな辛い事情があるにしろ、気の毒な事だね!

そんな言葉が書かれていて、誰もが気になる存在だった、けれど謎めていても化粧などはしていない、いつも地味な服装をしていて、目立たないけど、気にして見ていたようだ。

よく見ると「美人だね!」などと、噂するものもがいたようで、このご婦人が、ここに来た時には、男ばかりのむさ苦しい場が、何かしら華やぐ空気を作り出していて、確かに気になる女性だ!
そんな事も記した、ページがあった。

そして、何年かすぎた、ある時、中年の男性が尋ねてきた事があるが、その時のご婦人の様子が、とても、怖がって、会う事を拒否して、その男性の訪問のあと、ご婦人は、突然、いなくなって、教会関係者にも、牧場の者にも、誰にも、何も告げずに、出て行ってしまったとの、記載があった。

そのページには、りつ子の添え書きのメモ用紙が付けられていて、その時の事を知る、牧場の従業員に、私が(りつ子)会って、話を聞いてみたけれど、その女の人の怖がりようは、普通ではなく!

「恐怖で、人格が壊れてしまいそうに、表情が別人のように」
恐れていたと話す人もいた。

尋ねてきた男性の様子を詳しく聞いてみて、わかった事ですが、どうやら、「大杉さん」のようです。

「佐高のおんじー」にも、この事を話して、聞いて見たが、たぶん、大杉さんだろうと、話していました。

そんな、書き添えが付けられていて、私の出来る事は、ここまで!
「私の力が及ばない事が、ジュノに落胆させてしまいますね」
そんなふうな、詫びる手紙が添えられていた。

ジュノの知る母の姿ではない!
すざましい、憎悪を見せた!
母の生きた日々のむごさからくる姿だったのか?

ジュノの知る母はいつも、穏やかで、誰に対しても、優しい言葉で話す人だった。
ジュノはもちろん、妹の樹里も、母に叱られている姿を見た記憶はなかった。
父に対しても、声を荒げての、争うなど見たことがなかった。
ジュノは、母はいつも美しくて、優しい!

幼き日に、ジュノを抱きしめてくれた、母の感触が、たまらなく恋しくて、ジュノの心が悲しみでいっぱいになった。

りつ子は、自分の体調が、悪い事は、何一つ、書かず、ジュノに伝える事だけを的確に書いていた。
今のりつ子の状態はおそらく、最悪のはず!

痛みが切れ目なく、りつ子を襲い、痛みを抑える為に、強い麻薬を使い続けて、意識さえ、はっきりとしないひびのはずだ。

何もかもが辛い、ベットでの生活が避けようのない日常になっているだろう。
そんな中で、これだけの事をしてくれた、りつ子の姿を思い、ジュノは又、改めて、りつ子の無償の愛を感じた。

一言、一言に苦しみと痛さに耐える、りつ子の姿が見えてくる、ジュノには、かえって、りつ子の病気の進行が、早い事が、想像できて、辛かったが、ジュノの医術を持ってしても、どうする事も出来ない事だった。

人間とは本当に不思議なものだ!

あれほどの嫌味な女性だとばかり思っていた、りつ子の変身と言って良いかはわからないが、生きて行く事の素晴らしさを見せてくれる人だ!
ジュノはりつ子の後人生を、そんなふうに思えた。

りつ子の実像は充溢した心!
心のまま、せい一杯、悔いの無い生き方が出来ている事を願うばかりだ。

ジュノの思いとりつ子の心をつなぎあわせた、母の姿を思いながら、無意識に深いため息をつき、ジュノは切ない感情になった。

人間はいつかは死が、誰にでも、訪れる!
その持って生れた宿命!

どんな運命であっても受け入れねばならぬ、不本意な、時間を生きたり、満足な悔いのない生き方が出来たと思いながら死ねる人もいるだろうが、誰でもが、良い死に方が出来るとは限らない・・・

ジュノの父や母のように!
あまりにも、不本意な命の終わり方!
死を迎えた時、どんな思いで、納得させるのだろうか・・・

両親の死を、受け入れる事を、絶対的な事実として、ジュノの人生のすべてに関係している事が、ジュノ自身の 『命』 をふと、考えずにはいられなかった。

私の無数の細胞が沸騰する、無限の怒りがうごめくような思いがする日々の中で、ジュノを取り込んでしまった運命を深く考える。

美しき人の耐えがたい
胸に捺された悲しみ
消す事の出来ない烙印
かたちのない痛み
愛と命と
美しき人の命のいとなみ
それはまるで宿命
振り払う事の出来ない
魂の叫びを
聡明な心で聴く



       つづく




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