今、この場所から・・・

いつか素晴らしい世界になって、誰でもが望む旅を楽しめる、そんな世の中になりますように祈りつづけます。

残酷な歳月 23 (小説)

2015-12-28 10:33:16 | 小説、残酷な歳月(16話~30話)


残酷な歳月
(二十三)

岩の上に直樹とジュノが並んで座ると、もうあきスペースのない、狭い頂上だが、ジュノは、とても、気分が良かった。

直樹は、静かな口調で話す
『ジュノさんに、この場所をどうしても、見て頂きたくて!』

お疲れだと知っていたのですが、ご無理していただきました。
いかがですか、
『素晴らしい、場所でしょう』

ここが、『蒔枝家の一番の美しい宝なのだと、私は思うのです』

そして、この場所から、見えている、ほとんどの山々が、蒔枝家の所有の山なのです。
先祖代々、引き継がれている、とても、大切な財産なのです。

直樹はいったい、どんな、心づもりで、ジュノをここへ案内して、この、美しい風景を、見せたのだろうか?

どう、ジュノは判断すれば良いかは、ひとまずは、何も考えずに、直樹の心づかいに、素直に受け取っていこうと思うのだった。

その時のジュノにはまだ、直樹の思いや考えに、至れないほど、この美しい感動に浸っていた。

身近に
すぐそばまで近づいてる
美しき人の運命
君が誘うこの深い森が
魅了する魔法の力
羞恥と理性さえも
おぼろげになる
底知れぬ欲望に
たじろぎながら
この透明な世界に
美しき人の惑い


(思いの残る帰京)
今の、いままで、ジュノは、自分が、『蒔枝家』 の直系の子孫なのだと、考えた事もなく、ましてや、蒔枝家の財産がどれほどの物か、など、考えるすべもなかった。

「ただ、父の姿が恋しいような思いなる」
「ジュノ自身の心のよりどころがほしかったのだろう」

ひとのぬくもりを感じる「蒔枝の家」が、なぜか、胸が熱くなる!
そんな気がしたのだった。

直樹が、この『蒔枝家』の大きな資産を、ジュノに見せることが、どんな意味がある事なのか、その時の、ジュノは、思いも至らない、ただ、この風景が、あまりにも、感動的な、美しさでジュノは、直樹の心遣いに感謝していた。

短い、岡山での滞在も、東京に戻れば、いつもの忙しい、ジュノの外科医としての、スケジュールが、否応なく、待っていた。

りつ子が安曇野へ帰ってから、もう、どれだけの時間が過ぎたのか、ジュノは、りつ子の言う!
『特別な、プレゼント!』 

とても気になっていたが、今だ、りつ子からは、何の連絡もなく、プレゼントの件もそうだが、りつ子が転院した、安曇野の病院からも、その後のりつ子の病状についても、ジュノの元へ、報告されてこない事が、気がかりだった。

りつ子の、手術は確かに、外科的には成功はした、りつ子は一時的に元気な姿を家族や周りの人たちに安どした思いにするだろうが、末期のガンである事には、変わりなかった。

手術で、取り除く事の出来ない物があった事が、ジュノは、安曇野の病院のりつ子の担当医だけに、伝えていた。

それは、りつ子の、家族からの願いでもあったが、おそらくは、りつ子自身も気づいていることだろう。

だが、言葉には出さないけれど、りつ子はすべてを感じ取っているのだろう
自分の命の終りの近い事を!

ジュノはそう感じて、りつ子の心を思いやる、医師としてではなく、古い友人としての思いがあることが、ジュノの心を複雑なものにしていた。

クリスマスも近い、ある日、ジュノの元へ、りつ子から、荷物が届いた。
『りつ子からの特別な、プレゼント!』
これが、そうだというのだろうか?

待ちかねていたジュノ、ダンボールの箱を開けると、大きなリボンのついた包みが、入っていた!

綺麗な包装紙に包まれた、その包みを開けると、三冊の古いノートが入っていた。
何処の、作業日誌のようであった!

ジュノは、汚れて、古ぼけた、このノートに、何が記されているのか、心臓の鼓動が、わけもなく、乱れてしまう、自分の意志ではどうする事も出来ないほどに・・・

先ず、一冊目のノートのページをめくったが、ただ、単純に、作業の進み具合を、簡単に記されていた。

たとえば、「何番目のさくが、壊れてしまったので、誰と誰が、作業に当たり、本日だけでは、終わらず、明日も作業に当たる事」

そのような、書き込みが、数ページ、続いて・・・
ジュノは、気づいた!

この日誌は、りつ子から聞いていた、りつ子が、理事をしている、施設と同じ、キリスト教会が、運営している、安曇野に牧場があり、そこの牧場の、作業日誌のようだった。

天使と悪魔の心で
美しき人を惑わせて
理性と官能のはざまで
生きる事への問いにもがき
時として怠慢すぎる精神
軽薄すぎるほどの惨めさ
美しき人の心をかき乱して
終りの日は悲しくも来る
神は君を聖女に
姿は朽ち果てても


  つづく      




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