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いつか素晴らしい世界になって、誰でもが望む旅を楽しめる、そんな世の中になりますように祈りつづけます。

残酷な歳月 17 (小説)

2015-12-28 10:39:58 | 小説、残酷な歳月(16話~30話)

残酷な歳月
 (十七)

(自分の存在)
ジュノが亡くなった日とされていたのは、あの穂高での事故があった日から、およそ、一年が過ぎた時期になっていた。

その事が、これからの、ジュノの運命なのか、通らねばならぬ、「寛之」と「ジュノ」としての生き方を試されるような事が待っていたのだ。

大杉さんと言う人物の存在が、ジュノの人生の中で、
『どうすることも出来ない、心の中の重石!』

ジュノの人生のすべてをかえて、何が目的だったのか!
大杉さんの真実の姿をあきらかにする事が、ジュノの未来なのだろうか!
しかも、父の故郷と同じ、この地は、大杉さんにとっても、
『大切な故郷のはずだ!』

ジュノ(寛之)の実の父、『蒔枝伸一郎』

そして、大杉さん、そして、ソウルの養父の三人は、東京大学での親友として青春を過ごした。

ソウルの養父は韓国からの医学留学、実の父の一年先輩だった事は聞いていた。

故郷が実父と同じ、ごく近い地で大杉さんは育ち、中学、高校も同じ、東京大学では、大杉さんはドイツ文学を学んだ。

だが、直樹の話では、「蒔枝家」と「大杉家」は昔からのつながりの深い、間柄だった事!

大杉さん自身は、朝鮮半島で、生れて、五歳まで、朝鮮で育ち、終戦の混乱の中で、両親と共に、日本に引き上げて来た時は七歳だったと、直樹は、生前の祖母から聞いておりますと、話した。

大杉家は、元々は蒔枝家の親戚で、蒔枝家の分家筋にあたるが、一家で、朝鮮半島に渡り、音信不通の状態が長く続いて、帰国したのは、大杉さんの両親と大杉さんの三人だけで、何も持ち帰ることが出来ないほど、命さえも危険を乗り越えての帰国だった事を直樹は何度も聞かされていましたと話した。

身一つでの引き上げだったとか!
その時期に、日本の占領下の地に暮らしていたひとたちが誰もが体験した、悲惨な出来事が多くあった。

「太平洋戦争は日本の敗戦が決まった、戦後、間もない時期で、日本も、朝鮮も混乱していた時代だった。」

誰もが、自分だけ何とか生き延びて、祖国、日本に帰れる事だけが望みの、すさんだ、世の中だった。

岡山での、大杉家は子供は大杉さん一人だから、大杉さんの両親はすでに他界して、空き家になってから、もう二十年もの間、誰も守る者もいない、荒れるがままに放置されている状態だと、直樹は話した。

あの穂高での事故の一年後に岡山に、帰郷して、大杉さんは、ジュノ(寛之)も、亡くなった事を、蒔枝の祖父母に報告していた。

美しき人はどんな運命
待っている人などいるはずもなく
傷つくだけの旅
悲しみだけの旅
記憶のない風景が
美しき人を優しくつつむ
心をえぐりとる現実は
誰が描いたストーリー
何もかもがガラス細工
私の求める愛は何処にも無い


仕事に追われる身の忙しいジュノは、無理に時間をつくっての岡山行きだったから、予想もしていなかった、驚きの真実を受け入れる事が出来ない思いながらも、今、何かを変える事も出来ない。

眠れないひと夜を、父の実家「蒔枝家の客間」でジュノ自身が、何者なのか分からなくなる恐怖におびえながら、朝をむかえた。
そして、混乱する気持ちのまま、早朝には東京に戻った。

岡山で知らされた事、ジュノには、想像も出来なかった事!
『自分はすでに死んだ、人間にされていた!』

しかも、その事を、祖父母へ、告げていたのが、大杉さんだった事が、ジュノは、大きなショックを受けて、どう、理解すればよいのかが、分からないままだった。
謎や、疑問、不安が深まるだけの、父の故郷への訪問だった!

どんな状況の中でも、ジュノにはあまえることの出来ない日常!
仕事が、容赦のない現実が待ち構えていた。

まず、りつ子の手術が決定して、時間を置かずに、行われ、ひとまず手術は成功した。

我儘な、りつ子は、手術後の苦しみを、駄々っ子のわがままのように、騒ぎたてて、人を困らせる事を、あたりまえのように、振舞うものと、覚悟していた!

ジュノは、いつ呼び出しがあるのかと、困った「お人」だと思っていたが!

ジュノの予想に反して、術後のりつ子のすがたの変わりよう!

我儘ひとつ言わない、静かで、我慢強く、苦しみや痛さにじっと、耐えている、人間性もあるのだと驚きを持って、経過を診ていた。

大抵の患者は、普通なら術後の苦しみに耐えられずに、看護師を呼び出すことが多い中で、ジュノが見て来た、りつ子の今までの姿ではない、人格を見つけた事にとても興味を抱いた。

りつ子と言う人間を、もっと信用しても良いのかも知れない!
そんなふうに思うジュノの心境の変化だった。

手術後のりつ子の経過も、良いこともあり、ジュノはふと、岡山での出来事を思い起こしながら、今になって、不思議に、直樹に対して肉親のような、親しみを感じて、会いたい感情になる自分に戸惑うが、それと同時に、妹、樹里は、今どうしているのかが、
不安で気がかりだった。

りつ子の経過も良い事で、りつ子の地元の病院への転院を考えていたある日、突然、アメリカ時代の友人、マークがジュノを尋ねてきた、もちろん、りつ子への見舞いも兼ねている事ではあるが・・・

どうやら、お互い、何処までが本気なのかは、計り知れないが、りつ子とマークは恋人同士としてのつきあいがあったようで、マークは少し、りつ子の事が心配なのだろう。

三人で語り合う、わずかなひと時、りつ子の病室は、遠い昔の、アメリカで過ごした学生時代が懐かしい時間ではあるが、そこには、加奈子のいない事がジュノの気持ちは何処か寂しく、何か物忘れしてるような感情になった。

マークの突然の訪問は、ジュノも、りつ子にも、驚きと懐かしい思いと、ある不安が、的中していた。

どうやら、仕事での来日もかねているのだと!マークは強調したが、洩れ伝わって来ている情報では、マークは、ロスで、小さな出版社を経営してはいるものの、経営状態は危機状態だとか、どうやら、昔の間柄を頼りに、りつ子からの融資を期待しての来日のようだった。

そんな、マークからのジュノへの報告は 
『加奈子がロイと結婚した!』

と何気ない、意地の悪さが、見え隠れして、ジュノにつげる、マークの姿は、密かに、ほくそ笑む、心の貧しさを、ジュノは感じて、少し寂しい思いになった。


          つづく





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