今、この場所から・・・

いつか素晴らしい世界になって、誰でもが望む旅を楽しめる、そんな世の中になりますように祈りつづけます。

残酷な歳月 4 (小説)

2015-12-03 14:02:11 | 小説、残酷な歳月(1話~15話話)

残酷な歳月
 (四)
(自らの命さえも)
すべての感情も感覚も麻痺して、ジュノは時の歩みさえ、止まってしまっているように、音のない、よどんだ空気の中で、辛うじて、呼吸していた。
締め切った部屋は、朝なのか、夕暮れの闇が訪れているのか、なにひとつ、考えることも、体に感じることの辛さをすべて、拒否している。
『自らの命さえも、拒否してしまいたい衝動にかられた。』

だがその事さえ、いつの間にか、ジュノの思考から消えていて、すべてが、虚しく、呼吸する事さえ辛く感じた。
ジュノは誰とも会わず、ただ、空虚さから抜け出せずにいる事がむしろ楽に思えた。

もう、どのくらいの時が過ぎていたのだろう、眼だけが時折何かを求めて動く、幻がジュノを誘うように!
だが、ジュノは気づかぬ、充溢した、全身のエネルギーと血が動き出している事を!
何も見えない、現実から逃避しても、生きた若き肉体はジュノの意志とは相反した力が宿る!

少しずつ、ジュノが持つ潜在能力が内面の細胞が動かし、虚しさを取り除く!
それは、長い時をかけて刻み続けた、ジュノの中にある
「見えざる、魂の叫び!」
そんな時に、感じた、心が揺れる思い!

母が奏でるピアノの調べに、いつの間にか、ジュノは、すこしずつ、すこしずつ、心が揺れ動いている自分に気づいた時、たとえようのない、悲しみが、まるで、津波が襲い掛かるように、ジュノを包んで、子供のように泣き叫ぶように、泣いた。
『ジュノ自身ではとめようのない、悲しみと怒りの感情が、襲う!』

母が静かに、ジュノのそばに来て、ジュノを、幼児を抱きしめるように、ただ静かに抱きしめながら、そして
「すこしでも、食べましょうと、幼児に話しかけるように」
用意していた、「あわ粥」をジュノの手を取り、わたした。

ジュノは、いつの頃からか、病み上がりには、あわ粥を好んで食べるようになっていた事を母は忘れずにいてくれたのだ。

もう、両親とは十八年も離れて暮らしていて、ジュノ自身もその事を忘れていた事なのに。

十歳の時のあの事故で、生死の境を彷徨い、意識が戻った時には、すでに、今の両親が、父と母として、ジュノのそばに接していたので、混乱の中で、ジュノはその事を受け入れなくてはならず、子供ながらも実の両親の事は、聞いてはいけない事なのだと、思うようになって行った。
父と母は、とても優しく
『時にはぎこちないほどの愛情表現を』

ジュノに注いで、その事がジュノは息苦しく感じながらも、精一杯の明るさと笑顔で、交わす事をいつ頃からか、うまくなっていった。

母は、ジュノがすこしでも、食事が出来た事が嬉しかったようだ。
長く、締め切ったこの部屋のよどんだ空気を入れ替えて、ジュノが少しでも現実を受入れる事が出来るように、今の母の細やかな心遣いが、自然な振る舞いとして、現われていた。

静かに、窓のカーテンをあけ、外の光を、ジュノに感じ取ってほしくて
「すこし、窓を開けてもいいわね!」

と言ったあと、「先ほどのピアノの曲、覚えていますか?」とたずねた。
確かに、ジュノには、いつの頃からか、ソウルのこの家にいる時に、良く聴いていた曲だ。

実の母が好んで弾いていた曲で、今の母も、演奏して聴かせてくれた曲だった。
「ショパンのノクターン」だった。
時には、ジュノは、今の母の弾く、この曲を聴くことが辛かくて、怒りさえ感じた事もある。
『偽りの愛と心で、この母の奏でる調べは、矛盾に満ちた音楽!』

なぜ、僕にあてつけるように弾くのだろうかと!
「胸が痛くなった事もある!」
だが、今、母は、ジュノが思ってもいなかったことをつげた。
「ジュノがいつか、本当のお母様にお会い出来た時の為に!」
「その時まで、忘れないでいてほしいから!」
辛い事かもしれないと、思いながらも、ジュノに聴いてほしくて、覚えていてほしくて、あの曲を弾いていたのだと、話した。
母は、今までの、気丈な姿ではなく、ただ泣き崩れるような、悲しみの姿だった。
この母の姿を見て、ジュノの中で、何かが、変わって行った気がした。

自分だけが、悲しくて、辛いのではないのだと、今の両親の、苦しみと、悲しみもまた、ジュノと同じように、いつかは、現実を受け止める事を覚悟して、私を実の子供として愛情を一心に注ぎ育てながらも「何故!」の疑問を突きつけられることを覚悟した!
父と母の、あのぎこちないほどの愛情表現で、ジュノへの親子としての絆をむすびたかった!

養父母の辛すぎるあの頃の姿を思い出した。

だが、ジュノは偽りの親子として、義務のように、必要な距離間を持ち、誰でもが理解できる理性ある息子としての役を演じて接していた自分の心の狭さを、今、改まって、ジュノは思い出していた、混乱する思いの中で!

あの、お互いのぎこちなさが、時としてジュノをたまらなく、いらだたせた、十代の頃の抑えようのない、反抗心が、理由もなく、養父母を傷つけた、心のひずみを、つねに感じては、ただ、この家を離れたくて、アメリカへの留学を一方的に決めて、事後承諾させてしまっても、ただ、両親は、寂しさを隠しながら
『いつも君を愛しているよ、と父は、ひと言!』
『私たちの大切な息子だと言うことを忘れないで、と涙顔の母』

ふたりの切ないほどの寂しさを隠して、言った、困った時には、いつでも、連絡するのよと一言伝えるだけの精一杯の愛情表現で!

自分たちの感情を、押し隠して、アメリカへ送り出してくれた。
あの日から十八年の歳月を、私は、両親に対して、本当の心を見せたことがあっただろうか・・・

どこかで、裏切り続けてはいなかっただろうか!
どこかで、疑問と不信をいだきながら、欺瞞に満ちた笑顔と明るさを、誰に対しても、私の大人としての振る舞いなのだと自分に言いきかせて、自分の本心を隠していたジュノの青春の日々。

偽りの愛情と矛盾
私の笑顔が大好きだと
抱きしめる母のぬくもり
ぎこちないまでに
幼さを演じた愛を得る為の
うすっぺらな仕草
これ以上のうそを演じる事など
美しき人の心が許さない
すべてのはじまりは
愛がほしくて


虚しさと不安は相変わらず、ジュノの心は暗い闇の中をはいずるような気持ちで、今、何をすればよいのか、時々、自分は何者なのかと、今までの自分をすべて否定するしかないとさえ、思う事もある。

心と体のバランスが益々悪い日々の中、ジュノは、日本へ帰る事になり、仕事に復帰する事になった。

両親は、この際、韓国に戻って、ソウルの病院で仕事をして欲しいと強く勧めてくれたが、今のジュノには、出来れば、両親とは別れて暮らしたかった。
確かに、今までの、疑問や不安だった事が、ある程度は、分かった事、両親のジュノに対する愛情の深さも、理解出来てはいても、もうこれ以上、養父母に!
ジュノ自身にも問いかける事など出来ない!
「誰にも、事情説明を求めてはいけない!」

とも思いながら、ジュノの中では、消す事の出来ない、もやもやとした不快感が、ジュノに語りかける
『本当の事を聞きたい!』
『真実を知りたい!』

真実のすべてを知らされてはいない気がして、その事を、考えた時、どうしても、もう一度、大杉さんに、会うことが必要だと、思うのだった。

弱りきった精神と体は、時として、ジュノのを襲う悪寒や、めまい、そして、食欲もなく、口にする食べ物の味など感じる余裕もない、体のすべてが、生きる事を拒否しているように、ジュノを苦しめた。
だが、外科医としてのジュノには、どんなに体が悲鳴をあげようとも、それは、ジュノに係わるすべての人々が、又、患者さんが、許してはくれない、現実が待っていた。

今の、ジュノの事情を知るものは、ほんの一部の人間だけだから、一旦、職場に戻れば、天才的な外科医として、病院はもちろん、外科医として、世間で、そして、医学界の中でも、知名度が高い為に、わざわざ、この、病院を、頼ってくる患者も多い。

ジュノの勤務日は、多くの予約で埋め尽くされていた。
この度の事では多くの関係者に迷惑のかかる事でもあった。
どんな事情があったにせよ、
「患者さんの病状は、待ってはくれない!」

いくつもの、問題を投げ打った日々のしわ寄せは、容赦なく、体調の悪いジュノを攻め立てるように、一瞬の気休めも許されないように、次々と、仕事を進めるしかなかった。
そんな数日が過ぎたある日、突然、ジュノの部屋に
『加奈子がいた!』


つづく












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