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いつか素晴らしい世界になって、誰でもが望む旅を楽しめる、そんな世の中になりますように祈りつづけます。

残酷な歳月 20 (小説)

2015-12-28 10:37:02 | 小説、残酷な歳月(16話~30話)


残酷な歳月
 (二十)

なにしろ、十歳までの寛之(ジュノ)は、正直にいえば、実の父の思い出は、それほど多いものではなかった。

やはり、大学病院に勤める外科医だったが、とにかく、忙しい人で、あまり、寛之(ジュノ)や妹の樹里と一緒に過ごす時間もなく、仕事中心の人だったと思う。

でも、年に何度かは、登山やハイキングをした。
父と母、そして、大抵は、大杉さんが一緒だった!

今、思えば、なぜ!両親が登山やハイキングに興味があったのか不思議な事だ!
たぶん、大杉さんの影響が大きかったのだろう。

夏休みには、大抵は、八ヶ岳を家族で登り、その時は、いつも、大杉さんがいて、ジュノを何度となく、おぶったり、肩車をしてくれた、そんな時は、いつも、妹の樹里はうらやましくて!

「どうして、お兄ちゃんばかりに!、大杉のおじちゃまは!」
『大杉のおじちゃまは、お兄ちゃんばかり、好きなのね!』
「私にも、肩車してほしいのに・・・」

と言って、駄々をこねて、泣きまねをするのがいつもの口ぐせだった。
そんな、思い出をジュノは、直樹の話を聴きながら、懐かしく、何度も思い出して、なぜか胸が苦しいほど切ない気持ちになっていた。

秋の深まった山里の朝は、寒さが、手足にきつく感じられる中を、静かで人の気配も無い・・・

複雑な興奮と安らぎの入り混じった、夜が明け
静寂と優しい冷気の渡る庭を歩いてみるジュノ!

たまに、感じる木々の葉を揺らしている風の音だけが、この広い庭を、ジュノはまだ、解きほぐせない緊張感がもどかしく、ひとりで庭の美しさを楽しんでいた。

この前、来た時には、気づかなかった、広い、この屋敷には、古い蔵と、弓道場があったのだ・・・

お蔵は、それほど大きいものではなく、もう何年も、手入れがされていないようで、黒い塗り壁が少し剥げ落ちている!

小さめな、お蔵の姿はこの家の歴史を物語るように!
重厚さを現していた。

今のジュノには、この庭の華美さのない、落ちつきの美しさが心や体にすんなりと受入れられる心地よさがあった。
「何処となく、見覚えがあるように!」

記憶にはないはずなのに、いつも、見なれたような、懐かしい思いが、不思議な気持ちで、この庭の風景を眺めていた、表現の出来ない感情だった。

言葉に出来ないエネルギーを、ジュノは受けた気がした!
ゆっくりと庭を歩き、弓道場へ歩みよって行く。

誰もいないとばかり、思っていたら、直樹の弓を射る姿がみえた。その姿のあまりにも、しなやかなる姿!
『凛とした美しさが際立ち!』

思わず、呼吸が止まるほど、ジュノの心を揺るがした感情!
息を止め、立ち止まる緊張感!

直樹の立ち姿をみた時、ジュノは一瞬、時が止まってしまったかと思うほどの感動をおぼえた!

全身が熱くなるような、衝撃と言おうか、言葉に出来ないほど、この身に迫る感情にジュノ自身が驚く!

直樹の全身から、放たれる、力強さと、邪心のない無欲とは、このような、美しさをあらわす姿なのだろうか!!

静寂の中で観る君
その輝きを射る無心
今は亡き人の魂のように
美しき人に感じさせて
理解できぬ矛盾が
又一つの謎を
秋の深まりに染めて
山里の風景は何を
父のまぼろしを追う
美しき人に答えてはくれない

(直樹の姿)
直樹の美しい弓を射る姿は、ジュノの心に強烈な印象で、今までの、直樹に対する感じていたものとは、かなり違った。

ジュノは、弓道の経験がなく、だが、どこか、憧れるような思いや、興味は幼い頃から、持ち続けていたような気がする。

確かな記憶ではないが、実の父は幼い頃から弓道の修行していたと、確か、大杉さんに聞いたような覚えがある。

だが、実の父は、なぜか、そのような事を話す事はなかった。
実家の事や自分の育った、岡山での事を意識的に避けるように!

その事は、ずーと後で知った事だったが、実の両親の結婚を、お互いの親の強い反対を押し切って、結婚したが、どうしても、正式な結婚として、父の家でも、韓国の母の家でも、認めてはくれなかった。

弓道の指導者として、また、祖父母から受け継いだ、この家の多くの財産を管理しているのだと、ジュノ(寛之)に、大まかな、今の、蒔枝家の実情を直樹は話した。

直樹は、今、一番に、ジュノ(寛之)のお墓の事、そして何より、死亡届が出されている事を(後に分かった事だが、ジュノの出生届が出されていなかった)今、弁護士に相談して、おりますので、と、ジュノに説明して話してくれた。

だが、ジュノは、即座に!
「いや!その事は!」
『まだ!このままの状態にしておいてほしい!』
と、直樹に頼んだ!

確かに、ジュノの気持ちとしては、ひどく、ショックな事ではあるし、
『心が穏やかではいられない!』
『自分が死んだ人間にされている!』
今、新たに知った、実の父の苦しい胸のうちを!
父は、両親から、結婚と同時に勘当された!

だが、故郷を捨て、岡山の実家と疎遠になってしまっても!
子供たちに、父は、自分の故郷の事を話せなかったとしても!
『父は母との結婚を選択した!』

父と母の愛の深さだったと知った事が、ジュノは嬉かったし、感動を覚えて、幼かった日々を特別な思い出として、心に刻んだ!

忙しい時間の中で、直樹は、ジュノに対して、心から接してくれている事がよくわかる、それが、ジュノにはただ、嬉しかった。

祖父母から直樹が引き継いだ、この家の仕事と蒔枝家は!

元々は、日本酒の醸造元であったが、まだ、祖父が存命の時に、蔵元を、信用のある人に経営権をゆずり、経営者の一人として、今も直樹は経営に参加している。

また、岡山の市内に弓道場を持ち、直樹の、主な仕事は、
『弓道の指導者!』

としての仕事と、この蒔枝家の資産管理がどれほどの気苦労が多い事であろうことは、ジュノにも察せられる。

だが、直樹はそんな愚痴を言う事もないし、むしろ、責任の重さが、私を支えてくれると、気負いさえ、ジュノはかんじた。


         つづく




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