今、この場所から・・・

いつか素晴らしい世界になって、誰でもが望む旅を楽しめる、そんな世の中になりますように祈りつづけます。

残酷な歳月 21 (小説)

2015-12-28 10:36:08 | 小説、残酷な歳月(16話~30話)


残酷な歳月
(二十一)

この私を、なぜ、「死者として」大杉さんは、わざわざ岡山に帰郷して、事故から、一年も過ぎている時期に、祖父母に知らせたのかが、ジュノには、とても、気になる事だった。

その頃には、ジュノ(寛之)は、ソウルで、体も快復して、養父母と暮らしている事を知っていたはずの大杉さんの、この行動が、ジュノには、あまりにも、大きな疑問であり、不安が、つのる事でもあった。

そして、今なお、大杉さんは、意識的としか思えない、自ら、身を隠している事!
ジュノから、逃げるように、避け続けている理由を、どうしても知りたかった!
その事を知った時こそ、妹の樹里の行方も分るのだろうと、思うのだった。

最愛の妹、樹里はまさかの場所、ジュノには、考えもつかない、場所!
『ジュノの身近に!』
とても近いところに、樹里はいたのだった!!

その事がわかり、ジュノが、樹里の存在を知る事は、まだ、長い苦しみの時間がジュノには必要な運命だった。

美しき人のそばで
密かにみつめてる
今はただ大切な人
心を押し殺しても
抑えきれないほどの
苦しみは私だけでいい
父よ母よ
いつかきっと
ただ一人の家族
貴方の思いが叶う

「直樹は言う、ジュノに見て欲しい場所がたくさんある!」

祖父母から受け継いだ、蒔枝家が今、所有している物や、話し、伝える事の多さに、二十七年の歳月の重さを、今、改めて切なさと緊張感を覚え、ジュノ(寛之)の残酷な運命を思い、心が暗くなるけれど、そんな思いのすべてを!
『一本の矢にこめて、直樹は射る!』

精神の集中、その事が、直樹の、平常心を保つ事のできる、唯一の方法だった!
今、『明かす事の出来ない、悲しみと苦しみの真実を隠して!』

真実を知った時のジュノ(寛之)の驚きと混乱する気持ちを考えると、直樹の心は、平常心を装いながらも、すぐそばにいる、ジュノへの背信行為のように思えて、ひどく心が痛く、辛かった。

それは、たとえ、ジュノ(寛之)への心遣いであったとしても、直樹は苦しかった!
無心に矢を射る直樹の姿は!
あまりにも、威厳と、輝き放つ魂を感じて!
ジュノは、これ以上近づいてはいけない!

そのような感情にかられて、ジュノの体がまるでその場所に固定されてしまったように、立ち、直樹の矢を射る姿を、息を止めるような思いで見ていた。

直樹は、立て続けに、十本の矢を射り、ようやく、ジュノが観ている事に気づいて、十メートルほどの距離を小走りして、ジュノに、近づいて来て
「おはようございます」 
「良く、眠れましたでしょうか?」
と言葉をかけてきた。

その、走りよる、弓道胴衣姿の美しさが、まるで、若武者の絵姿のようで、ジュノは、昔、絵本か何かで見た、「牛若丸」のような、絵姿を見ているような、錯覚さえしてしまいそうな気がしていた。

そして、「直樹の眼が、涙で潤んでいたように、感じて、その表情の、透明感が、悲しげで美しく見えた!」

直樹の全身から伝わってくる、何かを、ジュノは理解出来ないままに、不思議な感情が、直樹に対して、申し訳なさと、わけのわからない密かな罪意識のような感情があることに戸惑う。

思わず、「直樹を抱きしめたいような、思いに駆られたことが、ジュノには、驚きと言葉に出来ない!
『清潔感のある欲望!』
とでも、表現しようか、そんな感情が同居していた。

直樹のかけてきた、言葉に、すぐには、答えられないほど、うろたえているジュノの心を、ひた隠して、ジュノは、「おはよう」と一言の挨拶をした。

ジュノの今までの人生の中で、出会ったことのない、情感!
この、気持ちを持て余すほど、整理出来ずに!
ジュノは、知らず、知らずに緊張していた。
しばらくは、ジュノの中で、突然、現われる、直樹の弓を射る姿に、心を乱されるが、それは、決して、不快なものではなく、むしろ、心地よい感覚でもあった!

今日の夕刻には、東京へ戻るジュノに、直樹は、ゼヒ!お見せしたい場所があるので、朝食の後、すぐに出かけましょうと、ジュノをせかせるように話して、準備を致しますので、お先に席を立たせてくださいと言って、直樹は、弓道場を出て行った。

何となくこの場所を離れたくない気持ちとは裏腹に、直樹との会話が途切れた事が寂しい思いがジュノを戸惑わせて、ゆっくりと庭を歩いてから、食卓についた。

そして、今、はじめて会った老婦人が、ジュノの食事の世話をしてくれて、挨拶をして・・・
「直樹さまとは幼い頃に、この家に来られた時から、お世話させていただいて、おりまして・・・」

今は、こちらの、離れに、住まわせて頂いております。
乳母の「金崎ゆき」と言います。

『どうぞ、直樹さまを、お攻めにならないで下さいまし!』

何の認識もなく、唐突に言われた、この言葉が!
「直樹さまをせめるな!」

そんな言葉を、ジュノは、どう解釈すればよいのか・・・

朝の少し冷えた風が
美しき人をつつむ
貴方を思う心が
偽りの行為であっても
いつかは真実に触れる
美しき人の今感じた想い
そっと抱きしめたいほど
切ないこの心に戸惑いながら
少しずつ貴方に伝わる
愛こそがすべてのはじまり

(蒔枝家の宝)
ジュノには、何の事なのか?

金崎ゆきと名乗る、ご婦人の、突然の申し出に、どう反応すればよいのか、返事のしようもなかった。

直樹の運転する、ランドクルーザーは、山道をぐんぐんと登り、ヒノキなのだろうか、道の両側を深い緑が少し暗い森に変わり、時には、怖いほどの黒味がかった木々が、何処までも、高くそびえたつ、太い樹木の放つエネルギーは、ジュノを緊張感で身震いするほどの感覚にする。

森や木の事に素人のジュノでさえ、明らかに、立派な樹木の森だと、わかった!

しばらく、右へ、左へ、と、ジュノの体は、否応なく揺らされて、もみくちゃにされながら、一時間は、車が走っただろうか、車道も、行き止まりになった場所で、直樹は・・・

「申しわけございませんが、ここから、もう少し、先まで、歩いてくださいますか!」
と用意してきていた、歩きやすい、靴を、ジュノに渡した。

ジュノは、もう、ここまで来ているのだからと、直樹の言うがままに、靴を履き替えて、直樹の後に続いて歩いた。


      つづく




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