今、この場所から・・・

いつか素晴らしい世界になって、誰でもが望む旅を楽しめる、そんな世の中になりますように祈りつづけます。

残酷な歳月 19 (小説)

2015-12-28 10:38:30 | 小説、残酷な歳月(16話~30話)


残酷な歳月
 (十九)

虚しさや、孤独感がジュノを苦しめても、それにまさる、仕事や日常の忙しさによって、精神の落ち込みを辛うじて耐えていられる。

ジュノの精神の強さは、大人として成長していく過程や仕事によって養われた事なのだろうか、どんな精神状態に置かれていても、外科医としての能力を失うことはない!
『ジュノの素晴らしい人間力だ!』

人は、備わった能力の半分も使われていないのだとか、おそらく、ジュノは、生まれ持った能力が、すべての事にすぐれているのだと思うが、長い苦しみの日々の中で、
ジュノ自身の持つ能力を引き出せた時!
「たぶん、並外れた気力の集中が出来る人間!」

外科医としての能力を、自ら引き出し、魂のすべてをこめて、メスをにぎる事で、すばらしい結果を生み出す事が出来るのだろう。

安曇野に帰った、りつ子からは、何の連絡もないまま・・・
『特別な、プレゼント!』
とは、どんな事なのか?

ジュノは、ふと、岡山での事を、思い出していた、もう一度、尋ねたい気持ちが強い!
あの、岡山では、具体的な事が何もわからないままの帰京!
心残りの多い帰京だった。

大杉さんの事も、妹、樹里の行方の情報も、わからない事も大きいが、なぜか、無性に直樹に会いたいと親しみを感じている。

ジュノは、直樹のいる、岡山に行きたいと、心から思うのだった。
忙しい中で、ジュノは、再び、岡山へ向ったが、ジュノは、生理的に飛行機を受け入れられない!出来ないのだ!

囚われ人になったような、恐怖が、飛行機に乗る度にジュノの感覚を狂わせる。

だが、仕事柄、そして長く、アメリカで暮らしていたこともあり、飛行機での移動は避けられない事だったが、そんな時のジュノは、科学者としての知識が消えてしまうのだった。

今のジュノには、何よりも貴重な「時間」!
その時間よりも、生理的に受け入れられない、飛行機を避けて、今回も、新幹線を使い、岡山に着いた。

ジュノを迎えに来てくれていた、直樹の姿の優しさが、不思議なほど、ジュノに安心感をあたえてくれた。

それはまるで、ありえない事なのだが、長い歳月を会えずにいた、親兄弟にめぐり会えたような感情とは、このような、心が打ち震える事なのだろうかと、ジュノは想う。

ジュノの姿を見た、直樹は、穏やかな美しさと落ち着きのある物腰が、まるで、その場所だけに光が射す、明るい空間のように・・・
今のジュノはそれほどまで、優しさに飢えていた!

十歳の時のあの事故で、すべての運命が変わってしまった事が、ジュノの絶対的な、矛盾を閉じ込めた思いと、並外れた精神力が、ジュノ自身の気づかない人間性をつくりあげた。

秋の深まる田園
凍てついた心をかくして
美しき人はつくり笑い
君は何をみつめる
優しさが心に痛い
幼き日々が父をみる
美しき人が求める
愛しき人を求める
幼児の柔らかき手を
この胸に添えて 


(再び岡山での日々)

再びの岡山は、過ぎて行く時間がゆっくりだと思っていたが、ここの季節は、秋の深まりが、足早に、もう、木々の色も、冬の気配を感じさせて!

紅葉の時期もすぎて、所どころで、枯れ葉舞う姿は、時折強い、晩秋の光輝く、寂しげな、ひとりのバレリーナの孤独な舞い姿のように、くるくると!

冬の前触れのように、突然、空もようが変わり、黒雲が渦巻きながら一瞬の速さで通り過ぎて行く、秋の雨は冷たく、木の葉を濡らした。

岡山駅から、直樹の運転する、セダンは少しの上り坂も、軽快に走る。
いくつもの峠道を越えて、少しずつ近づく、父の育った家!

一度だけの訪問なのに、父の家の前にたつと、とても懐かしい感情になり、胸が熱くなる思いになる、そんなジュノ自身の感情も初めて感じるものだった。

直樹は、前にもまして、細やかな心使いをしてくれる。
ジュノが、何を話せばよいのか、ジュノの中で、あまりにもたくさんの思いがあり、言葉より先に感情が爆発しそうなほど理性を失いかけている。

そんな、ジュノの姿をみて、直樹は、優しさ、落ち着きのある言葉で、冷静に、話し始めた。

私はこの家の者として、迎えられたのは、八歳か九歳の頃に、実の母に連れられて、この家に来ましたが、その頃のあまりはっきりとした記憶ではないのです。

母と祖父母の取り決めがどのような事だったかは、わかりませんが、あの日以後、実母とは一度も逢っていません。

祖父母はとても厳しい方で、子供心に、辛さのあまり、この家を出ようかと何度も、思った事もありましたが、今になって思う事は、祖父母の厳しさもわかりますし、今、この家を守って行ける事は、祖父母の教えが、とても大切であったからこそ出来ているのだと思います。

ジュノさんには、これから、私の知っている、おじいさま、おばあさまから受け継いだ事、すべてを、お話したいと考えていますので、これからも、いつでも、ここに帰ってきてください。
『この家は寛之(ジュノ)さんの家』
でもありますので!

ジュノに対して、遠慮がちではあるが、祖父母の生前の姿を、思い出しながら、ありふれた日常の出来事などを、寛之(ジュノ)が興味を持ちそうな事を選んで話し、時間のたつのを忘れてしまうほど、ジュノは、聴き入ってしまった。



つづく




最新の画像もっと見る